第10話 デストルドー


 転生者の襲撃からしばらくして桐生光佑きりゅうこうすけ鬼子姫きしき、そしてグリムベイルとひいらぎつかさに加えてクラクラやセラフが玉座の部屋に集っていた。


 最も今は玉座自体がないのでただの広間なのだが。


「結界の修復にはどのくらい?」


「完璧に治すにはざっと五日程度かかるだろう」


 柊の質問に簡素に答えるグリムベイル。


 転生者ヤカによって二度壊された結界は細かい部分に綻びが生じてしまい。


 十分な性能を発揮できていないのだとか。


 完全に修繕すれば、周辺のジャングルとも呼べる繁茂した森林と結界の力で正確な場所を特定するのはかなり困難になるとグリムベイルは言った。


「ですがまたあの転生者ヤカが攻めてきたら」


「ああ。だから転移術式を作り、結界本体に私とのパイプをつくる。結界が壊されたら自動的にここに転移するように」


 後始末についての話は光佑にはよくわからない。そんなことよりも喋るグリムベイルに懸念があった。


「グリムさま、舌は大丈夫なの?」


 グリムベイルの舌は転生者ヤカによって砕かれたと思ったが普通に話している所をみると回復したのか、確認したい光佑であった。


「この通り」


 グリムベイルはピンク色の可愛らしい小さな舌を出す。傷一つ負っておらず光佑の心配は杞憂だったようだ。


「実はこれ魔力で作った偽舌なんだよ。元々小さいころから舌がなくてね、ただ舌がないと食べることと喋ることに不都合だから作ってるんだ」


「大変だね」


「まあもう慣れたさ。それに悪いことばかりじゃない。こうべっと舌をだす要領で」


 グリムベイルの舌が鞭のように伸びると飾りとして備えてある果物の一つを串刺しにし、自分の手元に引き寄せた。


「なっ、魔力で代用した物だからこそできる技だ、あまり行儀がいい物ではないから普段はやらんが」


「すごい! すごいよ魔王さま! それどうなってるの!?」


「!?」


 得意げに舌を見せびらかすグリムベイルの口内に光佑が無遠慮に指を突っ込む。


「き、きしゃま、無礼だぞ……」


 グリムベイルの舌はつるつると滑らかな表面でありながら、しっかりとした弾力があり、スライムのようだ。それでいてほんのり冷たく、ずっと触っていたい衝動に駆られる。


 そうしてぷにぷにと押したり引っ張ったりしていると心なしか彼女の顔が赤くなった。


「ハラスメントですッ!」


 突如として鬼子姫の雷魔法が炸裂し、光佑はその場で悶絶する。


「か、からだがびりびりする!」


「貴方はそこで少し反省してください」


「助かったぞ、鬼子姫よ。いやほんとすっごく」


「魔王さまはもう少しこういったセクハラ行為に関して、厳正に対処した方がいいですよ」


「むう、善処する」


「それと魔王さま……」


 鬼子姫が視線をクラクラに送る。


 クラクラは何か話したがっている様子で魔王を見つめていた。


「何だクラクラ? 言ってみろ」


「ずっと考えてたんだけど転生者ヤカのいう人間性ってなんだろう。私たちが心を持つのが悪いことなのかな」


 クラクラは男に化け物らしくあれと言われたことを気にしていた。


 昔は暴れん坊だったが今の仲間たちに囲まれた暮らしはどことなく心地よく、みんなのためにと思う気持ちが芽生えてきた自分が好きになっていたからだ。


「違うさ。例えばお前のドラゴンブレスみたいなもんだよ。他に匹敵する者がいないから自分たちの名を付けて誇れる」


 グリムベイルはクラクラの言葉を笑って否定した。


「おそらく光佑たちの世界では人ほどに心が発達した生物はいなかったのだろう」


 魔王の言葉は真を得ていると光佑は思った。より良く生きるために脳を発達させ、知性と心を備えたのが人間だ。


「だがこれは我々にとっても君らにとっても喜ばしいことだ。異種族ならぬ異世界者同士が心を通わせることなんてやろうとしてもできないことだからな。現に私も君たちと会ったことで新たな道に進む覚悟を決めた」


