第20話チュートリアルバトル 2
六本の腕には剣、槍、斧、鎌、槌、鞭。
体に比べてひどくアンバランスな、長くて分厚い腕を持つ悪魔<六腕魔大将(ヘキサダイモス)>。
といってもその体もめちゃくちゃデカい。三メートルはある。
攻撃力に関しては通常エンカウントモンスターの中でも最高レベルに属する、プレイヤー泣かせの強敵だ。
頭部はその彫刻のようなマッチョボディの巨体に比べてかなり小さく、目や口といったパーツを一切持たない。ツルリとした球体が乗っかっているだけ。
ビュッ、と遠間から早速鞭が飛んでくる。
軽く右腕を持ち上げ掴む。
ギリリ、と音を立て鞭が元居た場所に帰ろうとするが、当然放してやるつもりは無い。
かなりの直径を持つ頑丈な鞭だ。
掴んだ鞭をじっくり観察すると、その表面は鱗状になっており、一つ一つがバクバクと浮いたり沈んだりしている。触れただけで肉を挟み食いちぎるだろう凶悪な造形。
ただディーの特殊ステータス<竜鱗>を食いちぎる程ではない。右手の手の平には何かが無数に爪を立てているような感触だけがある。
綱引きをあきらめた魔将がズン、ズン、と歩いてくる。ゲームではそんな仕様は無かったが、鞭を掴んでやれば攻撃手段の一つを封じる事ができるようだ。
「やっぱ返す」
充分近付いた所で鞭を放す。
今日やりたい事はちゃんとある。
<左手の聖剣(アイソレイ)>と<右手の魔剣(ジレル)>。
二振り一対の剣が手の中に顕現する。ま、テキスト上そうなだけで実際はセットじゃない。
ディーの腕力で重さはほとんど感じないが、内包する力が溢れ、強烈な存在感を放つ。
悪魔系モンスターを選んだのは属性検証のため。聖と魔の属性というやつが現実ではとんと実感できていないので、それがどんな作用をもたらすのか確かめたいのだ。
ある地点まで近付いた六腕魔大将(ヘキサダイモス)の姿が急に、まるでコマ送りしたかのように静かに目の前に現れる。
そういうステップなのか単にレベルの高い踏み込みなのか特殊移動なのかは分からないが、静かに音も無く眼前に出現した巨体から伸びる六本の腕は、既に振りかぶられていた。
速い。
ディーの感覚をしてそう思わせるコイツの攻撃はやはり異常だ。しかしこれだけ同時にブン回してきてたのならあのイカれた攻撃力も納得だな。
ひとまず五本の腕から振り下ろされた武器を二刀で全て迎撃し、鞭だけが大回りに自分を一周して巻きついてくるのをあえて受ける。
体に巻きつく鞭が衣服や露出した肌を叩く瞬間、空気を爆発させたような破裂音が鳴る。
「痛って!」
スタン効果まで付いているクソ通常攻撃はこの鞭の仕業によるものか、そのまま体に巻きついて動きを封じようとしてきた。
既に竜人状態でも痛覚は有ると検証済み。それは知っていたが、超高速再生(イモータル)効果ですぐ痛みが消えるのと、そもそもロクなダメージを負わないので今の所特に気にはなっていない。
鞭を右手の魔剣(ジレル)で斬り飛ばす。
これもゲームには無かった仕様、武器破壊。切れ味のおかげかディーの攻撃スキルのおかげかは不明だが、この魔大将クラスが持つ武器にも通じるとはちょっとバランスが心配になるな。
「超振動(パルス)」
あえて意識しないとつい魔法名を言う癖が付いてしまったが、クロム状態でうっかり黙って魔法を使うよりは癖にしてしまった方が楽なので、直す必要は無いと思っている。
超振動(パルス)はランク無しの強力な単体魔法で、無生物に対して特効効果が付与されている魔法だ。
この六腕――長いのでデカブツと呼ぶが、こいつクラスだとランク関係無しに低レベル魔法は無効化されてしまう。
ディーをかなり物理寄りに育成したのも、ゲームのこういう仕様と無関係ではない。竜人のスキル構成を睨んで、というのもあるが、結局は物理でゴリ押すのが一番強いのだ。
ブゥゥゥ……ンという低い嫌な音がした。
デカブツの体が微細に揺れ、弱点(と、図鑑テキストには書かれている)の右中腕の付け根辺りが弾け、紫色の液体が撒き散らされる。
この魔法はほぼ全ての敵に安定したダメージを与える上、特に物理耐性の高い面倒な相手にクリティカルが出るので育成中使い勝手が良く重宝したのだが、どうやらこの世界でも便利なようだ。
同程度のダメージを与える他の魔法は当たり具合で効果が変動したが、超振動(パルス)はゲーム通り、単体に逃れようの無い十全な効果を発揮する魔法と見ていいだろう。弱点にまで効果が及んだのがその証拠。
ガインガイン、とデカブツの攻撃を捌く。
弾けた右中腕もお構いなしに使ってくる。こいつはラストダンジョンを徘徊する高レベルモンスターに相応しく、ディーといえどそれなりのダメージを受けるので要注意だ。
要するに受けてたら痛いだろうな、って事。
鞭で思い知っているのでもういい。
と、その全身から青黒いオーラが立ち昇る。
このエフェクトは多分上位悪魔系モンスターの特殊行動である<荒廃空間(ブレアード)>。こちらのバフを消滅させ悪魔系の能力を高めるフィールドを作り出す。
人間種へは更にステータスダウンのオマケまで付いて来る凶悪な特殊行動だが、竜人種は<干渉効果無効>を持っているため問題なし。
ようやく使ってくれたのでそろそろ検証に移る。
荒廃空間(ブレアード)の効果で付与された再生(リカバリ)のおかげでデカブツの腕の傷が塞がっていく。
右手の魔剣(ジレル)で軽く腕の一本を切り裂く。剣閃に尾を引く微かな黒い残光。ドロッと一筋体液が流れるが、徐々に塞がっていき分からなくなった。
左手の聖剣(アイソレイ)で同じように同じ箇所を切り裂く。微かな白い残光。ドロッと一筋体液が流れるが、徐々に塞がっていき分からなくなった。
「一緒じゃねーか!」
あれ!?
想像してたのと違う!
もっとそれっぽいのとか無いの?
傷が塞がるのを待ち色々切り刻んでみるがやはり見た目にも何も違いが分からない。間違いなく左手の聖剣(アイソレイ)には悪魔系特効が付いているはずなのに。
ダメだ。何も違いが把握できない。
ただただ普通に切れるだけ。
だんだん自分が凄く非道な事をしているように思えてきてしまった。
デカブツ君は何も悪い事はしていない。
「顔とか声とかあるやつにするわ、ゴメン」
チョイスミスだったようだ。グギャアアア! とかリアクションしてくれないと分からない。
終わらせる。
スパパパと腕を全て切り離し、胴と首を切り離し、二本の剣を体に埋め込み上下に裂く。
暗転し、チュートリアルバトル空間から抜ける。
寮の自室。
神聖系魔法無いからな~、とクロムは首を鳴らし腕組みする。
ディーはそっち方面にはごく僅かな寄り道しかさせず成長させたからだ。神聖系は火力のショボいものしか無いので魅力的では無かった。
武器で補えるので問題視していなかったのだが……一体どういう事かと首をひねる。
しばらく考え。
寝る。
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