第21話駆け抜けたい、このクラス
基礎クラスを終えたクロムはようやく上位クラスへと進級した。
これまでテキストで学べた魔法はランクⅢ止まり。それでもランクⅡにすら届いた者はおらず、補助魔法に関して適性を持った人間はクロム以外居ないようだった。
これは支援魔法科という上位クラスが存在する以上たまたま適性持ちがクロム以外に居なかっただけと考えられるが、ランクⅢは紹介のみの扱いとなっており、実際に基礎クラスで習得までは期待されていないのだろう。
という事で、クロムはスーパールーキー扱いをされる羽目になっていた。
「本日から編入してきたクロム・ディー君だ。皆、仲良くするように」
「皆さんよろしくお願いします」
担任は支援魔法科教師シレーナ、二十七歳。
なかなかにクロムのイメージに沿った黒縁メガネの女教師だ。結い上げた黒髪にタイトなスーツ。
若干サービスが過ぎる、と思わないでもない。
「あの子、例の……」
「やっぱ来た!」
八人という少人数クラスだが、女子生徒の比率が高いのは支援魔法の特性というか、そういった所も関係しそうだ、とクロムは自らの育成研究に役立つかもしれないと心の中でほくそ笑む。
ステータス、スキル、魔法。
エイクが進級した回復魔法クラスも女子生徒比率が高く、エイクを見れば分かる通り粗野な人間はいない。
つまり生まれ持った適性とキャラクターはリンクしている可能性がある。
そこを見極める事ができればクロムも自分の最適な育成方向を見出せるかもしれないのだ。
この願望はゲームとは違うといくら言い聞かせたところで消えてくれないので素直に従う事にした。
エファは正直例外と思っている。
「やっほー。覚えてる?」
「へへー、来たなあ」
ホームルーム終了後。
緑と青。
覚えてますよ、というかインパクト凄すぎだろ、とクロムは口には出さずニッコリ笑う。
「勿論ですよ」
彼女達はミーシャとアイネと言うらしい。
こう、何と言うか、現実世界のJKとでもいうべき雰囲気をそこはかとなく感じる。
というかこのクラス。
全体的にそういう空気を感じるのだ、何故か。
(何だ? 何か――おかしい)
クラスの様子を見渡したクロムはすぐに気付く。
(そういえばそうだった)
上位クラスからは制服というものがあるのだ。
統一された服に教室、それが空気感の正体。
自分も制服なんだった、と苦笑いする。
「あ、何その笑い!」
「ねー、もしかしてエリート君なの?」
「あ、違います違います、すいません」
あやうく妙な誤解を生むところだった。
編入早々敵を作るなどチャート破壊も甚だしい。そう思い、必要以上にお人好しキャラを作る。
実際基礎クラスでランクⅢ魔法を使ったクロムは教師陣からも生徒達からも既に特別な目で見られている。どこまでやるかは冒険者などの情報収集次第だが、今はまだそこまで特別な存在になる気はない。
「やだ、冗談だってば!」
「もーマジウケる~」
いやJKじゃん、と言うなかれ。
こうなったのは多分俺のせいなのだから。
「何ですかな、一体?」
「ボ、ボクらも参加させてほしいな、ブフッ」
ガリとデブ。
絵に描いたようなモブコンビが来た。
「もーあっち行ってよ、シッシッ」
「呼んでません~」
「これは心外ですな。小生、クロム殿の席に来たのであってメス共と馴れ合うつもりなど毛頭なし」
「ボクはね、ねえ、一緒に、お話ししたいなあって」
「キャー!」
太った男がヌッと手を出すと、叫んだミーシャとアイネがダダダダダ、と教室の他の女子生徒の所まですっ飛んで逃げていった。よしよし、と慰められている。
「クロム殿、小生はムッツリィと申しますぞ」
「ボ、ボクはロリィコンていうんだ、よ、よろしく」
ムッソリーニとユニコーン。
いや違うな、違ったぞ。
「クロムと言います、すいません、お名前よく聞き取れなかったんですが」
「はっ、クロム殿はオツムか耳かどちらか調子が良くないと見受けられますな」
「ロ、ロリィコンだよ。こっちがム、ムッツリィ」
関西弁もお嬢も居た。
正統派ヒロインも居たし無口系チビっ子キャラも優男系メガネ男子も居たのだ。
JKもこういう奴らも居るさ。全ては俺のせいだ。俺の知識が生み出したキャラクターなのだ。
「よろしくお願いします」
立ち上がり深々と頭を下げる。
本当に申し訳ない。これが今俺にできる精一杯だ、どうか受け取って欲しい。
「見て見て、スッゴク礼儀正しい」
「やったね、超当たりだ」
「ああー我がクラスにもようやくまともな男子が!」
チッ、とムッツリィが舌打ちする。
しかし男子はもう一人居る。
見た目も普通で女子からも嫌がられてはいないようだが……?
