第11話 王都遠征観光中


 現在、桐生光佑きりゅうこうすけたち一行は馬車の中で雑談しながら王都への到着を待ちわびている。五日の滞在期間で随分と魔物たちと打ち解けた。


 魔王とともに転生者<ヤカ>を撃退したこともあってか魔物たちが光佑への認識を改めたことが大きな要因だ。魔王城では毎日が宴のようにどんちゃん騒ぎだった。


 地下深くに封印されていた凶悪な魔物が転生者<ヤカ>の攻撃で目を覚まして大暴れしたことやグリムベイルの母親が淫魔であることが皆に判明し、ある一人がグリムベイルを淫魔王と冗談で呼んだたことによってブチギレて城が崩壊しかけたことなど洒落にならないことも色々あったのだがそれはさておき、光佑は一抹の寂しさを覚えていた。


 転生者<ヤカ>としてこの世界に訪れて心細くもあった中、姿形は光佑と違えど彼らは心を通わせることのできる者たちだった。


「なんだか二人共元気がないな。別に王都で指名手配されてるわけでもあるまいに」


「その辺の雑草を貪って生きてきたような田舎者には花の王都は辛いんじゃない?」


 柊つかさの言葉には相変わらず棘がある。しかしカモフラージュのために能力で作り上げた狐耳が妙に映えていて、なんともいえない気持ちになる。


「また君は煽るようなことを……」


 柊の言葉に何の言葉も返さない鬼子姫きしきに驚いて光佑は思わず顔を向けるが何か考え事をしているようでこちらの会話に意識がない。思えば魔王城を出発してからの彼女は極端に言葉数が少なかった。


