2.刺激


「誰か高円寺来てよ」


とある夏の日曜日、朝五時、池袋にある自宅のベッドの上にて私は微睡んでいました。SNSの所謂"病み垢"界隈でそこそこ有名な彼の、男性にしては高い少年の様な声が私のスマートフォンから流れます。寝起きで回らない頭には程良い目覚ましでした。ここではスーツさん、とでも呼称しましょうか。

今回は、彼の使っている中で一番フォロワーが少ないアカウントからのラジオ配信なので参加者は少なそうです。「今回は」というのも、彼は頻繁にオフ会の様な事をしているのです。私は参加した事が一度もありませんが、半年程前から彼の配信を見る限り度々、歌舞伎町や高円寺で人を集めてアルコールや精神薬等に溺れている様でした。酷い時は配信を繋いだまま、早朝からドラッグストアに駆け込み、コデインの入った咳止めをオーバードーズして歌舞伎町の道端でグチャグチャになり、「誰か家に行かせて」と、救いという名の女体を求めていた事も有ります。


「皆でスーツで電車に乗って政治の話をしたい」


なんてスーツさんが言うものだから「電車でワードウルフしたい」「スーツ持ってない」「今日は選挙の日だもんね」等とコメントがまちまちに流れて行きます。

スーツと言えどもスーツさんはサラリーマンではなく大学生です。従ってファン達もそれくらいの年齢が多い様に見受けられました。

私は「フォーマル縛りなんてどうですか?」と入力して送信しましたが、行く気は有りませんでした。半年以上彼を画面越しに見て来て、私は彼に底知れぬ畏怖を覚えていました。余り深く関わると自分まで精神的に悪い方へ引っ張られてしまいそうな、そして生活までもが堕ちてしまいそうな気がしていたのです。

実際にそういうファンも沢山居たようで、以前にそれを本人に吐露したら「僕は底無し沼の真ん中に在る島なんだ」と言っていました。

彼のフォロワーは殆ど女性で大抵が精神を病んでいますから、彼が自分をそう例えるのも至って必然ですし、私がその集まりに対しても臆するのも必然でした。

「ロリィタはフォーマル?」「セーラー服有るよ」 と女性であろうアカウント達がすぐにレスポンスをくれます。

なんだかんだと冗談を言っていたら「じゃあ和服着て来てよ」と言われ、興味は有るし、言い出しっぺだし、等と自分に適当な言い訳を付け、重い腰を上げました。


「すぐ来れる人は六時半集合、第二陣は七時半集合。」


結局私は黒い長袖のカラーシャツに黒い羽織と黒いワイドパンツに黒いラバーソール、そしていつも両手首に着ける数珠の様な手製のブレスレット。和洋折衷の喪服とでも言いましょうか、七月後半とは思えない暑苦しい服装になってしまいました。

黒髪ボブの前髪を少し短く整え、入念に化粧をして、いつもの赤いコンタクトレンズを着け、いつものVivienne Westwoodのブドワールを振り、そうして漸く私は高円寺を目指すのでした。

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