第8話 闇夜の錦は魔王をつくる
「グリムさまが料理?」
想定外の言葉に
城に戻った光佑が案内されたのはある厨房だった。そこで何とグリムベイルは料理をするから味見係をしろというのだ。
「いけないか? 私だって少しは家庭的な一面もあるのだぞ」
ぷくりとグリムベイルの頬が膨れる。
「あまりの美味しさに気絶しても介抱してやらんからな」
拗ねて料理を作っているグリムベイルをみると年相応の可愛らしさがあるなと光佑は思う。
深鍋に水をたっぷりと入れた彼女はあらかじめ切っておいたにんじんやネギなどの香味野菜、そして
そしてお酒や塩胡椒を入れ、煮込んでいるのを見てどんな料理かの検討がついた。
(これは……シチューだ!)
光佑がよく食べていたクリームシチューとは程遠いがそもそもシチューとは煮込み料理の総称のことで西洋では赤ワインなどを使用して煮込んだビーフシチューが主流であるのだとか。
グリムベイルの世界ではどう呼ばれているかはわからないが煮込み料理ならそう口に合わないということもないだろう。
光佑の前に容器に盛られたシチューが置かれた。
出来立てのシチューから立つ白色の蒸気が香辛料からなる甘い香りとともに光佑の鼻腔をくすぐる。
だいぶ待った甲斐もあって光佑の腹はスカスカで、食べものに対して特攻がかかっているといってもいい状態だ。
たまらずスプーンで一口掬い、口の中に放り込む。
瞬間、口の中に広がった強烈な刺激が光佑を襲った。
塩味や辛味と表現することも憚れる味の濃さは今まで食べたものの中で断トツのトップを誇った。
明らかに調味料のいれすぎだ。
せっかく入っていた肉も糖衣菓子のごとく表面を塩でコーティングされているとしか思えず、たまらず吐き出しそうになるほどだった。
「どうだ。美味しいか?」
「グリムさま、これ味見した?」
光佑は思わずグリムベイルに尋ねてしまった。
「も、もちろんしたぞ。まあ〜そこそこだった……かもな」
グリムベイルにしては珍しい歯切れの悪い返答は察するに余りあった。
真実を確かめるために光佑は懐からクラクラにもらった団子を取り出した。
「ちょっとグリムさま、これ食べてみて」
グリムベイルは
表情に変化もない。
「あ、甘い。甘いなこれは」
二人の間に少しの沈黙が流れ、光佑が意を決して答えた。
「ごめん、グリムさま。それ実はとっても苦い栄養食なんだ」
光佑の言葉にグリムベイルはすべてを察したようで
「私には少し事情があって君たちでいうところの味覚がほぼないんだ。それでも作り方さえ覚えればいけると思ったんだが……。すまんな、無駄なことに付き合わせて」
「いや……そうだ!」
ぴんと光佑は思いついた。
長い一人暮らしで彼はある程度の料理を作ることができる。つきっきりで指導すれば何品かはグリムベイルにも作れるようになるかもしれないと。
「俺が作るのを真似すればいいのかも。見様見真似ならきっとつくれるよ」
「いやもういい。わざわざ客人にさせることではなかったな」
しかしグリムベイルはきっぱりと断った。心なしか気落ちしているようにも見える。
「グリムさま……」
「来てくれ。少し長話がしたくなった」
*
道中に
「君もあの泥の中から湧き出でる魔物を見ただろう」
光佑は頷いた。
「あの異世界の魔物と私たちは同列にされ、疎まれている。でも私はあいつらだけには楽しく生きてて欲しいんだ。例え短い命だったとしてもな」
それは魔物の王というよりはグリムベイルという少女が抱いた願いだった。
「君の言いたいことは分かる、自分でも何をやっているのかと思う時があるんだ。父さまは言うだろう。私の配下の魔物たちは滅びゆく定めを持った無価値な者だと」
「それって先代の魔王のこと?」
グリムベイルは光佑の言葉に静かに首を傾けた。
「ああ。私なんかとは比べ物にならないほど強い、強き王だった。父さまなら今の状況もきっと……いや必ずなんとか出来ただろうさ」
魔王と聞くと恐ろしい存在だと頭に浮かんでしまうがそれでもグリムベイルにとっては一人の父親なのだと光佑は思う。
「お前は一度死んだ身なんだろう? 一つ聞いてみたいことがあってな」
「もしお前の家族がお前の墓前で弔いをあげてるのを見たらどう思う?」
「申し訳ないと思いますけど」
「いや質問が悪かった。お前何が好きだ? 生きてる時の目標は?」
「えと、子供の頃は宇宙飛行士になるのが夢だったかも」
「ではもしお前の家族がお前のためにその夢を叶えようとしたらどう思う?」