 だが鬼子姫は自分と同じように魔物たちと盛んに交流していたわけではない。何か他に理由があるのだと思うがそれを光佑に測ることはできなかった。


「そもそも王都ってどんな街なの?」


「なんだ光佑、王都は初めてか」


「うん」


「そうだな、イナズ王都はこの大陸一帯を統括する中央集権的組織だけあって多種族の出入りも多く、経済の中心地でもある。その辺の村とは文字通りレベルが違うぞ」


「じゃあこの世界で一番強い場所ってことなんだ」


 そんな街に交渉とはいえ少人数でいくのは少し気が引ける。


「もっとも転生者ヤカが現れてからはその影響力も日に日に少なくなっているというがな。ギルドを結成して転生者ヤカを取り込む手腕は私も評価するところではあるが」


「あそこのギルドに昔入ってたけどあまりいい思い出がないんだよね。報酬は安いし、人使いも荒いし」


「まっ国主催ともなればその辺が限界なんだろうよ」


 序列が多すぎて上から下まで細かい配慮が行き届かないのさとグリムベイルは言った。日本のタテ社会と似たような構図だと光佑は思った。


「光佑、こういうのは実際に自分の目で見た方がいい。会合の日取りは明後日だから明日は観光に行ってもいいからな」


「えっいいの?」


「小難しい話だけして帰るというのも味気ないだろう。だが午後の一時間だけ付き合え、見せたいものがある」


 断る必要もないので光佑は了承した。見せたいものが何かは気になったが明日になればわかるかと追及しなかった。


「ずるいよグリム、ここまで付いてきたのにボクには何もないの?」


 露骨に柊が拗ねているような声色でグリムベイルに問う。


「それ以外の時間は空いている。ちょうど敵地を視察するのに護衛が欲しいなと思っていたところなんだ」


「じゃあ決まりだね! 後はこのお邪魔蟲二人を秘密裏に始末してと」


「聞こえてる、聞こえてる」


 柊の言葉に即座に突っ込みを入れる光佑。そんなことをしていると馬車の外から人々の雑多な声が聞こえてくるようになった。


 思わず窓を覗いてみると光佑たち以外にも遠方から訪れた馬車があちこちに見られ、前方には巨大な門と警護兵が入る者を管理している様子が見れる。


「やっと着いたか。早く宿に行きたいな」


「そういえばグリムは馬車が嫌いだっけ?」


「そうなの? 子供はこういうの結構好きなのかと」


 光佑自身、揺られながら外の空気を感じられるこの乗り物は割と好みだ。


「私を子供扱いするな。馬車の何が嫌かって──」


 グリムベイルが喋る途中で馬車が大きく跳ねた。


 どうやら車輪が石を踏んだだけのことで道中でもよくあった光佑にとっては他愛のないことだ。そもそも道が舗装されていないのでこればっかりはしょうがない。


 だが目の前のグリムベイル《幼女》には死活問題らしく、尻を抑えてうめいている。


「これなんだよこれえ……。私の体重が軽すぎるせいかちょっと石に蹴躓くだけで尻が何十センチも浮いて叩きつけられる」 


「そういうこと、てっきりはしゃいでるのかと」


「珍しく気が合うね」


「き、貴様らはこういう時だけ仲良くなって」


「あっ馬車の前方に大きな石が」


「ひっ」


「ちょっと、ちゃんと座ってないと頭打つよ」


 思わず立ち上がろうとしたグリムベイルを危険だと止める。


「鬼か貴様ら! 予期できる痛みとか嫌すぎるだろう……が!?」


 再度、勢いよく尻餅をつくグリムベイル。いつもの冷静な態度とは裏腹に涙目になってしまっている。


 仕舞には鬼子姫の身体を揺すって助けてもらおうとした。


「鬼子姫、鬼子姫……落ち込んでないで、私をこの馬鹿二人から助けておくれ」


 しかし返答もなければ反応もない。


 おかしいと思いグリムベイルは鬼子姫の顔を覗き込み、そして気づいた。


「こいつ……この状況でうたた寝しておる」


 *


 王都に到着後、グリムベイルが手配していた宿で一泊した。豪華な食事付きな上に一人一部屋が与えられ、セレブ気分を満喫することができた。


 そして次の日。


 魔王との約束があるとは言えほとんどの時間は暇だ。彼女の言葉に甘えて観光に行こうと桐生光佑きりゅうこうすけは決意した。


 だが出来ることなら誰かとまわりたいと光佑は思った。そして昨日浮かない顔をしていた鬼子姫きしきを誘っていつもの元気を取り戻してもらおうと部屋の前まで来たのである。


 コンコンと軽いノックをして中にいる鬼子姫に呼びかけた。


「はい、今行きます」との声が聞こえたが中々鬼子姫は出てこず、体感で十五分ほど経過した後に木製でできたドアが音を立てて開いた。


「鬼子姫さま、おはよう」


「おはようございます。朝早くどうしたんですか?」


「いやせっかく来たんだし、王都をまわろうと思ってさ」


「ああ、今日は観光ですか。ここは治安は良いですがそれでも気をつけてくださいね」


