虎兎 龍

1.狼少年の沈黙

先日昼過ぎに、私は友人二人と共に高円寺にある素敵なカフェを訪れました。

商店街を少し外れた静かな場所で、そのカフェの店先には、多様なアイビーが鬱蒼としていて隠れ家の様な趣きが在ります。

扉を開けると、静寂が広がっていました。そこには他の客はおろか、店員すら居ませんでした。

薄暗い部屋に少しだけ涼しいエアコンの風を感じ、心地良い気持ちになりました。黒っぽい内装に四角くて茶色い木製の小さなテーブル、赤いベルベットの椅子と幾つものドライフラワー。そして様々な絵画。小さな窓から差し込む太陽光と天井から無数にぶら下げられたランプのオレンジ色の光によってそれらがぼう、と浮かび上がっていました。印象派の風景画が多い様に見られますが、残念ながら私にはその手の知識は有りませんでした。直感的に好きだと思った絵を買う事はあっても、技法や歴史等の専門的な事には疎かったのです。

無音の空間に友人の声が響きます。


「すみません」


幾度か呼んでやっと、白髪交じりの髪を後ろで結った笑顔の可愛げなおばあちゃんが出て来ました。首元にフリルのある落ち着いたピンク色の、少しエレガントな服に黒色のサロンを巻いていたと記憶しています。どうも、おばあちゃんが靴下にお手洗い用の様なサンダルを履いていた印象が強過ぎて、今一つ服のディテールを覚えていないのです。

おばあちゃんが余りにも丁寧な言葉遣いで注文を取るものですから、私はまるで非現実的な世界に迷い込んだ様な気分になりました。おばあちゃんは服装も言葉遣いも美しく、お上品です。私は一抹の羞恥心―――というか、もういっそ罪悪感というか―――を感じました。スーツの彼はアイスコーヒー、ロリィタの彼女はアイスミルク、和服擬きの私はクリームソーダを注文しました。そうです、訳有って私達の服装は奇抜過ぎたのです。

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