第9話 堅鋼の銃スキル


 城の中心地である中庭は超高温の蒸気が沸き立つ熱地獄と化していた。


 マグマ状に溶解した外壁がどろりとある一帯を避けるように円状に流れていく。


 その様子を見た一匹の巨大な竜は歯噛みするかのように虚空に吼えた。


 自在に人と竜に変身できる能力を持っているクラクラは侵入者の報告を聞いて、真っ先に駆け付けた。


 そして守衛をしていた仲間たちが死体になって転がっているのを見た少女は竜へと変身し、空中から自身の必殺であるドラゴンブレスを放った。


 摂氏一万度を超える超高熱の息吹は浴びる物全てをプラズマ化させる恐るべき技だ。


 クラクラは実際過去の魔王軍幹部級とまではいかなくとも、その巨体と体内の高純度の魔力から上位の魔物陣に並ぶほどの力がある。


 だがそれでも侵入者の男に傷一つ付けることはできなかった。


 その男は防具のような物は一切身に付けておらず、ダボダボなズボンにタンクトップ一枚というラフな格好でこの恐るべき竜種の前に立っている。


「これが噂のドラゴンブレスか。大した事ねえな」


 呼吸をすれば肺をも溶かすほどの高温の蒸気に包まれているというのに男は何事もなく言葉を口にしていた。


「お前、何が目的だ。どうやってここに……」


 同族を殺した者にかける言葉などないが、クラクラの野生の感がこの男の力は危険であると警告している。


「なにって俺は麗しの魔王のつらを拝みに来ただけだぜ」


「ふん、お前なんかを魔王さまに会わすもんか」


 吐き捨てるように言ったクラクラは両翼を羽搏かせる速度を上げ、風を起こした。


 木が根本から折れるほどの突風に男は身動きを取ることすらできない。


 そして巨大な体躯を回し、無防備な男に目掛けて尾を叩きこんだ。


 蟻と象の戦いとでもいうような質量差だが砂煙が収まった後、男は平然と立っていた。


 対して攻撃したはずのクラクラはダメージを受けていた。


 鋭い痛みとともに尾の先がボロボロに崩れていく。


「ぐ……!」


「さーて、次は俺の番だぜ。『ないの大鱗たいりん』の力を見せてやる」


 男は拳を天高く突き上げた。だがそんなパンチでは空を飛ぶクラクラを落とすことはできない。


 しかし次の瞬間、全身を裂かれるような痛みがクラクラを襲った。


 先の尾への攻撃と同じものと判断した時には遅かった。


 砕けた鱗に崩れていく身体。このままではまずいと人間形態に戻ったクラクラは着地と同時に地面を蹴って男と距離をとった。


 身体中の皮膚から血が滲みだし、息をする度に気をやりそうになったが気合でその場に立った。


「へえー人間にも化けられんだ。つくづく気味が悪い」


「なにが……!」


異世界ここの住民もそうだが俺らみたいな顔して誰かのためにとか気持ち悪いんだよ。人間性っていうやつ? とにかく人間みたいに振る舞うなよ。化物なら化物らしくしてろってこった」


「お前に指図される云われはない! みんなここで残された時間を少しでも謳歌しようと頑張ってるんだ。お前なんかに壊されてたまるか!」


「まあ化物に言っても分からないか」


 もう一度拳を突き出そうとした男に上空から声がかかった。


「待て!! 貴様の狙いは私だろう!」


「魔王……さま」


 クラクラを庇うように降り立ったグリムベイルは男を睨みつける。


「ついに会えたぜ。前魔王の一人娘グリムベイル! いやあ長かった長かった」


 男はグリムベイルの登場に拍手でもするかのように喜んでいる。


「私に何の用だ」


「最近、この辺りで転生者ヤカが死んだだろ? そいつの持っていた魔剣を手に入れたくてね」


「それがお前の目的か?」


「まあそれもあるんだけどよ。俺の目的は魔王グリムベイル、お前の身体だ」


「……随分と荒っぽい求婚だな。お前たちの中ではこれが普通なのか」


「何言ってやがる。お前を奴隷として飼いたいっていってんだよ。首輪と手枷をつけてなあ。しっかし、一目見た時から思ってたがやっぱり可愛いなあ。早く俺の手で泣かせてやりてえぜ」