「鬼子姫さまもどこか遊びにいかない? 一日中宿にいても不健康だよ」


 誘われると思っていなかったのか少し驚いた表情で光佑を見る鬼子姫。


「いまは何も持ち合わせがありませんよ」


「大丈夫。魔王城で空いた時間にバイトしたから、ちょっと遊ぶぐらいのお金はあるんだ」


「いつの間に……そういえばクラちゃんの店が盛況だったのって光佑さんの仕業ですか?」


「まあね、ちょっと改装したんだ。クラクラがあまりにも暇そうだったから」


 話し相手を目的としてクラクラに誘われた光佑だったがせっかく雇われたのだからと

 おどろおどろしい店内を華やかに具体的にいうと謎なオブジェというべき物体を片付けて照明、壁紙から飾りつけにいたるまでほぼ全面改装という形で変えたのだ。


 ついでに竜の血を混ぜた薬団子も効能については文句なしだったので光佑は砂糖やら乾燥させた果物を混ぜたり試行錯誤してそれなりに食べられる味付けにした。


 クラクラは最初こそ不満気だったが来客が増えたので満足してくれたようだった。


 原因は改装した結果というよりもグリムベイルと練習で作ったクッキーをオマケでつけたことが口コミで広まった結果なのだが。


 男女問わずに愛されている魔王さまさまだ。


「いいなぁ。ワタシさまもクラちゃんと仲良くなりたいです」


「ま、まあそのうちなれるよ」


 クラクラは鬼子姫に一度叩きのめされたことがあって鬼子姫に怯えている。当面は無理だろうと光佑は思う。


「とりあえず、行こう鬼子姫さま」


 光佑は鬼子姫の手を取って、引っ張る。


「ちょ、ちょっと待ってください。支度も何もしてないのに」


「でも鬼子姫さま、変わらず綺麗だけど」


 これは光佑の本心である。鬼子姫はいつもどんな時も気後れするほどに美人だ。


「それはさっき整えたから……じゃなくて! あるでしょう色々と女の子なら


「女の子?」


「はあ……もういいです。行くなら早くまいりましょう」


「あ、うん」


 そういうなり鬼子姫は腕を振り解いて先に行ってしまう。光佑も急いで彼女を追いかけるのだった。


 王都の街並みは流石に大都市というだけあって、往来を歩く亜人の数も辺りから聞こえる喧騒の音も何もかもが桁外れだ。ちょうど光佑たちが歩いている通りは露店が立ち並ぶ中央広場で活気に溢れており、観光するならこの辺りがよいと事前にグリムベイルから聞いていた。


 ここは王国のお膝元というように広場を見下ろして立っている巨大な城は圧巻の極みである。光佑はここで鬼子姫を元気にしてあげたいと思っていた。


 短い付き合いではあるが彼女に元気がないと調子が狂うのだ。だが女神は何を喜ぶのか、さっぱり答えが出てこないと光佑はうんうん唸る。


(何が喜ぶんだろう? 俺だったら食べ物だけど女神さまだしなあ)


「なにボーっとつっ立っとんだ兄ちゃん。よけりゃこっちの方も見ておくんな」


 声を掛けてきた主は露店の店主で見た感じ飲食物を取り扱っているようだった。


 だが元の光佑の世界のように焼きそばやお好み焼きなどの馴染みの食べ物を販売してるわけでなく、何か得体の知れないものが並べてある。


 店頭にはマグマのごとく赤く発光する爬虫類の尻尾のようなものの串焼きに赤と緑の毒々しい色をする人の形をした芋が苦悶の表情を浮かべて揚げられている。


 そしてその隣のざるには何かの芋虫を揚げたものが大量に積まれていたりするがまだ生きているのかウネウネと身体を伸び縮みさせていて不気味だ。


(うっ……クラクラの店に負けず劣らずのゲテモノばかり)


 光佑は言葉に釣られて商品を見たことを後悔したがもう遅い。


「どうだ? ここらじゃ手に入らない変異種の珍味ばっかだ。そこの嬢ちゃんにはちょっと合わねえかもしれんけどよ」


「いえ、ワタシさまとしても旅人として街を練り歩く中で色々なものを見てきましたから。でもここまでの品揃えは中々お目にかかれるものではありませんね。こんな状態のいいマンドレイクなんて手に入れるの大変だったでしょう」


「嬢ちゃんみたいに話のわかるべっぴんさんがいるから俺の苦労も報われるっつーもんよ」


「まあ、上手ですね」


 とりあえず酒瓶に入った大量のゴルフボールほどの大きさもある巨大な複眼が光佑を見ていて不気味なために全然二人の話がはいってこない。


「光佑さん、これ」


「え? うわっ!」


 そういって鬼子姫は串に刺した蜥蜴の丸焦げたグロテスクなものを光佑の眼前に差し出してきた。


「蜥蜴の姿揚げです。この種は味もいいんですって」


「お、俺はいいです」


 丁重にお断りする光佑。未知を体験することこそ食事の醍醐味と聞いたことがあるが慣れ親しんだものが一番だと思う。


 よって鬼子姫が何を言おうとノーと念入りに突きつけると心に決めた。


(それに鬼子姫さまだって食べてないし──)


「むぐむぐ……鶏肉みたいにさっぱりしてて結構いけますよ」


(って食べてる!)