「グリム、それはどんな?」


 思わず質問した柊を待てとグリムベイルは制する。


「セラフ、前に王都でばら撒かれていた書状があったろう? 興味本位に私が一通持ち帰ったやつ」


「はい、一応保管してはありますが」


「あれに乗ってやろうじゃないか」


「ですが明らかにあれは罠です」


「それも考慮にいれてだよ」


「ごめん、グリムどういうこと?」


「セラフ、持ってきてくれ」


 しばらくしてセラフが手紙を光佑たちの前に持ってくる。


 中身はグリムベイルたち魔物に対して同盟の要請が書かれているものだ。


 綺麗な文字で王都の庇護を受けるように最大限尽力するとかかれており、差出人は王都騎士団となっている。


「紙みたいな単純なものなら複製魔法でも使えばよいものの律儀に一枚一枚手書きで書いてあってな。みれば私ら宛に書いたものであるし、面白いから貰っといたんだ」


「明らかに怪しいけど大丈夫これ?」


 柊の質問に同意する光佑。だが魔王はそんなことは百も承知のようだった。


「まっ、さすがに転生者ヤカ三人引き連れていけばむざむざ追い返されることもあるまいよ」


「ワタシさまは転生者ヤカではありませんし、あそこに行くのは……」


「この世界で耳なしなら似たようなものだ。どうだ? 貴様にとっても王国とパイプを作っとくのも悪くない考えだと思うが」


「まあそれはごもっともですが」


「決まったな。それではこれから五日間の休息のち。我が敵国であるイナズ王都へ出立する! いざ奮い立て戦士たちよ!!」


 グリムベイルの高らかな宣言の後、その場にいた者は解散したが光佑は一人残るように言われ、広い部屋の中にポツンと彼女と二人でいた。


「先の戦いご苦労だった。貴様のおかげでこの街の者を死なせずにすんだ」


「別にそんな、俺もやりたいことをやっただけだし」


「一朝一夕の相手にそこまでするとは面倒見がいいな貴様は」


「グリムさまこそ俺を助けてくれたじゃない」


 光佑の言葉にグリムベイルは目をまたたかせた後に笑った。


「……ふふっ。なんかちょっと前に似たような会話をした気がするな」


 手の甲を口元に当て、上品に笑う少女は見た目も相まってとても可愛らしい。


「話は終わり?」


「いや……それとそのなんだ、貴様の言う通り私ももう少し頑張ってみようと思う。だから貴様さえ良ければ……」


 言葉が続くに連れて、どんどんと歯切れが悪くなっていく。


「ええいまどろっこしい! 光佑!! 貴様の五日間を私にくれ! 魔王軍一の料理人になってくれようぞ!」


 元気よく宣言するグリムベイル。


 それを見て堂々としているグリムベイルがやっぱり好きだなと感じ、「もちろん!」と光佑は笑顔で即答していた。


 談笑のあとに部屋を出ると待っていたのか鬼子姫がパタパタと小走りで駆け寄ってくる。


「ちょっと」


 話しかけようとした鬼子姫の声を遮って、男とも女ともつかない中性的な声が光佑の耳に響いた。


「グリムになにを言われたの?」


 扉近くの壁に腕を組んでもたれていた声の主である柊は不機嫌そうに光佑に質問する。


「いやちょっと明日から買い物に付き合ってみたいな」


 グリムベイルとの料理の特訓はあまりまわりの者に言わない方がいいだろうと光佑ははぐらかした。


「ふーん」


 柊は納得してるのかしてないのか、それきり口を閉ざしてしまった。


「柊くんは王都に行くの反対?」


 異世界に来て自分以外の転生者と協力するのは初めてだ。


 同郷の者として是非とも仲良くなりたいと質問した光佑だったが柊からは冷たい反応が返っただけだった。


「……気安く質問しないでくれる? 言っとくけどボクは君たちのことを信用してないから」


 まだ知り合って間もないのでその言葉を聞いても光佑はさほどショックを受けなかったが、後ろで鬼子姫が明らかに腹を立てているのが伺えた。


「グリムは甘いからあんな感じだけど、ボクの前で変な隙見せたら二つに割るよ」


「それはこちらの台詞です! ワタシさまたちだって貴方なんかのこと信用してないんですからね」


「じゃあやってみなよ。そんな趣味の悪い帽子被って悦に浸っているようなのにボクは負けないけど」


「光佑さん! こんな失礼な人に遠慮はいりません。今すぐやっちゃってください!」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人を見て光佑は五日後の遠征を想像し、頭を抱える。


