雨のやむ時には

@tomonoryu

雨のやむ時には

姉は罪を犯した。

その帰結として、罰を受けなければならない。

仕方のないことだ。


彼女は決して悪い人間ではないと思う。

もっと小さかった頃には、幾度か理不尽な暴力を受けたけど、

それが執拗に続くことはなかった。

良い人間かと尋ねられると困る。

実際のところ、彼女が良い人間だと証明できるエピソードはひとつも知らないし、

同時に悪い人間だという話も聞いた覚えがなかった。


母は姉を匿っている。僕にはできない。

彼女の始末は必然であり、まっとうだと思う。


僕は猫になって、彼女を追う者のそばに行く。

もちろん僕は彼女の居場所を知っていたけれど、

道案内をするつもりも、その逆に邪魔をするつもりもなかった。

なにもかもを意識の外に吐き出して、よその時代のよその話にすることもできた。

けれどどうしても見届けないといけないように思えた。


追う者はとても注意深く、また鋭い勘を備えていた。

全てを見通すような冷ややかな瞳を持っていた。

それでも暗闇の中では、ささやかな僕の温もりを必要とした。

あるいは必要性が暗闇を作り出すのかもしれない。


12月とはいえ0時を過ぎると車の数はすっかり減っている。

順調に走行している時の特有のアスファルトを滑る音だけが車内を覆っている。

やがて車はバイパスを降り、交差点を左折してすぐのコンビニエンスストアへ入った。

予定していたよりも早く着いてしまったのだ。


僕は車を降り、走り出した。

こちらには気づいていないようだった。

そんなことをするつもりは全くなかったけれど、

姉の元へと向かっていた。そうせずにはいられなかった。


姉も、そして母も、妙に陰影が薄く、能舞台の面のように見えた。

長い潜伏の間に少しずつ薄くなってしまったのか、あるいは夜が深すぎるのかもしれない。

その時になってようやく、もはや口に出す言葉が一つもないことに思い当たった。

同時にこれまで感じたことのない、途方もない愛しさと悔しさが胸を刺していた。


すぐそばで一台の車がエンジンを消した。

僕は泣いていた。腕を、袖をつかみながら懇願した。

「姉を、苦しまさないように殺してください」

嗚咽と入り交じりながら、「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返した。

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