 平然とした表情で頭からバリバリと食べている鬼子姫を見て、光佑は大いに引いた。


「流石は冒険者、躊躇わずに喰っちまった」


「ごちそうさまです。あっ支払いはこの人が」


「はいはい」


 光佑は鬼子姫が食べた物の支払いをした。希少物だけあって意外と高い。


「兄ちゃんはいいのかい?」


「そんなお腹すいてなくて」


 嘘である。光佑は朝から何も食べていない。


「軽い物なら食べられるんじゃないですか。これ一つ頂きますね」


 鬼子姫が何かを光佑の口内に放り込んだ。それはぶよぶよとした弾力のある丸い球体のようなものだった。


「なんなのこれ!」


「それはあれだ、ゴブリンの睾丸の素焼きだ」


「ゴブリンの睾丸!」


 驚きと同時に噛み締めたせいで睾丸がパチュンと破裂し、中から大量の生暖かい汁が口内を蹂躙するように広がった。


 舌が壊死するかと思うほどのえぐみは地獄の窯で煮たスープといっても過言はない。


「ぐっ、うーん……」


 予想外の衝撃に光佑は幸運にもこの汁が何なのかを深く考えることはなく意識が落ちていった。


「こ、光佑さーん!」


 意識の落ちた光佑を見て、バツが悪そうに頭を掻く店主。


「嬢ちゃん、俺がいうのもあれだが意地が悪いな」


「はい、ちょっとやりすぎてしまいました……」


 *


 意識が覚醒した時、頭がガンガンと脈打つ頭痛に苛まれていたがまるでジェルの入った高級枕に包まれているような感覚が痛みを和らげてくれた。


 瞳を開けると顔を覗き込んでいる鬼子姫<きしき>の姿と青い空が見える。この体勢、どうやら膝枕をしてもらっているらしい。


「鬼子姫さま」


「ごめんなさい意地悪して。気分は大丈夫ですか」


「最悪と最高の間で揺れてる感じ」


「どういう気分ですかそれ」


 少しの名残惜しさを抱えつつ、桐生光佑<きりゅうこうすけ>は起き上がって鬼子姫に向き合う。


 何か話をしようとしたがその前に鬼子姫が口を開いた。


「別に不満があるわけじゃないんです。ただここには捨ててきた物が多いから」


 だから複雑な思いがあったと鬼子姫は言った。


「前にここに住んでたの?」


 こくりと鬼子姫は頷く。それ以上は何も言わなかった。


 恐らく転生者<ヤカ>を滅ぼす目的に関係しているのだろうと光佑は予想したが本人に語る気がなければ深く追及してもしょうがないと思った。


「俺も引っ越す際には心機一転して持ってる物みんな捨てちゃう派だから気持ちはわかるよ」


「えーそれ一緒にされちゃうんですか」


「されちゃいます」


 鬼子姫はくすりと屈託のない表情で笑う。


 雲ひとつない澄んだ青空から降り注ぐ日の光は温かいというよりも熱い。思わずフードを脱ぎたくなる光佑だが転生者<ヤカ>だとバレてしまうので出来ないのがもどかしいところだ。