「……そうか。大人しくお前のモノになればここの皆に危害は加えないと、そう言いたいのか?」


「魔王さま!」


 クラクラがグリムベイルを止めようと裾を引く。しかしその行為は続いた男の言葉により無駄だとわかった。


「いいや違う。お前以外の魔物はここで消す。それが任務だし、何よりそっちのがお前の希少価値があがるだろ。世界で唯一の魔物ってなあ」


 ざわりとグリムベイルを取り巻く空気が殺気立つ。いまにも攻撃しそうな魔王にクラクラは慌てた。


 事実攻撃したクラクラの尾はひび割れ、塵と化した。


 何らかの能力があるのは間違いなかった。


「あいつを攻撃しては駄目だ。我の尻尾もそれで砕けた!」


 必死で引き留めるクラクラを見ながら、男は勝ち誇るように笑みを浮かべる。


 誰にも勝ち目がないというように。


「そうだ。俺の能力ちからの前では全てがぶっ──!?」


 瞬く間の一撃。男はグリムベイルの拳によって顔を歪ませながら、地面を何回もバウンドさせて吹き飛んでいった。


 もちろん今の攻撃を行ったのは魔王。クラクラはあんぐりと口を開けてみていただけだ。


「何かいったか?」


「いいえ、何でもございませんー!」


 魔王が魔王たる所以は先代魔王の血を引いているだけではなく、現存する魔物で最強の存在だからだとクラクラは思い知った。


「見ろ。奴はまた結界の中に入って来るしかない。これでどういう力を持っているのか分かるはずだ」


 グリムベイルの言う通りにクラクラは男をみる。


 怒りに身を震わせた男は腕を思いきり振るう。そうすると城を囲っていた結界が硝子のように砕けて散った。


 これほど大規模に消失しては結界の再構築までにしばらく時間がかかるだろう。


「また結界を……! 魔王さま、あいつの能力わかりました!?」


「まっ大体な。クラクラ、いまここに戦える者はほとんどいない。私が引き付けている間に住民の避難……頼んだぞ」


 クレバスの調査に魔王軍の主力を当てた以上、戦えるのは実質魔王しかいなかった。


 それもグリムベイルは病み上がりで本調子ではない。


 だがクラクラに断ることは出来ない。何より自分がいても邪魔になるだけだと判断した。


 魔神具を両手に装備させたグリムベイルにわかったとクラクラは大声で答えると地下街へと駆けて行った。



 桐生光佑きりゅうこうすけがグリムベイルを探し回っていた時、脳内にクラクラの声が響き渡った。


(光佑! 聞こえるか光佑!)


(クラクラ! 何があったの!?)


(人間が現れたんだ。見張りの連中も何人かそいつに殺された)


(なんだって!)


(今は魔王さまが戦ってくれてるけどもしものことがあったら……頼む、魔王さまを助けておくれよ!)


(もちろん! 場所を聞いていいかな?)


