第8話
終わった結局、千眼王はその日を持って異端狩りを脱退。
その代わりに入ってきたルーデは即戦力ではあるものの、流石に千眼王の変わりは難しいだろう。世界の均衡を人間単体で変えてしまえる存在が、簡単に居るはずもないのだ。それと同時に千眼王も祭のその称号を与えて、まだ若いと言うのに隠居の姿勢だ。
そのお陰か彼はひっきりなしに連盟から勧誘を受けているが、全て断り纏坂の復興の尽力していた。同時に日本は一つの名家を失い、国家間の権力さえも弱消化してしまうのだがそれは仕方のないことだろう。戦闘系の異眼の中では随一の纏坂や一乃坂、それに寒椿までが再起不能な今の状況では、発言力の低下も仕方ない。
最も千眼王である祭と言う存在のお陰で拮抗を保どころじゃなくなっているのだが、使えないカードなど外交で役に立つはずも無く、いつ爆発するかわからない爆薬扱いである。
何より浄眼使いさえ消えうせたこの国の先行きは不安だろう。
これから十年後起きる戦争さえも、考えてみればこれが始まりなのかもしれない。これより始まる世界の混乱は相当なものであるのは間違いないだろう。だが彼は今、死んだの父親の御所大江山で不機嫌に座っていた。
「ここで静かに座っていてくださいか、嫌な事ばっかり思い出すだけじゃないか」
といっても誰も返してくれることばはない。
ここは父親が寝起きした場所なのだが、何もすることがない。勝手の屋敷の外に出れば、変な存在たちが彼の道を阻む。別に吹き飛ばしてやってもいいのだけれど、そうなれば彼はめでたく世界の敵扱いだろう。どうにもこうにも彼は、今の連盟に嫌われているようで、自由と言うものを与えられないで居た。
それもこれも実は彼の生まれが一乃坂であり纏坂の分家筋だからと言う、名家からの嫉妬もあるのだ。
しかし同時に彼を他の国に渡せばそれだけで国家バランスが崩れてしまう。そう言う存在になってしまったため、不用意に動く事さえ許されず、こんなところで飼い殺しの憂いにあっていた。
「何もしないから嫌な事しか浮かばない。話し相手は自分で殺して、全くもって心が壊れそうだよ」
気分を紛らわすために、火も着けずに煙草を加えてみるが、何も変わらない。これなら飴でも舐めてた方が、効果的と言うものである。
暇すぎてならない、心をさす痛みは、思い出したように彼の心を抉り続けるが、痛みさえ消えうせてただ、感情が死につつあるぐらいのものだ。達観したのではなく、それは絶望の果ての絶望だろう、誰か痛みと苦痛と呪いと憎しみを元とする自身の殺戮を彼は願う。
逃げ出す事は用意で、きっとそれを始めれば自分はとまれなくなることも承知。
未だにある自分の殺人と言う感情への恐怖は拭えず、自分と同じ末路を生み出す事への恐怖もある。そう言う人間はきっと止まらずに、心をへし折りながら血反吐を吐いて目的を達することを願うのだ。
だがそれは彼にとっては悪夢が過ぎる。
自分が殺される事じゃない、自分と同じものを生み出す事が恐ろしいのだ。復讐、そのことばの重みを彼は、いやと言うほど刻み付けられている。終わりはいつになるのだろうか、いまだ続き終結を見ない茶番の繰り返しは、彼を雁字搦めの視線で縛り付ける。
思い出すだけであれは鬼だ、人が狂う様であり、人として有るまじき姿、そんなものを生み出すのが恐ろしくてならない。
「一人ぐらい生み出してそうなもんだけどな」
失笑してみても何も変わりはしない。人は人である限り大なり小なり人を歪める事がある、誰かの人生を台無しにしている事だってある、また逆も然りなのだが、彼が行なえばきっと負の方面ばかりの歪みが起きるのだろう。
自覚もある自信もある、と言う戯けが状況だ。人を幸せにする事が、きっと彼には出来ないのではないかと、自問自答の自己憐憫、自己嫌悪をあわせれば完璧だ、自分が嫌いな人間は、人に価値観を求めて自滅する。祭はその典型的な男であり、同時に自分のことしか考えていない人間でもあった。
自分が救われる為に他者を使う、よくある話だ。だがそれで救われるかといえば別の話だろう、心が貫かれたまま時間と言う息を食い尽くしても何も変わりはしない。それは逃避であるのだ。しかしそれを分かっていたとしても、救われたい、逃げ出したくてならない、自分と言う人間の内面を見たくないのだろう。
時折目を弄くり、世界の視点をずらして他の世界を覗く。それは苛烈な人間達の叫びだった、例えばただ世界に放逐された男の悲鳴、獣達が泣き喚く世界の狐の慟哭、血の剣を世界につきたてた者の決意、強すぎるまでに鍛え上げられた意思の頑強さ、ありえない精神性、自分の為に世界の全てを相手取ったもの達の生涯。憧れてしまう、自分もこうなれれば、きっと生きていけるのだろうと。