もしも自分の家族が光佑のためにロケットに自分の遺留品を詰めて、宇宙に飛ばした姿を想像する。
そしていくら大金をかけようが想いが強かろうがその行為には意味がないと思う。
死んだ者は残された者と永遠に交わることはない。
存在しない相手のために何かを行ってもそれはただの独り相撲。
それならば自分のために生きて欲しいと光佑は思うのだ。
「うーん。無意味だからやめてほしいかな」
「……無意味か」
それきりグリムベイルは言葉をなくし、光佑の前を歩いていく。
二人は玉座の間に入った。グリムベイルが手を床にあてると部屋全体がまるで生き物の腸のように蠕動した。
照明は消え、部屋は平面になり箱のような何かが床から飛び出て来る。
それはいくつもの武具だった。宝剣や兜に弓矢のようなものもある。
どれもが魔力を帯びているのか青白く発光していた。
魔力で作られた箱型の膜に覆われているために直接手で触れることはできないが視覚から感じる情報だけでも、これがただの武器ではないことを物語っている。
「すごい!」
「これは私が集めた父さまの保有していた魔具だ。ひとつひとつに脅威的な力が備わっている。私ではすべてを使いこなすことは出来んがな」
「グリムさまのお父さんの……」
過去に世界を支配しようと目論んでいた魔王の武器というならこの荘厳さも納得だと光佑は思った。
「私はな、ずっと死んだ父さまの幻影を追いかけていたんだ。父さまのように魔物の住む世界を取り戻そうと。だが私は弱く、明日を生きていくことさえ困難になってしまった。今の私を見て、父さまはなんというだろうな」
きっと無能といわれるだろうなと少女は自分を嘲笑うように笑った。
「でも……父さまへの想いは捨てられない。だからいまは父さまの形見である魔具を集めている。せめて父さまに捧げたいとな」
グリムベイルが箱の中に手を入れ、保管してある魔剣の刀身を優しく指でなぞった。
「でも思うんだよ。これはただの私のエゴで死んだ父さまには心底どうでもいいことだとな」
「たしかに意味はないのかもしれないね」
死後に物を捧げられても、本人がいない以上、その行為に意味はない。
配下の魔物一人一人を思いやり、家族として接しているグリムベイルは魔王というイメージからは遠く離れている。
だが光佑はそんなグリムの行為を否定することはできなかった。
「でも少なくとも俺はそのグリムさまの行動を無駄なんて思わないよ」
「どういうことだ?」
「さっきの料理もそうだけど、グリムさまが誰かのためになるようにと想ったことは無駄じゃないと思うんだ。だってそういうのが皆から慕われているグリムベイルという魔王のもとになっているんだから」
その行いに意味はないのだとしてもその気持ちを抱いているからこそグリムは優しい王さまなのだと光佑は言った。
そしてだからこそ、その行為を、グリムベイルという少女を否定することはできないと。
「キミはいい王さまだ。キミが王さまじゃなかったら俺はここにいないし、それはここで暮らしている魔物たちだって多分そうだ」
いい終えて上手く励ませているだろうかとグリムベイルをみやると、吸い込まれそうなほどに混じり気のない紅の瞳が光佑をじっとみつめていた。
お前は何を言ってるんだとでも言いたげな視線に非常に不安になる。
「ごめん、こんなフォローじゃ駄目だよね。鶏が先か卵が先かみたいな話だし。えと何が言いたいのかというとね……」
「……く、ははは! 私を励ましといて不安になるなよ。ちょっとこういう経験がなかったから固まっただけだ」
手の甲を口元に当て可憐に笑うグリムベイルに光佑は安堵するよりも早く懐かしさを覚えた。
その仕草が幼馴染に酷似していたからだ。光佑の幼馴染もよくそんな心が温まるような笑顔をくれた。
「なんか光佑のおかげで気持ちも多少、多少だが楽になった。礼を言う。君たちを招き入れてよかった」
「グリムさま、俺からも一つ言っていいかな」
このまま解散しようかというグリムベイルを光佑は引き留めた。
彼女の方から話したことではあるのだが意を決して胸の内を明らかにしてくれたのに対し、自分が何も話さないのでは不公平であると純粋に思ったのだ
そしてなによりもグリムベイルに隠し事をする気がなくなってしまった。
「俺のスキルは
鬼子姫との会話を思い出す。
──あの剣士の転生者と戦った時、スキルで剣を出せるようになったんだけど、これが鬼子姫さまの言っていた力なの?
