3人目 古湖 美緒の場合
大事
「非常に、残念です」
この言葉が医師の口から出る前に、もう分かっていた。
さっきまで忙しなく動いていた医師や看護師たちが、ピーッピーッという電子音とともに、動きを止めたから。
でも、その言葉を聞くと、分かっているはずなのに頭が真っ白になって、思考が停止した。
由乃が、死んだ。
心のどこかで予測していたことだった。かかりつけの医師にも、もしものことがあったら、由乃さんの命は危ないかもしれませんと、忠告も受けていた。でも、ついつい考えてしまう。
――なんで、由乃なの。
他の誰でもなく、なぜ、どうして、由乃なの。
医師が、なにか言っていた。聞こえない。なにも、分からない。
すると、突然隣から泣き声が聞こえてきた。
いつの間に来ていたのか、尹夜が何かを悔しがるかのように、泣いていた。
大きな声を出して。
病室の至る所にその声が反射して、泣き声しか聞こえなくなる。
羨ましい。そう、思った。
人目を気にせず、大声で泣けることが、羨ましい。私は、娘が死んだときでさえ、涙を流すことしかできない。娘の死を哀しんで、大声を上げることもできない。
とても、醜い。
由乃は私にとって、二人目の子どもだった。一人目は、まだお腹の中にいるときに、流産で死んでしまった。
自転車との衝突が原因だった。あの時、もう少し周りを見ていたら、もっとお腹を守っていれば——今でもその傷は癒えていない。
だから、由乃が生まれた時は、この子は死なせないと決めた。でも、医師から話からの話を聞き、私はショックを受けた。
心臓が、弱い。だから、普通の人として生活するのは、難しいかもしれない。
その話が急に現実味を帯びたのは、幼稚園の頃だ。
由乃が高熱を出し、呼吸困難に陥った。でも、それはただの風邪で、普通ならなんともならないことだった。
そして、由乃がすやすやと私の腕の中で寝ているとき、少し気まずそうな顔をした医師に言われた。
「由乃ちゃんの心臓が弱いことは知ってますね?今回のように、ただの風邪でも大変なことになります。なので、普通の人にとって大変な風邪が、由乃ちゃんにとって命取りになる可能性があります。怪我などは気をつければ避けられるかもしれませんが、風邪は注意してもなってしまうかもしれません。覚悟は、しておいてください」
それは、あなたの娘は死ぬでしょうと予告されるのと、同じことだった。
――死なせないと、決めたのに。
気をつけても救えないかもしれない命は、どうすれば救えるのだろうか。一つの小さな命も救うことができなかった私には、そんなことはできない。
でも。
救うことはできないかもしれないけど、愛情をたくさん注ぐことはできる。この子が死ぬ時、素晴らしい人生だった思ってくれるのなら、それが一番良い。
それから私は、由乃を大事に大事に育てた。外で遊ぶことや、走ることを制限したから、遊び足りていないかも、と思ったが、尹夜という親友ができたので大丈夫そうだった。月に一度は入院をしたけれど、毎日楽しそうでいつも笑っていた。
あるとき、尹夜が私に言った。「由乃のお母さん。あたしね、由乃の笑顔がだーいすき。あたしを笑顔にしてくれる、魔法の笑顔なの」。そう言って、二カッと尹夜は笑った。
小学校の頃の話だ。私は、こんなことを言ってくれる友だちと巡り会えて、由乃は幸せ者だな、と嬉しくなった。
でも、そんな友だちも残して、由乃はいなくなってしまった。
光の方へ 異空 世之 @ikuu_yono
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