なんで奴らってあんなに偉そうなんだろうね?

新巻へもん

面接

 私は努力して表情を作るとその扉をノックする。この扉の向こうで繰り広げられる会話は多くの変化をもたらすはずだった。


「どうぞ」

「失礼します」

 声をかけて扉を開け中に入ると一礼する。少し離れた場所には長机に座った男性が3人。その手前には2メートルほど離して椅子が一つ置いてあった。


 バッグを置く場所がないので仕方なく、椅子の近くまで進み、床にバッグを置いた。

「小笠原香春です。宜しくお願いします」

 促されたのでもう一度礼をしてから椅子に座る。座ってから机に座る3人を等分に見渡した。右端に座る男性が一番年がいっている。順に左に行くにしたがって若くなった。


 右端の男性は私の全身に遠慮のない視線を向けている。まるで嘗め回すような執拗な視線を送ってくる肉に埋もれた目が嫌らしい。真ん中の男性はメガネをかけており、手元の紙と私を交互にせわしなく見ている。左端の男性は疲れた表情をしていた。


 私が浮かべるぎこちない笑みを見て左端に座る男性が口火を切った。

「小笠原さん、1分間で自己PRをお願いします」

 私は覚えてきた自分の長所を一生懸命に暗唱する。もう何度となく繰り返してきたので思い出すのは容易だ。淀みなく与えられた課題は粘り強くこなすこと、協調性に優れていると思うことを例をあげて説明できた。


 ちょっとオドオドしてしまったかもしれないが噛まなかったしまずまずの出来ではないだろうか。ここに来る途中にかいた汗で背中にへばりつくブラウスの不快感を忘れようと努めて明るい笑顔を浮かべてみせる。右端の男性はうんうんと頷いていた。よし、いい感じ。


「それでは私からいくつか質問します」

 真ん中の男性が見ていた書類から顔をあげて厳しい視線を向けてくる。私は一生懸命表情を作ろうと努力した。

「どうして当社を希望したのですか?」


「御社は……」

 ネットで検索してきた会社情報を思い出して口にする。洗剤やシャンプーなど家庭用雑貨を取り扱う会社で、取り扱う商品が商品だけにテレビでCMを目にすることも多い。


「……私は長年御社の商品を愛用してまして、このような素晴らしい製品を世に送り出す会社で働きたいと思って志望しました」

 大きな話から入って最後は自分の身近なところで話を終える。構成としては完ぺきなはずだ。


「それじゃあ、当社の最近発表した製品で気に入ったものを言ってくれるかな?」

「えーと、MOREでしょうか」

「ちょっと新商品というには古いかな。今月に入って新聞に出たものでは?」

 まずい。私は内心焦った。忙しさに日日経済新聞に目を通していない。


 真ん中の男性から作り笑いが消えた。

「一応、今月に入ってからでも消臭スプレーと新しい中性洗剤、柔軟剤を相次いで発表しているんだがね。あまりに記事が小さくて見落としたかな?」

 明らかな嫌味に私は下を向く。


「まさか面接を受けるのに調べてきてないということはないよね」

 真ん中の男は追撃をしてきた。私は顔をあげると小さな声で言った。

「すいません」

「今時、日日も読まずに面接を受けに来るなんて君ぐらいだよ」


 私は唇を噛みしめる。

「準備不足で申し訳ありません」

 横から一番年長の男性が声をかける。

「まあ、まあ。その質問はそのくらいで」


「では、当社に入ってから、どのような職種につきたいと考えていますか?」

 私は先ほどの失敗から完全には立ち直れないまま、商品開発部を希望していることを告げる。

「なぜ、商品開発部を希望するのですか?」


「消費者のニーズをくみ取って新しい商品を送り出していくことは非常にやりがいのある仕事だと考えているからです」

「そうですか。商品開発部は非常に忙しい部署だけど大丈夫かな?」

「体力には自信があります」


 はっきり言って嘘だった。運動はそれほど得意じゃないし、現に夏の日差しを浴びただけで倒れそうなほどだった。

「体力に自信があるんだったら営業向きだと思うけどどうかな?」

「営業ですか?」


「どのみち、採用後半年間は営業をしてもらうからね。募集要項にも書いてあったでしょ。それも読んでないってことはないよね?」

「もちろん読んでます」

 そうは言ってみたものの信用してもらっていないことは明らかだった。


「色々なお客さんと会って我々の商品をいい場所に置いてもらわないといけないんだ。きちんとお客さんとネゴできるの? 笑ってごまかせるのはバイトのうちだけだよ。まだ学生気分が抜けてないんじゃない?」