──そうですね、それは感情の昂りによって力を増すと言われている剣スキルですね。ちなみにスキルを出した時何を考えてました?
──えっとなんだろう? 無力な自分への苛立ちかなあ。
──恐らくその感情がきっかけとなって発現したのでしょうね。
──なるほどねえ。
──念を押しますがその力は転生者にしか効きません。どうか剣を抜く相手を間違えませんように……。
「バ………バカか貴様! あのなあ私は魔王だぞ、そんな大事なことをいう奴があるか」
光佑の言葉にグリムベイルは驚きと怒りが混じったような声で叱り、そして呆れたように
「もし誰かがふざけて危害を加えてきた時のために周知しとくか? でもそれだと光佑の弱点がバレてしまうし……」
それからブツブツと自問自答しながら、光佑のために頭を使うグリムベイルを見て、自然と顔が綻んでしまうのも仕方なしだった。
「む、どうした光佑」
「いやなんでもないよ。でも信じてくれるんだ」
「貴様はこんなしょうもない嘘をつくようなやつではないからな。まあいいちょっとあの剣を出してみろ」
「うん。
呪文で出した曲刀をグリムベイルに差し出す。彼女は剣を振ってみたり、刀身を曲げようとしてみたり傍からみたら子供が玩具を弄んでいるようだが表情をみるに真剣に調べているようだった。
剣とともに光佑の身体もグリムベイルはペタペタと触り出した。
ガラス細工のように繊細に見える細い指が肌に触れるたびになんとも言えない気分になる。
「なるほどたしかに私にとってこの剣はただのなまくらだ。そして武器を出した時点で術者には魔法的な加護がかかる。また武器自体にも固有能力があり、この武器は感情を増幅させて、刀身を強化したり、斬撃に変える能力を持っているようだ」
「そこまでわかる?」
「一度戦ったところも見ていたしな。それに聖剣や魔剣といった類の物にはそういった性質を持つものが多いんだよ。この剣もその類だろう」
ゲームでいうところの
この呪文に関しては熱感知と身体強化が
「昔から武具を制するものは戦を制すという。精進することだ」
「ありがとうグリムさま。おかげでこの力のことがわかったよ」
「というか光佑、貴様の力なのに把握していないのか?」
「そもそもこの力は鬼子姫さまが与えてくれたものだからさ。あまりよくわかってないんだ」
「なるほどなあの自称女神にそんな能力が、そして光佑を利用しているというわけか」
グリムベイルの言葉を否定はできない。鬼子姫が光佑を利用しようとしているのは事実だからだ。
「ほんとすごい勝手なんだ。いきなり人を殺せとか言い出すし、従わなければ俺も殺すとかなんとか。ほんと困った神さまだよ」
「それならば、なぜ一緒にいるんだ?」
「なんていうか無理しているんだよ。俺よりも、誰よりも。だから理由がちゃんとわかるまでは一緒にいようかなって。色々危なっかしいし」
それは本人が聞いたら怒りそうだが心からの言葉だった。
「面倒見がいいな、貴様は」
「グリムさまには負けるよ」
似た物同士だと二人で笑い合う。
「しかしこの力……私の勘が正しければこれだけではないだろうな」
「えっとそれはどういう──」
尋ねようとした最中に爆発音が二人の会話を遮るようにして鳴り響いた。
地鳴るほどの衝撃に思わず尻餅をつきそうになったグリムベイルを光佑は咄嗟に片手で支える。
「な、なにこれ!」
「これはクラクラのドラゴンブレスだ! 何かあったのかもしれん」
グリムベイルは光佑に礼をいうと一目散に出口へと駆けていく。
「グリムさまちょっとどこに!」
「ちょっと様子を見てくる!」
彼女の表情からもわかる緊急事態に光佑は嫌な予感を感じていた。
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