 光佑がクラクラの案内でグリムベイルの下へとたどり着くと、来た当初とは天と地ほどの差もある荒れ果てた惨状が広がっていた。


 城壁は倒壊寸前な上に、所々地面は抉れ、ここであった戦いが苛烈だったことを思わせる。


 グリムベイルは獣の鉤爪を模した手甲を両手に身につけており、四足獣のごとく縦横無尽にかけ巡って目の前の男を翻弄していた。


 しかし擦り傷だらけの魔王に比べて、男は赤く腫れ上がった頬以外に傷はなく、余裕が見える。


 光佑はグリムベイルが心配になり、思わず叫んだ。


「グリムさま!!」


「光佑!? ちっ!」


 光佑の存在に気づいたグリムベイルは自身の爪具を二又の槍に変形させると先の戦いで穴から湧き出た魔物に行ったように呪文を唱えた。


檮杌とうこつ兇変万雷きょうへんばんらい


 槍から迸る雷の渦は轟音とともに男を飲み込んだ。その威力は凄まじく、とてつもない熱量によって城内全域を白煙で包ませた。


 視界が閉ざされた中でグリムベイルは光佑に向けて叫ぶ。


「今のうちに鬼子姫きしきを連れて逃げろ! 奴の目的はここの魔物の殲滅だ。この城を離れれば巻き込まれることもないだろう」


「それって矛盾してる! グリムさまは俺を戦わせようと連れてきたんでしょ」


「それは貴様が殺し合いに慣れているかと思ったからだ。そうでない者の力を借りようとは思わん」


「でもっ!」


 光佑はグリムが槍を手にした際にその手元が見えてしまった。


 グリムベイルの右手は酷い裂傷を負っている。今にも拳が二つに割れてしまいそうなほどに。


 少し前まではみんなを笑顔にさせようと料理を作っていたその手が。


「なんで君たちがこんな目に遭わなきゃいけないんだ」


「理由があるとすればそれは私たちが弱いからだ」


 違うと光佑は思った。グリムベイルたちは限られている命を謳歌しようとしているだけだ。


 それが意味もなく奪われようとしている。


 自分と同じ世界から来た者が超越した力を持っているというだけで。


 なんという理不尽か。ここでグリムたちを見殺しにしていいのかと光佑は自身に問う。


「いいわけない……」


 転生者かれらのエゴのために誰かが不幸になるなんて真っ平だと光佑は拳を握りしめた。


赫刃合装かくじんがっそう!」


 光佑は剣を生成して、煙が晴れた瞬間に男目掛けて斬りかかが、触れられもせずに吹き飛ばされた。


 斬りかかった際に男が何かかたい殻を纏い、しかもその殻には無数の棘が付いているようなイメージを受けた。実際、光佑は全身に無数の浅い切り傷を負っている。


「無駄だ。俺と同じ転生者であろうと俺の能力の前では赤子同然なんだよ」


「大丈夫か!?」


 立ち上がった光佑の姿を見て、グリムベイルは安堵する。


「いいんだよ君は戦わなくて、言っただろう? 私たちは滅びゆく種族だと」


「この魔王の言う通りだ。こいつらに価値なんてものは存在しねえし、世界の嫌われ者をお前が守る義務も意味もねえ」


 男の言葉に光佑はたしかにそれがこの世界では正論なんだろうと思った。


 魔王たちは戦争に負けた側の者だ。そして現在も被害を与えていると思われている以上、疎まれるのも仕方がないとさえ思う。


 しかし光佑はグリムベイルの抱いている想いを知ってしまっている。


「折角のセカンドチャンスだ。お互い無駄な衝突はなしにしようや」


「……嫌だ」


「あ?」


「転生してこの世界の人と会って、みんな嬉しいことがあれば喜んで、悲しいことがあれば落ち込んで。種族は違うけど俺たちと同じ心を持っていた。俺と同じ転生者がその人たちを傷つけているというのなら俺は助けたい。それが魔物でも魔王であっても」