「先輩達、あそこの人は?」
「礼儀は弁えておるようですな。あそこに座っているのはナルシスというカス」
了解しました。
初日の授業を終え分かった事がある。
このクラスはおかしい。
魔界かと思った。
まず担任のシレーナ、彼女が主な授業を担当し教鞭を振るうのだが、コイツは本当に鞭を持っている。授業中シパァン! シパァン! と鳴らしまくる。
ナルシスは五分おきに手鏡を取り出す。
ごくたまに鞭で叩き割られるのだが、それはどうやらこのクラスでは普通の事らしく、誰も、シレーナもナルシスでさえも何の反応も見せない。
授業の合間にナルシスの机を見たが、そこにはギッシリ手鏡が詰め込まれていた。
女子生徒達は授業は一見真面目に受けているようだが、とんでもなくアホだ。
驚く程字が読めなかったりする。
この世界の文字は俺にとって日本語感覚で漢字に該当する文字もあるのだが、ここの女子生徒はその漢字で言うなら多分十画を越える文字は怪しい。
性格こそアレだが、ムッツリィとロリィコンが魔法クラスという意味では一番まともだという驚愕の事実が判明した。
「ら~ららら~ら~ら~」
「メスの盛り声本日も平常運行」
「ぷふー、あっついなあ、も、もう」
「……ふっ」
初日の放課後までで俺の方針は決まった。
さっさと卒業する。
「ねえねえクロム君!」
「ね~遊び行かない?」
「すいません、ちょっと今から職員室に用がありまして。バイトもあるんですよ」
「え~」
全てを振り切り一直線に職員室へ向かう。
「バルドー先生いますか」
「おお、クロム。どうした」
スタスタとバルドーの元へ向かう。
シレーナはいないな、よし。
「支援魔法科について先生がどう思っているのか意見を聞かせてください」
「ん? どういう事だ?」
神よ……。
この一言だけで分かる。
教師陣はあれを異常だと認識していないのだ。
「あの、バルドー先生。シレーナ先生ですけど」
「うん」
「なんで鞭持ってるんですか?」
「彼女は優秀な鞭術の使い手でな。冒険者としてもかなりのものなんだ」
そうじゃねえよ!
滅茶苦茶だよもう。
キャラクターと支援魔法の適性がどうのなんて仮説を立てた俺が恥ずかしい。
「何故魔法の授業中に鞭を振るんです?」
「何故俺に聞くんだ? 本人に尋ねてないのか」
バルドーに他意は無い。
心底分からないという顔をしている。
「じゃあ理由はいいです。先生はそれをおかしいとは思いませんか」
「そうだな。確かに必要は無いかもしれん」
「……」
「……」
おい、何故終わろうとする?