彼らはきっと復讐に狂うものたちを歯牙にもかけないのだろう。生きている限り必死であったが故に、同時に彼はこんな存在になりたくはないとも思った。彼らには彼らしかない、他人に依存して生きる姿が人間であると信じる彼だからこそ、一人で生きていくことは出来ないのだ。世界を視認する男だからこそ、他人と言う力を操るものだからこそ彼はそれだけは出来ないのだ。
だが気付いていない、彼とてそれと変わらぬ存在だと言う事を。
人は何かを求め執着するだけで人を超えることが出来る、それはなんだっていいし何でもいい。だがその願いは同時に何かを傷つけ邪魔をされる、身から出たさびかもしれないがそれは仕方のない代金と言うものだ。
消費無しの願いなんていうものは、願いですらない。ただの希望に過ぎないのだ。
「羨ましい、何でこうあれるんだろう」
そして希望を歌う馬鹿が呟く。動く決め手がないのだ、普段人のことを考えているからこそ復讐でも泣ければ、動けない。
ここから一歩踏み出すだけできっと世界も彼も変わるのだろう。しかしそれが出来ない人間が彼なのだ、だからこそ動く時はどうしようもなくなって、どうにもならないそんなときだけ。
きっとその時彼はまた心を抉り立ち上がれなくなるのだろう。
「羨ましい、結局茶番に巻き込まれて茶番を繰り返すだけしか俺には出来ないんだろうか」
きっとそれは違う。彼もそう思っていて、彼以外もそう思っている。
犠牲を否とする精神ではなく、犠牲さえも飲み込み歩き出す力があれば、きっと彼は死体を積み上げてでもこの茶番を終わらせるだろう。本質的には彼は王の位に頂くものだ、彼はそれだけの意思をもちえる資格がありそれだけの努力もしている。
けれどそれはまだの話だ、かつて未来さえも視認した彼は、見え無いと言う未来がどれほど不確かなのか分かって怯えているのだろうか。いまだ歯車のかみ合わない機械のように、すり減らすだけすり減らして、かみ合ったときはシステムさえも破壊して限界を撥ね退け崩壊まで動き出すのだ。
くすぶる彼はまだその片鱗を見せない、それはまだ時間を要する遠い未来。このきっかけが彼に成長を求める、怠惰を許すのはつかの間に過ぎない。
茶番と言う言葉を使うたびに彼には一つの疑問が浮んでいたのだ。
本当に何もかもが偶然なのかと、浄眼王の資格を持っていた奉が陵辱されて、世界に絶望した。そして世界の形を歪めて自分は復讐の塊に変わり、あらゆる人間が浄眼王を中心に動き始め、彼と言う人間がどういう訳か千眼王と呼ばれるようになった。誰もが、誰もが、望みを叶えて破滅する様な結末を迎えたこの話。だだからこそ、彼はこの状況が不快でもあった。
酷く不快で、不愉快で、なんともふざけた結末の末、得をしたものが誰一人いない。
「違う、それは違うか」
いや、ただ一人だけ得をしたものが居た。
だがそれも偶然だ、けれど感情に引っかかる不愉快な衝動。たった一人の勝者、それこそが千眼王なのだ、偶然彼が殺さなかったとは言え、彼女だけは手に入れただけで失っていない。
「つまりは、ここまでが千眼王の策であったと、そう思えばするりと決着がつく」
彼女が望んだものは何かを考え続けて、彼は一つの結論を見出し逆鱗に触れたが如く殺意を芽生えさせる。
ルーデを用意したのも千眼王、暴君との直接のかかわりも千眼王、そもそも奉さえも千眼王に直接関わっていた。全ての事柄に千眼王は直結しているのだ、それが分かれば後はどうなるか、今となっては破眼に完全に変わってしまった彼の目ではわからない、何より見出せない事実が多分そこにはあるのだ。
「これは、結局のところ。香禅坂の策だと、どう考えてもそう決着がつくわけだ、あいつにとって邪魔な存在は全て死んでる、はははは」
こうも、こうも、簡単な事実に何故彼は気付きもしなかった。
もしかするとあの時殺されない事すら彼女にとって策だったのかもしれない、誰でも気づく程度の代物だったのかもしれないが、一人として察する事も無く完結した。
「つまるところ、つまりは、この下らない茶番と言う名の祭は俺が主賓で、奉が生贄と、名前に言霊で使ったのかクソが、冗談じゃねぇよ」
だがこうやって食い合わなければこの世界の意味はない。
祭はまた歪んでしまう、狂ってしまう、何より王に相応しくない彼の姿であるが、結局のところ本質は復讐者に過ぎないのだろう。
誰も救わない物語の結末など幸せなものであるはずがない、不機嫌な表情を隠す事もなく彼は立ち上がり歩き出す。本質を限りなく浄眼に近付けながら浄眼足りえない異眼を矢を引き絞るように見開き、御所後と吹き飛ばす。