「光佑……」


 光佑の言葉を聞いたグリムの表情に影が入る。


「まったく出来もしねえことをペラペラと。お前みたいな欲深え偽善者はさっさとやっちまうに限るぜ」


 男は呆れたように頭をポリポリと掻いていた。


 光佑は自分でも大層なことを言っていると自覚していた。世界全ての人を救うなんてとてもじゃないが荷が重すぎる。


 だがそれを実行すると心に決めた時、新たな力が産まれた。


 頭に響く祝詞の声。光佑は歌うように呪文を繰り出した。


心滅喞斗しんめつそくとう


 曲剣と同じように光佑の手に何かが形作られていく。


 何かの金属で出来た筒身に引き金。生前映画かゲームくらいでしか見ることのできなかった武器、銃だ。


 銃は大口径な上に前床を前後に操作することが可能なことからショットガンに近いのかもしれないと光佑は思った。


 そして男にめがけ水平に銃を構えた。両手にずしりとのしかかる無骨な感触に思わず舌を巻く。


「な、なんだそりゃ」


 男の声色が上擦る。


 いくら転生者といえど元は普通の青年。いくら超常の力を持っていようと命を狙われる感覚には慣れないものだ。


 咄嗟に男は身を守るように片手を払った。


 するとバリバリと地面と空気が裂ける音が光佑を覆う。


 クラクラから聞いていた男の能力だと気づいた時にはすでに彼は能力の範囲内にいた。


「何ッ!?」


 驚きの声の主は能力を使った男の方だ。


 それもそのはず、光佑は何事もなかったかのように平然と立っていた。それがスキルのおかげと理解した彼は静かに引き金に指をかける。


 剣士の転生者の死に様が頭をよぎったが、この城に住んでいる者をこれ以上傷つけさせることはできないとそのまま引き金を引いた。


 ズドンと大きな銃声が鳴り響き、あまりの衝撃に光佑は半歩後退する。発射された青白く輝く光弾はそのまま真っすぐに飛んでいき、男の身体を弾き飛ばした。


 男は能力で衝撃を軽減したように光佑には見えたがそれでも衝撃で地面に叩きつけるほどの威力があった。ふらつきながら立ち上がった転生者の男は皿一枚ほどの血をぶちまけるダメージを与えていた。


