第2話 無題

「アマネ! アマネ! 居る?」

「もしかして、私ですか?」

 高空から飛来する少女型ロボットを校庭から見上げ、私は、懐かしい友人に会ったような気分になっていた。

「ああ、まだ生きていたわね。良かった」

 校舎が焼け落ち、登校していた生徒五百名ほどのことごとくが行方不明になった大惨事から二週間後。

 学校はなぜか再建されていた。とはいえ、プレハブの簡易校舎であったが。その上、なぜか登校を続ける者たちも、私も含め少ないながらも居た。

 自分でも首をかしげるが、習慣ということはそこまで強いことなのだろうか。

「毒、というのはなかなか抜けないものね」

「そうですね。習慣を変えられない、変えにくい、というのも毒にやられているようなものかも知れません」

 初邂逅では意味があまり噛み合わなかった会話も、だいぶ、意思の疎通ができるようにはなったと思う。わからないことはわからないけども。

「で、どうしました」

「どう、ということでもないけど。

 ボクは、この地上でエンを結んだの、アマネしか居ないから。

 ただ、ハナシを聞いてもらったり、褒めてもらったりしたいだけだし」

 胸を張りながら言語明瞭ロコツに甘えてくるメカ娘に、苦笑いをしてしまう。

「わかったよ」

 メカ娘の胸元の、以前なかった傷を指先でなぞる。

「どうしたのこれ」

「ちょ、ちょっとくすぐったい、わね。

 敵につけられたわ。

 大したことのない雑魚による大したことのない傷よ。

 自動修復の優先順位が低いから、そのままになっているだけ」

「直さないの? この部品ピカピカして綺麗なのにもったいない」

「じゃあ治すわ。今すぐ治すわ。あーもう治っちゃったわー」

 なんかかわいいなこの娘。ロボットなのに。

「エコーお嬢、」

「っっっっっ!! ちょ、ちょっとまって。

 それあだ名?

 ねえ、それあだ名というやつ!?」

 金属の顔面からは全く表情を伺えなかったが、エコーは反応や動きは完全に興奮している。

「いや、そこまでというか。

 名前がエコーちゃんで、

 なんか見た目は機械ながらもお嬢っぽくて、

 喋りもちょっと昔の漫画のお嬢っぽくて、

 だから重ねてみただけ。あだ名ってほどでもない」

「いただくわ。

 これから、ボクはエコーお嬢と名乗るわ。

 皆もそう呼んでもらっても構わない。万民に広く伝えよ」

「……そこまでなのか。うぶ過ぎないか。

 ならもう少しかわいいあだ名、ちゃんと考えるよ」

「!?」

 興奮しているエコーは、とても可愛らしく思えた。

「ところで、厄災退治は進んでいるの?」

「……百八のうち、この二週間で三十六は閉じたわ」

「すごい」

「そうよボクはすごいのよ」

 ぐ、とメカ娘エコーは、胸を張ってみせる。



 別の機会に聞いた話。

「あなたに理解が及ぶかは知らないけど、教えられるところは教えてあげるわ」

「なぜ、なんだろう」

「なぜ、はない。神様は何も語らない、何も示さない。ただ、場があり、それに合わせてボクが用意されたので、そのまま戦っているだけ。

 悩むところは何もないわね」

「神様、ってなんなのだろう」

「不敬を承知でいうと、上位になればなるほど、ボクたちが考えるような形式の意識を持たない、純粋で巨大なエネルギー体になっていく」

「神様は、私達を見捨てなかったの?」

「神代の終わりに、人類と決別してからは、不干渉主義でそれを今でも貫いているわ。自分から望んで滅ぶことになっても、誰かに滅ぼされることになっても、今更触りはしない。

 ボクだけが例外。ボクはちょっとした神の迷いなのよ」



「なるほどね。

 この間の邪神の端末が世界に放たれていたら、人類最後の一人を消すまでに、数ヶ月――ちょうど年末くらいまで掛かる。

 あとに登場する厄災ほど、人類を滅ぼすために要する期間が短くなっていくのね。

 そして、最終日の厄災は、一撃で人類を滅ぼせる強大なものとなる、と」

「そうね。だから言ってしまえば、まだまだ予行練習のようなもの。

 いくら相性悪くても、ボクの出力なら失敗しないもの。

 まだ、そういうレベルの厄災しか閉じてはいないわ」

「怖くはないの?」

「怖くはないわ。

 逆に聞いておきたいのだけれども。

 キミ達人類は、まだの?」

 本当に、私達が滅びたがっていたか、というのはともかく、客観的に見れば、滅びを受け入れていたのだろう。

 当たり前のように、ある日存在が、ふつ、と消えるのを受け入れていたのだから。

「わからない」

 でも、私は、正直な心境を述べる。

「スイッチを落とすようにある日みんなで消えるのは、受け入れていたのだと思う。ただ、大切な人たちが突然居なくなるのは、想像もしてなかった。

 消えるのは救済だと受け取っていたけれども、死に始めたら死ぬのが怖くなった、というのはあると思う」

「まあ、人間だもの。そのへんの不覚悟というかゆるゆるなのは、仕方がないわね。

 ま、そんなの関係なく、ボクはキミ達を救い、キミ達は先を生きることになる。文明のすべてを無くして、どん底で生きることになったとしても」

 相変わらず動作音も立てずになめらかに、エコーは天を仰ぐ。

「褒められたから、満足したわ。

 これから、また、南米に現れる厄災を閉じなくてはならない。

 そろそろ行くわ。また来るのでよろしくお願いするわ」


 彼女が地を蹴り、飛び上がろうとする刹那のことであった。

「ふうん。四騎で掛かってくるのね。これは僥倖だわ」

 機械の少女は動きを静止させる。

 空気が張り詰める。


「簡単にはいかせぬよ。つまらん神の手下イヌめ!」


 炎を巻く巨大な騎馬にまたがった巨大な鎧が虚空から現れる。

 色違いで次々と、彼女が読んだとおりに四騎が大地に降り立った。

「良いの? こんなに早く出てしまって。

 今回のルールでは、弱さの証明ではなくて?

 胡乱なものたち。

 神々の被造物を憎むばかりの、今回の黒幕」

 エコーは腕組みをして仁王立ちのまま、挑発するようにいう。

「かまわんさ。

 整えた環境は、今更我らを滅ぼしたところで、何もかわらん。順次、この星を滅ぼしていってくれるだろう。

 だが、お前は脅威だ。この星を救ってしまうかも知れない。

 出来ることならば、ここで、滅ぼす。

 敵わぬまでも、傷をつけておく」

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