 口調は淡々としているが実質的にはほとんど叱責に近い内容に私は縮こまる。


「それで、商品開発部は残業も多いよ。彼氏と遊ぶ時間とかもなくなるけど平気?」

 私は耳を疑った。私の態度に業を煮やした部分はあるのだろうけど、ここまで直球の質問をしてくるとは想像もしてなかった。


「し、仕事ですから頑張ります」

「それじゃあ、香春さんには彼氏が居ないのかな? こんなに可愛いのに」

 右端のおっさんが口を開く。私は衝撃でしばらく返事をすることも忘れた。就活生のコミュニティサイトでは昭和な気分の面接官がいると聞いていてけれど……。


 真ん中の男がゴホンと咳払いをする。それを受けて一番若いのが告げた。

「こちらから聞きたいことは以上です。何か……小笠原さんの方から聞きたいことはありますか?」

 私の名前も覚えていないのか。

「特にありません」

 私はまたこの会社も不合格だったな、と思いながら答える。


「では本日の面接は以上で終了です。結果は近いうちにメールでお伝えします。本日はありがとうございました」

 一番の若手が手慣れた終了のアナウンスを告げる。私は立ち上がり頭を下げた。

「ありがとうございました」


 私はバッグを拾い上げるともう一度礼をする。入ってきた扉のところまで行って、もう一度頭を下げた。

「失礼しました」

 後ろ手にドアノブを探り当て扉を開ける。閉めるときに見えたのは右端に座っていた男性の好色そうな視線だった。


 私は控室で緊張した面持ちで座る似たり寄ったりの女の子たちにこんな会社は辞めておきなさい、と叫びたいのをぐっと我慢して足早に廊下を進む。エレベーターに乗り込んで1階のボタンを押すと溜息をついた。エレベーターを降りるとセキュリティゲートで入館者証をゲートのスロットに落とし込む。


 2重の自動ドアを抜けると、殺人的な日本の暑さがむうっと全身にまとわりつく。せっかく一度は乾いたブラウスが噴き出した汗で張り付いてくるのを感じながら、私は出てきた立派なガラス張りのビルを振り返った。こんなに立派な建物なのに中で働いてる奴ときたら……。私はため息を漏らすと地下鉄の駅に向かった。


 ***


 数日後、私はクライアントと向かい合っていた。

「ご依頼を受けましたKZコーポレーションですが御社のビジネスパートナーとしてはあまり芳しくないと存じます」

 今日の私はあの夏の太陽を吸収させるために作られたとしか思えない狂ったリクルートスーツは着ていない。


「リクルート面から見た点で申し上げると早晩不祥事を起こすことは避けられないでしょう。個人的なメールを送ってきた人事部長の早川氏は問題外としても、女性の面接に女性社員の1名も同席させていない時点で会社としての体制を疑います」

 私は淡々と言葉を続けた。


「殊更に私が隙を見せたということもありますけれども、採用予定者は入社するまでは顧客の一人であるという基本すら認識できていないですわ。あれでは面接をするたびにお客さんに喧嘩を売っているようなものです」


さん、調査ありがとうございます。そろそろ、無駄に外面だけを飾るのは無駄と気づいた方がいいと思いますがそうもいかないようですね」

「お陰様で私の商売が成り立ちますから。では、また御用がありましたらご連絡ください。お見送りは結構ですわ」

 握手をして部屋を出る。


 私、村上波留は童顔を生かして、就活生を装った企業の内偵業で稼いでいる。立場の弱い就活生にだけ見せる企業の本当の顔。次の扉の向こうでは世間の常識から外れたどんな不思議な光景を見せてもらえるのかしら?

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