「銃というより……大砲みたいな」


 銃身を眺め、呟く光佑。


「クソが……!! こんな所で俺は死なねえぞ!」


 怒り心頭の男は地面を踏みしめ、虚空に拳を突き入れた。


「うわっ──!」


 男が大地を踏みしめた時、立つこともままならないほどの揺れが魔王城を襲った。能力による地震は崩れた城壁をさらにぼろぼろにし、そこらに破片が舞う。


 変化はそれだけではない。光佑の身体が内側からライターで炙られたような熱さがあった。


 それも段々と温度が上昇していき、思考が散漫になっていく。


 これも能力の力か男はその間に階段を駆け上がるように空を昇り、光佑から距離を取る。


 空中に逃げられれば対抗する手段はない。


「待て!」


 しかし振動がひどく、この状況ではまともに銃を当てることができなかった。このままではなぶり殺しにされると感じた光佑の身体が宙に浮く。


 羽を生やしたグリムベイルが後ろから光佑の両脇に手をいれ、抱きしめるようにかかえて飛んだからだ。


 地面を離れたことで体温も正常に戻り、意識もはっきりと覚醒した。


「グリムさま、ありがとう!」


「光佑……貴様は何か褒美があれば張り切る奴か?」


 空を昇る男を追う最中、グリムベイルは光佑に尋ねた。


「褒美?」


「そうだ。金銀財宝、武器でも防具でもなんでもいいから望む物をくれてやるといったらどうだ」


 魔王の言うことだ。偽りはなく、本当に望むものを貰えるのだろうと光佑は思った。


「いいの? 本当に何でも」


「ああ私に二言はない。その代わり命をかけてもらうがな!」


 金銀財宝と聞くと心躍るものはあったが光佑には一つやりたいことがあった。


 先のグリムベイルは諦めたがここまで言った後なら、反故にはできないだろうと。


「ではグリムさまの手料理をたらふくお願いします!」 


 光佑が元気よく望みをいうとグリムベイルは呆れたように息を吐いた。


「まったく貴様は……料理と言ったからには貴様にも手伝ってもらうぞ」


 望むところと言った光佑にクスリと笑った後、グリムベイルは両足に槍を変形させて作った鉤爪を装備する。


 その姿に光佑は猛禽類を想像した。


「私の指示に従え。仮初の人魔共同戦線というやつだ。あの男を追い出すぞ」


「わかった!」


 光佑はグリムベイルの指示で男目掛け、射撃する。飛んでいる状態で正確に狙撃するのは困難だが数多く撃つことで相手の動きを阻害することは可能である。


 銃の下部のフォアグリップを前後にスライドさせ、引き金を引く。こうすることで次発を瞬時に撃てるようになっており、また光弾を発射するために弾切れもない。


 ことこの銃制圧射撃に関しては優れた物があった。


 二人は時おり攻撃を避けるように急下降しながら、男に迫る。


「奴は何か目に見えないほどの小さな物体を駆使して、身を守ったり私たちに攻撃を仕掛けているようだ。辛うじてだが目に見える」


「それがアイツの能力か」


「ああ、数が多すぎて対応は困難だ。私では相打ち覚悟の難敵だが、今の光佑の能力による防御性能なら直接攻撃自体は耐えられるようだ」


「じゃあ俺が突っ込めば!」


「まてまて、奴の能力はそれだけではない」


 焦る光佑に対してグリムベイルはどうにも落ち着いている。


 手からはしきりに血が流れ、飛んでいることでさえ辛そうなのはずなのに。


「さっき身体が熱くなったろう? あれはその物体が何らかの波動によって体内の水分を動かしたからだ。迂闊に突っ走ればボンっ! だぞ」


「それ! 電子レンジと同じ!」


 水分を振動させ、その摩擦熱で温度を上げて破裂させる。


 今の光佑のような物理的な耐性を持った相手には有効な技だ。


「その電子なんとかはわからんが……奴は攻撃と防御の間は身動きが取れないように見える。隙を見て突っ込むから貴様の最大火力でぶっ飛ばしてやれ」


「それは無駄だぜ」


 逃げていた男が足を止め、手を払う。能力発動の合図だ。空がひび割れるほどの轟音が風とともにグリムベイルを襲う。


 彼女は間一髪で避けたように見えたが肩から血が吹き、光佑の顔に飛沫が付着した。


「グリムさま!!」


「私は大丈夫だ。貴様は貴様のすべきことを行え」


 光佑は銃のグリップを引いたままの状態を維持する。こうすることで加速度的に銃の威力が上がる。あとは心を鎮めて男の隙ができる時を待つだけだ。


 だが自分のような無敵の防御力はグリムベイルにはない。一度能力に触れれば皮膚は裂かれ、血を撒き散らす。


 段々と飛行速度も落ちてきたグリムベイルは男の攻撃を完全に避けることが出来なくなっていた。ただ彼女が嬲られるのを我慢することは光佑にはきつかった。


 そしてついに男との間合いに入ることができた。


「もう諦めたらどうだ? いま謝れば許してやるよ」


「笑わせるな。こんな傷あの頃に比べたら些細なものだ」


「強がりを言ってんなよ。そんな荷物を持ってちゃまともに戦えないだろうグリムベイル」

 

 男の非難する言葉。思わず銃を握りしめる光佑に「言わせておけ」と耳元に少女の優しい声音が微かに聞こえた


「ああ……貴様のいうとおりかもな!」


 グリムベイルは抱えていた光佑を空高く放り投げると、体内魔力を起爆剤として男目掛けて超高速で突進した。


 これには転生者の男も虚をつかれたようで対応ができていない。


 足に装着した鉤爪で蹴り穿つ。グリムベイルを中心として水爆にも匹敵するほどの衝撃が風圧となって吹き荒れた。


 二人の遥か上から落ちている光佑は男の視界に納めようと目を凝らす。自分の役目はグリムの後の二の矢だ。確実に隙をつくためにと。


 グリムベイルの攻撃に男は傷一つすら負っていない。それどころか彼女の両手をがっちりと掴み、身動きを取れないようにしている。


「読めてんだよ、お前の魂胆は。お前を盾にすりゃああの野郎の攻撃なんぞ屁でもねえ」


「その口振り……貴様光佑の能力を知ってるな?」


「どうだかねぇ!」


 グリムベイルの羽が男の能力によって砕け散る。これでは逃げ出すこともできないだろう。


「これで地の底でもどこでも付き合ってや……グぁ?!」


 舌だ。長く伸びた舌が男の首元の肉を抉ったのだ。


 蛇のようにしゅるりとグリムベイルの舌が伸びている。


「ば、化け物め!」


「なんだ、知らなかったのか?」


 代償として舌は点火した導火線のように崩壊していくが男が傷口を片手で抑えたためにグリムベイルの片手が空いた。


 そのタイミングで足の鉤爪が分解し、片腕に装着される。


饕餮とうてつ鴟鉤咬叉しこうこうさ!」


 魔力で青く発光した鉤爪が男の脇腹に炸裂する。


 本来はサイズを自由に可変することができる鉤爪を使って両手で叩くように挟み潰す大技だがそれで問題はないとグリムベイルは笑う。


 山さえも砕くほどのエネルギーをその身に受けて、手を離さないはずがないからだ。そして案の定、反動で弾き飛ばされて落下するグリムベイルと入れ替わりで光佑が男の下へ降りて来る。