「この辺りも日が差してきましたね。光佑さんちょっと付き合ってもらってもいいですか?」


「いいけど」


 鬼子姫にいわれて来たのは中央広場から離れた王都市民たちの居住区だ。二階に住居スペースがあり、下が店舗になっているいわゆる職住一体の建物が多い。


 この辺にある店はどちらかというと観光客ではなくここに住む人々が利用する目的として開かれているのが多いそうなのだと鬼子姫は言った。


 たしかに目に見えて人通りは少なくなり、ときおり果物や野菜が詰まった紙袋を抱えた亜人を見かける程度である。


 ふと鬼子姫の足が止まった。視線の先からは焼けた小麦粉の香ばしい匂いが漂っており、テーブルには丸い形をしたパンが行儀よく並んでいる。


「鬼子姫さま、パン食べたいの?」


「いえ、そういうわけでは」


 そういう割には鬼子姫はきょろきょろと店内を見ている。光佑はそんな鬼子姫の手を取ると「せっかくだから入ろうか」といって店内に入った。


 いらっしゃいと出迎えてくれたのは鬼子姫と同じ青髪である猫型の亜人だ。


「いまちょうど焼き立てなんですよ。よかったら食べていってください!」


「それじゃあお言葉に甘えて」


 案内されてついた席に鬼子姫と二人で座り、出されたパンを頬張る。


 味は素朴だがサクサクとしたパンの皮としっとりとした中身が思いのほか心地よい。


 そしてパンをかみしめて、水分を必要としている口内に貰ったミルクを流し込む。ミルクの風味が鼻に突き抜けるようにして流れ、まろやかな甘みが広がっていく。


「美味しいね鬼子姫さま」


「ええ、とても美味しいです。これは貴方が?」


「はい。以前は王城の中で給仕をやっていたので料理自体が身体に染み付いてまして」


「えっあの大きな城で働いてたの!? お城での生活ってどんなだったんですか」


「ごめんなさい。詳しいことはよく……。城で働く者は辞める際に働いていた期間の記憶を消される決まりなので」


「それはちょっとひどいかも」


「いえいえ。あまりよく覚えていないのですが莫大な退職金を貰ったみたいで、夢だったお店も開けたし、幸せなことばかりですよ」


「幸福なのは良いことです。これからも健やかに生きていけるようにワタシさまも祈っておりますよ」


「はあ……ありがとうございます」


 少し間をおいて猫の亜人はお礼を言った。いきなり他人から偉そうに幸福を祈っているといわれて困惑するのは仕方ないことだ。


 パンの代金を支払い、店を出る。グリムベイルたちにもわけようといくらか包んでもらったパン入りの紙袋を持ちながらゆっくり太陽の光で照らされた道を歩く。


 鬼子姫は軽いスキップを含んだ軽やかな足取りで光佑の少し前にいる。


「俺ならともかく普通の人に神さまムーブは変じゃない?」


「えーそうですかー?」


 てっきり怒るかと思った光佑だが振り返った鬼子姫のまるで空の光を取り入れたような屈託のない笑みに思わず見惚れてしまう。そしてまあいいかと同じように笑みを浮かべて彼女の隣までかけていくのであった。


 *


 グリムベイルとの約束の時間が迫って来ていたので、桐生光佑きりゅうこうすけ鬼子姫きしきと別れて一度宿に戻った。


 そして荷物を置いたあと、女神に女の子を待たせては行けませんよと釘を刺されていたこともあって早めに王城待ち合わせの場所へと向かうために宿を出た。


「あれ? この道さっきも通ったような……。やばい! このままじゃ遅刻しちゃう~!!」


 すると玄関先で人目を憚らず喚く声が聞こえた。


「ごめん! いきなりで悪いんだけどお城ってどう行けばいいんだっけ!?」


 光佑はその知らない亜人に元気よく話しかけられた。華やかなピンクブラウンのショートヘアに眩しいくらいのニコニコとした表情。


 リスのように丸い耳は人懐っこさを際立てていて、まさしく太陽とでも表現したくなるようなその女性はどうやら道に迷っているようだった。


 少し考えて「それなら案内するよ」と言った。この女性はお城に行きたいらしく、光佑からすれば目的地も一緒なので自分が案内すると申し出たのだ。


「ほんと!? 助かるよ~久しぶりに来たものだから迷っちゃってさ。大失態大失態」


 亜人とともに街の中を迷いなく進む。鬼子姫に念入りに道を教えられたこともあったがそもそもそこまで複雑ではなく、迷ったとしても頭上を見上げると嫌でも目に入る城を目指して進んでいけば目的地にたどり着くだろう。


「それにしてもよくこんなびっくり迷路みたいな場所歩けるね。何回くらい来てるの?」


「いや初めて」


「初めて!? もしかしてそれが普通だったり?」


「どうだろう? でも連れは「こんな道、ポンコツ筋肉猪頭でもなければ迷いませんよ」なんて言ってたけど」


「ぽ、ポンコツぅ……」


「あ、ごめん。別に君のことを筋肉猪頭なんて言ってないから」


「後半はあえて言わなかったのにおおい!」


 ツッコミをいれる亜人。そんなこんなで隣の亜人が非常に明るい性格をしていたこともあり、楽しく城までの道を光佑は進めた。


 そして辿り着いた二人を王都の象徴である王冠のしたに剣を交差したマークがついた巨大な城門が待ち構えていた。


 その前にはすごい数の亜人がおり、中に入るのも一苦労しそうなほどである。


「おおー無事についた。しかもまだ始まってないじゃん! やった!」


 人目も憚らずぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいる亜人の姿は光佑からみてもほほえましかった。


