7.孤独感の対義語

ジューン・ギボンズとジェニファー・ギボンズという双子の実話をご存知でしょうか。

一九六三年、イギリスのウェールズ地方に在る小さな村で生まれた双子の女児達は黒人でした。当時まだ差別的な考えが強く、双子も他の子供達から虐められていました。必然的に二人で過ごす時間ばかりとなり、物心がついた頃には二人だけの独自の言語で秘密の会話をする様になっていました。そして蓄積したストレスは暴力的な人格として表れ、大人になるにつれ性や酒やシンナーに溺れてゆき、そのうちに放火で逮捕されてしまいました。病院に収監され別々に過ごしていても、頻繁にお互いがリンクした様な奇行を起こしていたそうです。この頃、お互いはお互いを自分の様に架け替えの無い物として激しく愛し、それと同時に自分一人の人生には邪魔な存在として激しく憎み、苦しみました。精神病院に入る前にも「このままではどちらかが死ななければ一人の人間として生きていけない」と考え、お互いを殺そうとしたり自殺未遂をしたりしていたそうです。三十歳になった二人は病院を移ることになり、その移送中、ジェニファーは急性心筋炎で亡くなりました。自然死とされていますが、真相の程は解りません。後にジューンは墓碑のために詩を書いています。


"私たちは二人だった。二人で一人だった。私たちはもう二人ではない。人生を通して一人になった。安らかに眠らんことを"


亡くなった人や物や赤ちゃんといった、自我の小さいものは同化し易く、それなりに自我が確立したもの同士は不可能と言えるのです。ジューンとジェニファーの場合は「自我の融合」とも呼ぶらしく、双子に同じ名前をつける等すると起こり得ると聞きました。

自我の生まれる前から共に居て、他者と隔離された様な環境だったからこそ、ジューンとジェニファーは限り無く同化に近い精神を得たのでしょう。

こうして自我が大きく己に近ければ近い存在ほど愛憎に苦しむというのは、不自由だからなのだと思います。自由とは孤独であるから成り立つものです。解離性同一性障害や結合性双生児は孤独ではないので羨ましいと考えていた私は、恐らく不自由さや非支配を代償に孤独感から逃れたかったのだと思います。


しかし人はどうしようとも孤独なのです。肉体は溶け合う事無く、意識は繋がる事無く、一つになどなれないのです。言葉や体を交えても、個を認識している以上、混ざり合う事はないのです。だからきっと子供を作るのかも知れません。

星に小さな隕石が降ってきても、ちょっとクレーターが出来るくらいで済みます。ですが、星に星がぶつかったら大変な事になります。だから私達ももう大人で自我が大きい分、一定の距離を保たねば衝突し壊れるのです。星々が惹かれ合ってバランスを保つ様に、他の家族や友人や嗜好品や娯楽といった物に依存を分散させる必要が有るのでしょう。壊れて尚共に居ればその先に同化と不自由が待っているかも知れませんが、大抵の場合、そうなる前に人と人は離れていってしまうのです。

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