現状で彼は、力が衰えている。彼が繋げた第五の浸食によって、破眼以外の世界干渉を封じられている状況なのだ。そんなかれに彼に出来るのは観測が限界、しかもそれは自分が現状で居る世界とはまったく別の世界に過ぎない。彼の千里眼は既に無く、愚直な瞳しか存在しないのだ。よく見えるはずの目でさえ、自分だけは見る事さえできない。
ある意味それは目の本質の一つでもある、常に目とは世界を見るものであり自分を見るものではない。
人が生涯において自分をその瞳で見ることはまずありえない。それは人を逸脱した所業か、はたまた事故などの可能性だけだろう。
だからこそ彼は自分を見ることが出来ない、目にそんな機能は備わっていない。自分が居る世界を見ることが出来ないのもそれが必然なのだろう、自分の世界と言う概念を備える限り彼はその場所を見ることが出来ない。
しかしながらそれでも彼は千眼王なのだ。見開いた瞬間の視界だけで周りの異眼使いを圧倒し、その視力を簒奪する。
そう言う意味では先代の千眼王すら彼は圧倒しているのだろう。だからこそ彼は千眼王と呼ばれる様になっているのだが、その行動一つで世界に緊迫が走るのだから彼と言う存在の影響力がどれほどの物か明快と言うものだろう。
「必要ない力だよ全く。ただこれがあるから何かあって、これがないから何も出来ない事になることもあるんだから、戯けた話だ」
王は世界を切り裂くように、一度目を閉じまた視界を開く。
横に避けて丸く広がる世界はやがて、境さえ無くして全てを見出すように彼の世界に無限に広がっていく。門を広げるその様を見て、彼は今から行なおうとする自分の業の重さと、本質を少しずつだが確信していくのだろう。
どこまで行こうともも変わらぬ徒労と無駄を繰り返すだけの存在だ。結局変わらない人間の骨の部分、人生の選択肢を選べば選ぶほどに、その骨の部分が協調されてしまう。選択をどこまで重ねようと、無限と人が夢想しようと、祭りの結末も選択もどこまで言ってもそこにたどり着くようになっているのだろう。
未来は無限ではなく常に未知数なだけ、だが常に人生とは一つに過ぎない。もし人間の骨子が決まっているとするのなら、その大本が変わらないのならば、人生は決まったものであり確定した代物だ。
それこそが変わらない部分こそが人の強みであり弱み、だが人であるが故にその宿業から逃れる術はないだろう。
彼だって結局変わらずその業を持って歩き出す。
その狂った性根が故に結局それに活路を見出しその感情の剣を振るうのだ。人は死ぬまで自分にしかなれないし、人は死んでも自分以外になれる筈もない、個人は個人のままで存在して消えうせるだけだ。
祭はそんな人間の典型だ。彼は常に正気ではない、本質的に彼は復讐者なのだ。
命を食って生き延びるような餓鬼猛獣の類だろうか、どうあっても狂ってゆがむ、それが彼にとって当たり前の本質なのだ。目的と言う焦点を合わせたなら最早それは、彼にとっては生きる術に他ならない。
誰一人として止められるわけも無く、彼は同類をいつか生み出すだろう。
「嫌だ嫌だ、本当に嫌だ」
言葉と表情が一致しない、ただ楽しげに笑うだけだ。その表情に優しさが混じっているはずも無く、怒りが入っているわけでもない、多分それは本当に嬉しいのだろう。まるで人を殺すことを待ち望んでいたかのように、一乃坂祭の本性が垣間見える。いやそれはきっと堕落に近い、祭と言う人間が心に抱え続けた感情の日々の限界なのだろう。やっと解放されるという安堵の笑みなのかもしれない。
「何でこんな辛い思いばかりしていきていかなきゃいけないんだよ」
しかし、それでも彼は逃げ出せなかった。
あらゆる重みが彼を押しつぶすかもしれない、いつか彼がその重みに殺されるかもしれない、けれどその荷がなければきっと彼はすぐにでも死んでしまう。
そう言う生き方しか彼は出来ない、そんな歩み方しか教わっていない。
どこまで損にしか生きることが彼は出来ないし、そう言ういき方が嫌いでもない。ここで親友でもいれば弩級のマゾ扱いだろうが、そんな事を考えれば苦笑の一つも出てくる。
「ああ、嫌だ嫌だ、全部嫌だ、こんな望郷の願いも全部終わった後だって言うのに、戻りたいなぁ」
だがそれを台無しにしたのは彼であり、その周りにいた人々。
身から出た錆としかいいようがなく、結局は巡り巡って自虐と自傷の繰り返し、卑屈に笑って彼は歩き出す。足取りがどこか重いが、きちんと大地を踏みしめている、周りからの喧騒が響く名が悠々と彼は目的地に向かって歩き出していく。
その重みに心と体がへし折れ殺されるまで。
千眼王 玄米茶 @taiyoukou
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