第3話 悲愴

 次に、彼女と出会ったのは、更に数ヶ月経った、暮れも押し詰まった頃のことであった。

 様々なことがあり、もはや文明は崩壊していた。正確な日時は誰も知らないありさまだった。

 難民キャンプ、といってもキャンプの体をなしておらず、ただ、生き残った人々が肩を寄せ合って、終わりを待ち、佇んでいるばかりの場所だ。

 未だに、滅びたいのか、滅んでもいいのか、滅びたくはないのか、よくわからなかった。

 ここしばらくの地上の暮らしは、とても厳しく苦しいものであったが、とはいえ、死んだほうがましだ、と思えるのかはわからない。


「大丈夫なの?」

「大丈夫よ。まったく大丈夫。

 そもそも、重要区画バイタルパートまでは損傷は及んでいないわ。

 外装は、多少壊れて見た目が良くないため、創造主おやがみたら心地よくはないでしょうが。

 ボクは、全然だいじょうぶ」

 ボロボロの外装で、それでも気丈にいう。

 初めて会った頃の輝く銀の装甲は、あちこち割れて、傷だらけになっていた。後頭部から伸びていた二つの羽は、両方残ってはいたものの、片方は、半分溶けて曲がっていた。

「あと二つだっけ」

「ええあと二つよ」

 駆動部のパーツも歪んでいるのか、動くたび、きしむような高い音などが混じってきている。そもそもの動作精度もかなり下がっているようだ。

「いろいろ、ボクが閉じた厄災について、話してあげたいのだけれども。

 もう少し、多大に甘やかしてほしいのだけれども。

 あんまり余裕はないのよね」

「ねえ。まだ、その、厄災を閉じる、っての続けるの?

 仕掛けた黒幕も滅ぼしたのでしょう?

 あなただけなら、生き延びられるのでしょう?」

「そうね。ボクなら、生き延びられると思うよ。アマネくらいは懐に抱えて、ね。

 でもね。それでも、ボクは人類を守り、その意に反そうが、彼らを生き延びさせる。ボクは最初からそう作られているから」

 彼女の、表情の見えない金属の顔が、そのときは、人間のように優しく笑った気がした。

「さあて。本日はようやく待ちに待った最後の日よ。

 最後の、たった二つの厄災を閉じて、不浄の時間は終わりにするわ」


 以前に聞いた話。

「んー、ボクは特段禁じられては居ないので、聞かれれば何でも話してしまうと思うけれども。ただ、理解できるように話せるかは期待しないことね」

「なんで機械なの?」

「さあ」

「なんで女性型なの?」

「さあ」

「『胡乱なものたち』って?」

「人間が、魔などと主に呼ぶ悪意ある存在の総称よ。長い時間をかけながら、神の被造物を憎み、堕落させ、全てを滅ぼすことばかりを願ってきた連中。中には、それなりの力を備えたものもいるわ。

 たぶん、ボクたちより、ずっとずっとキミ達に近い存在」

「厄災が収まったら、一緒にいられる?」

「……。

 ……無理ね。ボクは、もう寿命が定まっている。

 地球の最後の日、または最後のはずだった日に、地球を救って消え去るか、地球を救えずに消え去るか、どちらかと建造されたときから決められているわ」



「あと……一つ」

 最後の最後だけあって、出てきたのは、この間のような邪神の切れ端ではなく、邪神の本体であった。

 無論、そんなものが地上に現れたらその時点でこの星の表面は消し飛ぶので、顕現する刹那に再封印を仕掛け、首尾よく収まった、ということらしい。

 人間が正面から事態を認知すると、とても正気を保てないと思われるため、あまり思考を向けないように、と戻ってきたエコーが注意を促す。

 かくん、とエコーが膝を付いた。

 関節が屈曲するたび相当の金属をこすり合わせるような異音がまじり、相当のダメージが入っていることは間違いなかった。

「少し、ほっとした。

 ボクの勝ちだわ。

 最後の厄災は、天からくる。

 そして、それは、最初から、想定済み――」

 そのまま、前のめりに倒れ込んでしまう。

「衝突天体の質量がある一定レベルを超えて地上に衝突すると、われわれの済む地球の薄皮であるところの地殻が全球、地上どこも残さず衝撃波のように波打ち、この地球ほしの海は蒸発し、大地は沸騰し、岩石蒸気が数年間は滞留し続け、人類の存亡どころか痕跡すら残ず、星は死の火球になるわ。

 どう? 怖いでしょう?」

 エコーは、うつ伏せに倒れ込んだまま、饒舌に喋り続けながらも、身体をほとんど動かさない。

「駄目、なの?」

 私は、この子エコーが何かを誤魔化そうとしたことを直感した。短い付き合いながら彼女のことは存外わかってきている。

「うん、駄目だったわ。最後まで届かなかった。

 体内に蓄えた、飛来する天体を消滅させるためのエネルギーは十分。

 最後に成層圏の外まで飛ぶ余力もある。

 でも、センサーが壊れた。要は、目が見えなくなった。

 ただの人間レベルの視覚センサ一つ残っていれば、それでなんとでもなったのに。

 すべて失ってしまった。

 邪神が妙なところに漏れぬよう、念入りに見張った結果、持たなかったわね。簡単に焼き付いた。

 まだボクは飛べるし戦えるけど、もうボクはどこにも向かえなくなってしまった」

「なるほど。あなたのそういう素直で正直なところ、すごくいいと思う。

「そうよ。ボクは正直で素直なのよ」

「で、どうするの」

「どうしようもないわ。

 ボクも、このまま地上にとどまって、時を待つだけになるね。

 残念はあるけど、仕方がない。

 キミのとなり、空いているかい?」

「……私が、エコーの目になってもいい」

「駄目よ!」

 即座に、聞いたことのない必死さでエコーは否定する。

 必死で、懸命で、感情がこもっている声だった。

「駄目よ。人類を救うなどという――そんなは人間に背負わせられない。

 もとが、ボクのシクジリからならなおさら」

「ねえ。エコー。

 業とか難しいことはわからないんだけど。

 私は人類を救うんじゃなくて、エコーを助けるってことで。

 あくまで人類を救うのはエコーってことで。

 それでいいんじゃないの?」

 迷っているのが手にとるようにわかる。

 彼女は今まで迷っている姿など、人間相手に見せたことはなかったのに。

「私はね。私がここでちょっと手助けするだけで、エコーが一人じゃなくなるだけでも、頑張って生きてきた甲斐があったと思うよ」

 数分の長考の末、エコーはようやく考えをまとめたようだ。

「アマネ。

 私を抱きかかえて。天頂方向を教えて。

 飛ぶわ」

 抱きかかえられた機械の少女は、穏やかに言う。

「……済まないわね。ありがとう」


 空が白く焦げ、最後の災いは取り除かれ、

 多くはないが地上に生き残った人々は、苦しいながらも、平然と続く世界で、それでも、生きていくことになった。

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世界の終わりの日 神崎赤珊瑚 @coralhowling

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