「うーん、前途多難だ……」



「クソっ! なんで俺があんな野郎に……!」


 人里離れたある廃墟の一角。


 今にも崩れ落ちそうなひび割れた壁面をカサカサと大量の虫がはいずり回り、そこかしこにはった草の根が埃だらけの空間で我がここの住人だと葉を広げて主張している。


 もはや自然の住処ともいうべき場所だが人の手が入り込まない場所だからこそ秘匿の待ち合わせ場所にはぴったりだ。


 そして悪態を吐いたのはグリムベイルの城を襲撃したタンクトップ姿の大男。


 桐生光佑きりゅうこうすけの光弾のせいか服はボロボロで身体の節々に擦り傷がある。


 その男、直島拓馬なおしまたくまは自身の所属する組織から指定された合流地点に来ていた。連絡によればそこに自分以外のメンバーである転生者ヤカたちがいる。


 個々の出自は様々で男も全てを把握しているわけではないが、聞けば元の世界でも殺人を含む犯罪の限りを尽くしてきた筋金入りの悪党たち。


 任務以外では顔を合わせるのも忌避する存在だが、上の指示ではしょうがないと拓馬は自分に言い聞かせた。


 薄暗く埃でむせ返るような空気の部屋には三人の男たちがいた。


 額に髑髏の刺青を掘ったドレッドヘアの若い男に壁にもたれながら組んだ腕を指先でトントンと叩く神経質そうな眼鏡をかけた男、そして生気を感じない土気色の肌をした痩せこけた中年の男。


「おいおい、負け犬が尻尾を振って帰ってきたぜ」


 入って来るや否や嘲笑と侮蔑の声が降りかかる。「うるせえ」と一言だけ呟き、手近な椅子に拓馬は座った。


 元々品行方正とは真反対の人間たちだ。拍手で出迎えられるとは思っていないために必要以上に腹を立てることもない。


「それで例のブツはどうしたんだ」


 ドレッドヘアの男が胸ぐらを掴む勢いで尋ねてくる。


「まだ魔王の城の中だ」


「あ? 何言ってんだてめえ。魔剣オーディビルを魔王の城から盗ってくんのがお前の任務だっただろうがよ」


「無理だったんだ。あの魔王城には正体不明の転生者ヤカがいた。たぶん前に雅人の野郎を殺ったやつだ」


 その言葉を聞いて中年の男はぶるりと身体を震わせた。


「それでおめおめ逃げ帰ってきたのか? 拓馬くんはとっても臆病なんでちゅねー」


「うるせえクソ野郎。どうせてめえはあの魔王城の在処も探せねえんだ。無能は黙ってろよ」


 ドレッドヘアの男から表情が消える。殺意が二人を纏うまで時間はかからなかった。


「……なあ、こいつもう要らなくねえか。消していいよな、消してやるぜ」


 ドレッドヘアの男が能力を使用しようとする間際、扉が開き、外の冷えた空気が淀んだ空間を浄化するように流入する。


 一触即発の事態を前に音も立たず部屋に入る一人の痩せた青年。手には大型の猟銃。悠然と拓馬の向かいに座った。


「何か楽しそうなことをしているね。僕も混ぜてよ」


「お前は……!」


「久しぶり、拓馬くん。ああ、そのまま座ってていい」


 感情の感じられない声が向けられ、思わずあげた腰を下ろす。拓馬から一筋の汗が頬を伝って流れた。男の銃口は味方であるはずの彼の胸元に向けられているからだ。


 拓馬の目の前の男の名前はイツキという殺し屋だ。数カ月前にこのチームに入った新入りだが転生者ヤカをものともしない力を持ち、チームでも随一の存在感をはなっている。


 何よりも拓馬はいつ暴発するかわからないイツキの理解不能な思考を恐れていた。


「ま、待ってくれよ! まだ俺は生きてるんだぜ。いくらでも挽回のしようがあるだろ」


「最近、よく夢を見るんだ」


 拓馬の言葉を無視し、虚空を見つめながらイツキは口を開く。


「そいつを下ろせ」


 拓馬が強く足を地面にたたきつける。ミシミシと部屋が揺れ、足元の虫が次々とひっくり返って動かなくなった。


 それでもイツキは気にも止めていない。


「家畜場の牛になる夢さ。そこでは多くの牛が人間に食べられることを望んでいる。まるで聖人だ。自分の犠牲が誰かの救いになると思っている」


 イツキの口調には感情が籠っておらず、注意しなければ聞き逃してしまうほどだが拓馬は彼が持つ銃の威圧感からか一言一句漏らさず聞き届けていた。


「だが屠殺場で淡々と自分たちを死へと送り出す人間たちの黒い瞳が何も見ていないことに気づく。そして他人の血肉になることに果たしてどれほどの意味があるのかを考えるんだ……あとはパニックさ」