「みんなに馬鹿にされずにすむよ。君のお陰だね」


「よかった。まあ俺もここにちょっと用があったから」


「そうなの!? 君、こんなの好きなの!?」


「うん?」


「いやいや何でもないさー」


 両手といっしょに顔をふる亜人。そして亜人はもう行かないといけないと言った。


「私もう行くよ。本当にありがとう」


「ああ、よかった。力になれて」


 去ろうとした亜人が光佑の言葉に足を止めて、ぽつりと何かを呟いた。


「……しおん」


「え?」


「名前。ひらがな三つでしおんっていうの、簡単でしょ?」


「ああ、そういうこと。俺の名前は……」


「いいよ、今度会った時に聞くから! じゃあまたねー!」


 駆け足で飛び跳ねるように亜人は去って行った。


 台風のような女性だったが光佑は去り際の言葉の一つが少し引っ掛かっていた。


「ひらがなって言ってたけど、もしかしてあの人は」


 転生者ヤカかもしれないと言いそうになった口をつぐむ。流石にこの亜人の多い道でその言葉はまずい。


 ひらがなは光佑の世界でしか通用しない、いわば専門用語である。光佑の言語が通じたり、この異世界の文字が理解できるのは鬼子姫の力で翻訳ないし通訳して変換してくれているからだが、この世界の専門用語を固有名詞に変換してくれるわけではないのだ。


 だから光佑はあの亜人が転生者ヤカではないのかと予測した。亜人特有の獣耳も鬼子姫のように魔法で偽造したのかもしれない。


 だがよくよく考えれば転生者ヤカだからといって鬼子姫じゃあるまいし、自分が目の敵にすることもないなと光佑は思いなおした。亜人も転生者ヤカも光佑にとっては変わらない普通の人たちだ。