「ちょっと、先生。先生?」
「どうしたんだクロム。お前、何か問題でも有ったのか? 話してみろ」
「一杯ありますし、ずっと話してます」
こんな調子で会話が続いた。
ゲームという事でバルドーの頭がここだけ捻じ曲げられているのかと思ったが、そうではなかった。
幸いというべきか不幸というべきか分からないが、ここは冒険者養成学校だ。
常識を教える学校ではなく、求められるのは分野を教える能力と、教わる能力。
その人間の人柄が変人だったとしてもどうでもいい、そういう価値観なのだという事が判明した。
つまりおかしいのはあちらではなく、それに疑問を持つ俺。そういう事だ。
何故騎士クラスがエリートクラスなのかも分かった気がする。あそこは人間性も求められる。
「どないしたん、クロム」
バイト終わりの帰り道。
「今日なんか元気無かったよね?」
「もしかしてクラスに馴染めなかったんですの?」
あそこに馴染める人間だったら君達は多分俺と馴染めていなかったと思う。
「はー……皆はどうだった、初日」
「とてもやる気が出ましたわ!」
「難しい授業多くてあたしついていけるかなー」
「僕もやる気になったよ。新しい知識ばかりで」
「きっついわ、やっぱ。できる連中ばっかしやん? 既に心折れそうやわ」
「……楽しかった」
そうか、何よりだ。
「ねえ、ホントにどうしちゃったの、クロム?」
マリーが心配そうな顔で見てくる。
レギもこちらを見上げている。
「いや、実はさ」
正直にぶちまけた。
変な連中ばかりで、授業とは別にそこで苦痛を感じている事を。自分の感覚の違いを。
「うわっ、そらキッツイな」
「なんか気持ちわるーい」
「……僕回復魔法科で良かったな」
えっ?
「あれ、やっぱそう思う?」
「当たり前やがな!」
「私もちょっとお友達にはなれそうにありませんわ……特に男子の方々とは」
あれあれ、これってやっぱバルドーがおかしいって事か? 俺じゃなくて?
「……あー、まあ先生も学校の人やさかいなあ」
「変な人って結構居るみたいだし、もしかしたら慣れちゃったのかもね、そういうのに」
慣れるだと。それはそれで恐ろしい。
どんな教師生活を送ってきたというのか。
しかしとにかく友人達と俺は分かり合える存在だという事が確認できて良かった。
「という事でな、皆。俺はさっさと卒業を目指す」
「えっ、ウソ!」
「うわー、お前余裕の発言やなあ」
「クロムなら出来るかもね、確かに」
「お勉強は大丈夫ですの?」
仕方ないんだ。アレは無理。
幸い俺は魔法習得に時間は必要ない。
頂くものを頂いておさらばする。
ワイワイ言いながら寮へと戻った。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
マリーとエファを見送り男子寮へ歩く。
「あー、なんか肩痛いわ」
「授業とバイトでか?」
「せや、ホンマにきついわ」
首をゴキゴキとディルが鳴らす。
ちょお魔法つこてや、などとエイクに要求し断られていたりと、やっぱり落ち着く空気がある。
「ほんで、クロム」
「ん」
「卒業してどないするん」
一応魔法習得がどの程度進むかにもよるが、自分としては本編に先行して各地のダンジョン確認やアイテム確認などやってみようかな、と思ってたりする。
というかそろそろやる事を見失いつつある。
冒険者としてある程度情報に触れておかないと、取り返しのつかないミスをするかもという危惧もあるのだ。ディーとの整合性をどう付けるかの道筋も探っておきたい。
あ、こう考えると結構あるな。
「やっぱり冒険者になるつもり、今のとこ」
「さよか」
「お前は? 騎士目指すの?」
「んー、どやろな。ワイも決めてへんわ」
「エイクは?」
「僕は実家に兄妹が沢山いるからね。神官か僧侶を目指すつもりだよ、やっぱり」
「冒険者として?」
「そこは僕も同じで決めてない。こだわってはいないよ。ただ、自分にとって一番これだ、って思えるものを探したいんだ」
「真面目やのー、ホンマ」
「レギは」
「……分かんない」
ザクザクと歩き寮へと着く。
「おやすみ」
「おやすみ」
廊下で別れ部屋へ戻る。
するとコンコン、とすぐにノックが聞こえた。
「ディル」
「一言言い忘れたわ」
「何?」
「マリートにちゃんと言うとけよ」
「何を?」
「お前が卒業してからどうするかとか、そんなん色々や。ほなおやすみ」
それだけ言ってディルは扉を閉めた。
ポリポリと頭を掻く。
正直、何も考えてなかった。
マリーは俺の事をどう思っているのだろう。
仮に好意を持ってくれていたとして、俺はどうするのだろう。クロムはディーでもある。
色々想像してみる。その度に面倒だな、と思えてしまう事柄がいくつも出て来る。
「はー」
きっつ。
プラチナは何やってんだろーなー、と思う。
いざ行かんR.P.G世界! 最強データでニューゲーム 灰野 降 @drift1979
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