「俺もそうって言いてえのか」


「死は平等さ。片隅で他の牛が死ぬ様を見届けたあと、僕はボルトピストルで額を撃ち抜かれる。僕を殺した男は一仕事済んだと言い、そして目が覚める。こういうのも習慣っていうのかな」


「何が言いたい?」


 イツキは懐から使い込まれた傷だらけの銅貨を取り出した。


「コイン当てゲーム。よくやるんだ、この世界には娯楽が少ないからね」


 そういってコインを弾き、落ちてきたコインを左手で覆う。


「拓馬くん。君はそう高くない確率を潜り抜けて、日本に生まれることができた。普通はそこで死んで終わり。けどさらに低い確率を経ていま異世界ここにいる。新たな力を身につけて」


「そうさ、俺は勝ち続けてきた。それはこれからも変わらねえ」


 イツキはコインを隠した左手を離す。


 手のひらのコインには数字が印刷してる面が見られる。


 つまりは裏面ということだがそもそもイツキは予想した数字を言っていない。まるで話す必要がないみたいに。


「予想通りだ。四回目でね、今日はとてもついてる」


「そいつはよかったな。俺にも分けて欲しいくらいだぜ」


「そうだね。君に幸福を送ろう」


 淡々とした声音で返答した後、破裂音が部屋に響き渡った。


 ガスの詰まったシャンパンのコルクを思わず飛ばしてしまった時に出るような、そんな軽い音だ。次いで拓馬という男が椅子から崩れ落ちる。


 心臓を丸ごと吹き飛ばされて、何が起きたかも分からずに絶命した。


 蜘蛛の巣の糸のごとく別れて流れる血液を踏まないように銃を杖代わりにしてイツキは足をあげる。


 死んだ男に対しての哀悼はない。この場にあるのは歓喜と少しの羨望のみ。


 それが死滅願望者彼ら価値観ルール


「ははっ! 流石はイツキさんだぜ。能力ごと奴を貫いちまった」


 ドレッドヘアの男が手を叩いて喜ぶ。イツキはその男には目もくれず部屋の隅で目を輝かせている中年の男に指示を出す。


「一誠くん、好きにしていいよ」


「言われなくてもそうするつもりだよ」


 一誠という中年の男が両手を翳すと黒い靄のようなものが拓馬の死体を覆う。


 少し後に短く合図をすると事切れた拓馬が一人でに立ち上がった。その身体には拓馬の能力で潰れた虫たちが体液をまき散らしながら這いずりまわっている。


「ヒヒッ勢い余って余計なものまだ生きかえらしてしまったわ。まあムシケラ同士お似合いだがね」


 一誠は部屋にいるまだ生きている虫たちを死から蘇った虫たちに襲わせた。


 恐れを知らない虫たちが逃げるものの足を噛み千切り、羽をもぎ、頭を砕く。


 ゾンビ映画さながらに蹂躙を続ける虫たちをみて、一誠は嘲る。


「見よ! 五体満足の愚者が私の僕に蹂躙されている様を。愉快愉快」


「もう彼の能力ちからの正体はわかったんですか?」


 眼鏡をかけた男がしびれを切らしたように一誠に話しかける。


「当然だとも! こいつの能力は不可視のナノマシンの操作。射程距離に制限はなく、思うがままに対象を探知、分解、吸収となんでもできる優れものだ。最もこいつの鶏以下の脳みそじゃあ、大した力を発揮することはできなかったようだがね」


「なるほど、それで完全に姿を消した魔王城を探知することができたんですね。それじゃあ……」


「ああ、今から醜悪な魔物どもの巣窟を探知させる。少し経てばまた奴らの本拠地を発見することができるだろうよ」


 下卑た笑みを浮かべ、一誠は歓喜に震える。


 その頃イツキは静かにその場を後にしていた。建物の外に出た彼は指揮棒を振るうように夜風を浴びる。


 視線は星のない暗闇の空に向けられていた。


「待ちわびたよ鬼子姫……」


 呟きは誰の耳にも届くことはなく、虫の音の響く夜の森に消えていくのだった。





 直島拓馬、死亡。

 ────残る転生者八十五人。

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