「誰だ? いまのは」


 そんなことを考えていると背後から見知った声を掛けられた。


「あっグリムさま!」


 声の主は腕を組んで堂々と立っている魔王グリムベイル。王都の城という敵地のど真ん中にいて平然としているのは流石だと光佑は思う。


「なんというか迷ったみたいで案内してた」


「そうか。まあいい、とっとと中に入るぞ」


 躊躇いもなく、歩みを進めるグリムベイルの後を小走りで光佑はついていくのだった。



 警備兵に誘導されながら広い庭を大勢の亜人とともに抜ける。そのまま桐生光佑きりゅうこうすけたちは王城のテラスの真下に集められた。


 満員電車を思い出すむせ返るほどの人いきれが光佑の気持ちを萎えさせる。


「グリムさまーすごい帰りたいんだけど」


「耐えろ。背が低い分私のが辛いぞ」


 思わず弱音を吐いた光佑だがグリムベイルの方を見て驚いた。


 ここにいるのは成人を超えているであろう亜人たちが大半でグリムベイルは身長のせいで尻やら腹やらで圧し潰されるようにして埋もれていた。


「ご、ごめん! 気づかなかった」


 必死に亜人をかきわけ、グリムベイルを救出する。


 そのままひょいと魔王を持ち上げ、両肩の上にかついだ。彼女は中に綿が詰まっているのかと思うほどに軽く、さほど辛くもなかった。


 むしろ何かつけているのかふわりとキンモクセイのような甘い匂いが心地よい。傍から見たら叔父と姪に見えるのかもと光佑は思い、少し照れ臭くなった。


「頭に私の股座を密着させて何がしたいんだ貴様」


「ちょっ、誤解を招く言い方はやめてよ」


 グリムベイルは子供扱いされてるのが不服なようでわざと光佑を困らせるようなことを言っている。そうして言い合っていると周りの人々の歓声が聞こえてきた。


「やっと始まったか」


「これ何の集まりなの?」


「処刑前の罪人を市民に公開するんだ。……まあ王都に楯突いた者へのみせしめだな」


「処刑って……」


 それが本当ならあの亜人の女性が光佑がここに用があると言った時に微妙な表情をしたのも当然かもしれない。


「ふん、野蛮か? そういう殺し殺されの世界だぞここは」


 光佑は否定も肯定もできなかった。歓声のあと、最初に現れたのは王都の誇る騎士団の団員たちだ。銀の甲冑に包まれた騎士たちは左右に道を作るようにして整列した。


 その間を立て襟で丈の長い黒服を着た男と一人の騎士が通ったとき、一際大きい歓声が流れた。どうやら歓声は一人の騎士に集中しているらしかった。


 騎士の恰好はTシャツにジーンズとあまりにも軽装で周囲から浮きすぎなほどだが辛うじて腰にさしてある二本の剣のおかげで騎士だとわかる。


「あの恰好……でも転生者ヤカは差別されてるんじゃ」


 その疑問に魔王が答えた。


「当然だが日常を脅かすものと手を繋いで仲良くというほどこの世界の者たちは甘くない。だから基本的に貴様たち人間は私たちと同じく嫌われ者だ」


 最初に訪れた村で光佑たちは邪険に扱われた。今も転生者ヤカだとばれないようにローブを被ったり、魔法で耳を偽装したりして対処している。


「だが唯一の例外がある。魔王を倒し一度世界を救ったことで転生者ヤカでありながら異なる名で呼ばれ、信望されている者たち」


 グリムベイルは親の仇にも拘わらず淡々とした口調でその名を口にした。


「やつがその内の一人、『光剣こうけんの勇者』だ」


「勇者!」


 光佑は思わず声をあげたがこの喧騒の中では目立つこともなかった。ゲームの中にしかいない存在が目の前にいる。それも見た目は多少目つきは悪いが光佑と変わらない青年に見えた。


「それでこれが本題だ。光佑はこの前新たな力を覚醒させたよな?」


「うん、銃の。グリムさまたちを助けたいって思ったら生まれたんだ」


「ああ。その助けたい、したいという欲が新たな力の獲得につながったと私は踏んでいる」


 たしかにスキルの発現にはそういった感情の発露が関わっているかもしれないがあの勇者と何の関係があるのかと光佑は思った。


「けど仮にそうだったとしてあいつと何が関係してるの?」


「奴の能力が欲に関連したものだからだ」


「え!?」


「そしてお前のもう一つの力は怒りに関係してるらしいがそれも該当する者が奴の仲間にいる。この意味がわかるか?」


「つまり……俺のスキルは勇者と同じものってこと」


 鬼子姫から特典のようにもらったスキルだが出自や目的は聞いていない。何か隠された意思があるのではないだろうかと予測する。


「私はちょっと違う解釈だ。その力はきっと勇者たちに対抗するための力だと思っている。根拠はないがな」


「何のために」


「さあな。力をもらった本人に聞くのが一番手っ取り早いが」


「鬼子姫さまは多分教えてくれないよ」


「あいつも悪人ではない。時が来れば教えてくれるさ」


 そうならいいんだけどと光佑は溜息をついた。


 テラスにいる黒服の男が口を開く。彼はどうやら司祭であり、合図をすると副団長と呼ばれる女騎士が三人の罪人たちを連れてきた。手枷と鎖で繋がれた罪人たちが生気のない目で司祭の隣に立たせられる。


「彼らは罪を犯した。亜人の身でありながら恐るべき異邦の者を雇い、市民を危険に晒したのだ」


 二人の罪人が後ろに下がり、後ろの罪人が前に出る。


 どうやらもう一人は女性で前の二人とは別の罪のようだ。


転生者ヤカというだけで罪に値するがこの女は悪名高き吸血嬢きゅうけつじょう。先日も捕まえようと追った三人の騎士を殺害した。許されないことだ」


 女騎士が罪を犯した者を知らしめるためにローブを外した。そしてこの女性の顔を見た時、光佑は自分だけの時が止まったような衝撃を受けた。


 さっきまで苦痛だった熱気も他の者もグリムベイルさえも忘れて、頭上の罪人だけに意識が持ってかれる。


(──光佑は私の味方でいてくれるよね)


 その女性は光佑の幼馴染である遠藤茉莉佳えんどうまりかであったからだ。



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異世界転生人スレイヤーズ~転生者だけに効く特攻スキルで女神とともに平和を目指す~ 小川和布 @kaas

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