 今にも溢れ出そうなほどの力の奔流が集う銃口の先には衝撃で呻く男が。


「もう二度とグリムたちの前に現れるな!」


 光佑は躊躇いなく引き金を引いた。


 銃から発射された光弾は最初に撃ち出した光弾とは比較にならないほどの大きさを持ち、まるで青い太陽だと光佑は思う。


 特大の光弾は吸い寄せられるようにして男に直撃する。そも飛んでいる蚊に運動会で使う大玉を撃ち出しているようなものでとても避けれるものではない。


 しかし男は能力によってか、この攻撃でさえも傷を負っていなかった。


 だがいくら耐えれても最大まで貯めた光弾のエネルギーをゼロにすることは出来ない。


「この俺が……こんな……こんな!」


 男はそのまま空の遥か向こうへと押し出されるようにして消えていった。


 光弾が消えるまであのまま運ばれ続けるのだろうと思うと少し気の毒かなと光佑は少し思ったがでもグリムベイルたちを傷つけたことは許せないとかぶりを振るう。


 下を見ると勝ち誇っている少女が見えた。


「お前が行く先は地の底でも天の上でもない。地平の彼方まで行ってこい。もちろん一人でにゃ」


 かっこよく決めようとした瞬間に舌が消えて、上手く発声することが出来なかったグリムベイルは仄かに顔を赤くした。なんとも魔王らしくない仕草だがこういう可愛らしい一面があるから仲よくなれたのだろうと光佑は思う。


 まじまじと見ているとグリムベイルも視線に気づいたようで、何か口でモゴモゴと伝えようとしていたが上手く声に出来ない様子だ。


「どうしたの? グリムさま!」


 グリムベイルは羽をなぞるようにした後、大きく手でばってんを作った。


「……もう飛べないってことでいいのかなってええ〜!」


 地面に手をひらひらさせているような仕草をとったあとグリムベイルは肩を竦めた。


「えーと、このままだと地面に激突してバラバラに……!」


 暢気にやれやれまいったというようなグリムベイルと違って光佑にとっては間違いなく命の危機である。


「あのー俺は人間だからここから落ちたらやばいんですが!」


 私もと同意するようにぐっと親指を立てる魔王。彼女との死生観の差に驚く光佑だが真っ逆さまの死出の道に思考を巡らせる余裕もなく、ただ目を瞑る。


 だが地面に落ちる前には誰かに抱き留められた。日向のような暖かい匂い。考えなくてもそれが誰だかは理解できた。


「もうっ、あんまりひやひやさせないでください」


 鬼子姫きしきが浮遊魔法で飛んで光佑を受け止めていた。かなりの衝撃はあったと思うが表情におくびにも出していない。


 グリムベイルもひいらぎつかさが間一髪のところで水流で受け止めて助けたらしく、光佑は安堵した。


「はいこれ、魔力薬エーテル。少ししかないけど」


 柊はグリムベイルをお姫様抱っこの状態で抱えたまま、持っていた小瓶を飲ませた。光佑にはわからないが回復薬のようなものだと判断した。


「ぷはっ──助かったぞ。我が盟友よ」


「まったく無茶ばかりして。大体グリムは……どうしたのグリム?」


「いや、奴は私たちや光佑の情報を少なからず知っていた。個人で為せることかと思ってな」


「気にしすぎじゃない? ただでさえ個人主義の転生者ぼくらが他人と手を組むなんて考えられないけど」


「まあな。だが一度気になると答えが出るまで考えたくなっちゃうんだよ私は」


「でも少し落ち着いたら? いつもの事だけど傷だらけだしグリム。僕が身体でも洗ってあげようか?」


「はっ冗談も休み休みいえ」


 柊の言葉を一蹴するグリムベイル。それを見ていた鬼子姫が光佑に話しかけた。


「……ワタシさまも光佑さんの傷ついた身体を洗ってあげようかななんて」


「え? お願いしていいの」


「そんなわけないでしょう。ふざけたことをいってると手を離しますよ」


「理不尽だ!」


 悪戯に身体を揺らす鬼子姫に軽い悲鳴をあげながら光佑は空中遊泳を恐々と堪能したのだった。

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