【最終話】062 もっと・これから・エピローグ


「ウルトラデラックスパフェと、ガトーショコラ一つずつで」

「それから、抹茶プリンとレアチーズケーキ、カタラーナをお願いします」

「か、かしこまりましたぁ」


 少しだけ苦笑いを浮かべたウェイトレスを見送ってから、望月絢音は大きな溜め息をついた。

 向かいに座る汐見橙子が、同情的な笑みを浮かべる。


「あーー、もう、食べなきゃやってられませんよ」

「そうだね。こんな時は甘いものを食べて、忘れるに限る」

「……忘れられればいいんですけどね」

「……しばらくは、無理だろうね」


 月島遥が、水尾雪季と付き合ってしまった。

 二人は、その事実を聞かされた後に、お互いが恋敵だったということを知った。

 今となっては、同じ相手に敗れた失恋仲間、なのだけれど。


 心から申し訳なさそうに頭を下げる遥をビンタした感触が、まだ手に残っている。

 悪かったとは思うけれど、そのおかげで、泣き出してしまわずに済んだのは間違いない。

 事実、橙子は泣いたらしい。

 「笑顔で祝ってやりたかったのに、ダメだった」とは橙子の言である。


「絶対! 私の方が好きでしたよ。それだけは間違いないです」

「それは聞き捨てならないね。想いに関しては、私の方が上さ。そこは譲れない」

「えぇ……」

「むっ」

「……」

「……」

「……やめましょう。私たちが争っても仕方ないですし」

「……ふむ。そうだね」


 運ばれてきたスイーツたちを乱暴に突きながら、絢音は気になっていたことを橙子に聞いてみることにした。


「これからどうするんですか?」

「これから、というと?」

「諦めるんですか、遥のこと」


 橙子はすぐには質問に答えなかった。

 視線を遠くに投げ、綺麗な形の顎を触りながら、口をへの字に曲げる。


「諦めない、だろうね」

「そうですよね、やっぱり」

「ああ。なにも私は、遥に拒絶されたわけじゃない。雪季と比較されて、わずかに及ばなかった、それだけの話だからね」

「はい。高校生の彼氏彼女なんて、別れる人の方が多いですし、逆にこれは、チャンスかもしれませんよね」

「うん。もし二人がうまくいかなければ、今度はこちらにチャンスが回ってくる。付き合った、というだけで、諦める道理は一切ない」

「さすが橙子さん。でも、私は同い年ですから、大学までついて行けますよ。橙子さんは大学、きっと離れちゃいますよね」

「それこそ関係ないさ。距離に負けるほどの想いなら、こんなに苦しい思いはしていない」


 二人は静かに頷き合い、それからはテーブルに並んだスイーツを黙々と食べた。

 瞳に炎を燃やし、虎視眈々と次の機会を待つ。

 そしてその時は、また向かいの女と争うことになるだろう。


「私、雪季に言ったんですよ。まだ諦めてないから、って。もし別れても、遥には私がいるから安心してねって」

「ほお。君は、なかなか勇ましい女だね」

「でも、そしたら雪季、なんて言ったと思います?」

「なんと言ったのかな」

「……ご心配なく、ですって」



   ◆ ◆ ◆



「雪季、スプーン取って」

「ん」

「ありがと。じゃあ、いただきます」

「いただきます」


 雪季と向かい合って、オムライスを食べる。今日は二人ともバイトの日で、遅めの夕食だった。


 雪季との交際が始まって、一週間が経った。

 とはいえ、普段の生活に特別変化はなく、それまでと同じように、二人は日々を過ごしていた。


「なんかおもしろいテレビやってるかな」

「ん、お笑い」

「深夜のお笑いって、独特な雰囲気あるよなぁ」


 テレビの喧騒をBGMに、二人は静かに夕食を食べ終え、食器を片付け、寝る準備をした。


 しゃかしゃかと歯を磨きながら、遥はあの日のことを思い出していた。


『君はもう終わったような顔をしているけれど、これは始まりだよ。本当に大変なのは、これからさ』


 二人を送り届けてくれる車の中で、雪季の父親は遥に言った。

 肩にもたれて眠ってしまった雪季の様子を伺うように、彼は続けた。


『雪季は可愛いからね。君以外にも、この子を好きになる男が必ず現れる。君はこの先そういう男たちに、勝ち続けなければならない。そしてそれは雪季も同じだ。君を好きになる女の子から、君を守る。君がよそ見をしないように、君の目を引き続ける。もちろん、君たち二人の間にだって、たくさんの問題が生まれるはずだ。喧嘩もするだろうし、疎ましくなることもある。けれど、それが、付き合うということだ』


 遥はその言葉を聞いたとき、胸が締め付けられるような思いになった。

 それはまさに、自分の両親に最悪の形で降りかかったことだった。

 これからが本番。

 それは、きっと正しい。


 雪季はどう思っているのだろう。

 鏡越しにちらりと彼女の方を見ると、雪季は歯を磨いたまま、きょとんとした表情で首を傾げた。


(……可愛い)


 遥の疑問は、全て雪季の可憐さに掻き消されてしまった。

 しかもこの女の子は、もう自分の恋人なのだ。

 今までとは、明らかに違う存在。


 遥は胸が高まるのと同時に、深い愛しさを感じずにはいられなかった。


 電気を消して、ベッドに入る。

 明日も学校だ。

 渉や都波以外のクラスメイトたちにはまだ、交際を始めたことは言っていない。

 が、バレるのも時間の問題だろう。

 なにせ雪季は、外でも所かまわず、遥にくっついてくる。

 嬉しいけれど、やはり、恥ずかしさが強い。

 これからも、ずっとこうなのだろうか。

 それはとても大変そうでありながら、とても素敵なことのように、遥には思えた。


「ん、遥」

「あ、こら、また入ってくる。狭いんだぞ。シングルベッドなんだから」

「ん、くっつけば平気」


 言いながら、雪季は遥の腕にぎゅっとしがみつく。

 脚を絡ませて、遥の身体に顔を埋める。

 雪季の匂いが満ちて、遥は悩ましい気持ちになる。


 きっと、大丈夫だ。


 遥は思う。

 たとえこれから困難が待ち受けていたって、互いを思いやっていれば、きっと乗り越えられる。


 遥は目を閉じる。

 雪季の体温と、大きな幸せを感じながら、ゆっくり眠りに落ちていく。

 こういうところは、たしかに付き合ってから、変わったところと言えるかもしれない。




「……遥ぁ」


 雪季が、ひどく甘えたような声で、遥の身体を揺する。


 あぁ、そうか。


 遥はもう一つ、大きく変わったところを思い出した。


「……な、なんだよ」

「……もっといちゃいちゃしよ」

「うっ……な、なんだよ、いちゃいちゃって……」

「…………せっ」

「わぁー!! はい! おやすみ!!」

「だーめー!」


 大丈夫じゃ、ないかもしれない。



 いろんな意味で。



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近況ノートに後書きがあります。

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【番外編スタート!】超絶美少女と同居することになったけれど、恋愛恐怖症の俺はきっと大丈夫 丸深まろやか @maromi_maroyaka

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