第19話お仕置きだったりするかもしれない
「アルバイト?」
進路相談から数日。
マリーから持ちかけられた相談に興味を惹かれた俺はベンチに隣同士で腰掛け、話を聞く。
「うん。進級したら許可されるの。で、クロムはどうするのかなって思って」
バイトか。
ゲームではできなかった経験で、やってみたいと思っていたサブイベの一つではある。肉体労働や流れ作業みたいな現実的なやつはお断りだが。
「マリーは何やろうと思ってるの?」
「特にこれっていうのは無いんだけどね。だからクロムはどうするのか聞きたくて」
「バイトか。どんなのがあるか次第かな」
金には困っていない。
ディーのインベントリに唸る程眠っている。ゲームで使う価値の無くなった余剰品だ。
「クロムはお金持ってるから興味ないかもしれないけど……」
「そんな事ないよ。いいのがあればやってみたいと思ってる」
「そう? 良かった」
こちらに少し体を預けるように斜めに体を倒し、ニッコリとマリーが微笑む。
花が咲いたような笑顔だ。
ううむ。
二人きりというシチュエーションが最近ほとんど無かったせいか、改めてマリーの魅力を思い知らされたな。やっぱり滅茶苦茶可愛い。
「ほら、進級したらみんな会う機会が減っちゃうでしょ? だからみんなで一緒にできるとことかどうかなってエファと話してたの」
なるほどそういう事ね。
それも確かに楽しそうではあるな。
「いいね。でも六人もいっぺんに雇ってくれるとこなんかある?」
「それがね、あるの!」
キラキラと目を輝かせ興奮したマリーが更に体を寄せてくる。気のせいだろうか、その瞳にはドルマークが輝いているように見える。
あれはこう、ここはこうで、とマシンガンのように色々とまくしたて、力説が続く。
「しかもお給料も結構良いみたいだし」
「へー」
「聞いて聞いて、それにね!」
放課後の人気のない校舎裏のベンチ。
ヒートアップしオーバーアクションになってきていたマリーが、とうとう俺の左腕を抱え込んできた。その瞬間、俺はピシッと固まる。
物凄く密着という訳ではない。
それでも確かな感触。
ポヨンと。
「広場の噴水、分かるでしょ? あそこから通りを教会方向に――」
マリーがテンション高く一気に喋りだすが、それどころじゃない。
精神が竜人化している。俺は今、心の内で竜の眼光をしている。
勿論表面上は冷静だ。
ここまで紳士で通してきたからな。
スラリと健康的に引き締まった手足、全体的に細身の体をしているマリーだが、年相応にある。
決して大きくはないが形良く張りがある。
隙のある服だと屈めば谷間は見えるし動けば揺れもする。残念ながら学校ではほとんどそういう隙のある服は着ないけど。素直に告白すると俺は出会った時から割とそういう目で見ていた。むしろ見ない奴が居るなら聞きたい。
ふうう……。
息吹という呼吸法。
やり方は知らん。
幻滅したなら申し訳ないが、俺の中身は純な十六歳ではない。ゲームキャラ、主人公にはあるまじき相当なエロさを持っている。当たり前だ。
一旦相槌を打つふりをしながら左腕をちょっと押し付けてみる。ムニュッと。マリーは気付いていないのか俺の顔を見ながら喋り続け、抱え込んだ腕を離さない。
優しく微笑み適当に返事しながら左腕の感触を楽しむ。俺は今、見た目冷静だが君以上に昂ぶっているんだぞマリーよ。
めっちゃエロい事したい。
このままどこかへ言葉巧みに誘い出し、思いっきり揉みしだいてやりたい。
それが叶うなら、魔王とかどうでもいい。
しやしかし、待て。待つのだポチ。
状況を全て最善の方向に整えるアイテムが無いか高速で検索しながら、一方で今後の展開を冷静に判断する。ここで色々失う訳にはいかない、考えよう。
マリーは俺に好意らしきものは向けてきてくれている。そういうキャラと認識してはいるが、人間をそういう風に考える都合の良いゲーム脳は一旦置いておこう。
普通に考えれば無謀な賭けと思える。
どう考えたってここでエロムを召喚するのはいきなりすぎる。現状ではごく普通のクラスメイトでしかないのだ。リスクは高い。
ドン引きされる訳にはいかないのだ。
あくまでスマートに。
紳士的に。
欲望を悟られるのは危険。
マリーは誘っている訳ではないだろう。
つまり……どういう事だ?
落ち着け。
色即是空、空即是色。
彼女は良いバイトが見つかり興奮状態にある。多分何も意識していないだろう。そう考えるのが最適解であり、無用なミスを招かない思考に繋がる。
無意識の行動。
無防備なだけで、ここまで密着する事を厭わないのは俺に対する疑いが無いから。
別にマリーは温室育ちでそういう事を全く理解していないキャラという訳ではない。
勿論誰彼構わずこんな事をするスキンシップの多いキャラでもない。
つまりやはり俺に対してはかなり好意を寄せてくれているという事は間違いないはずだ。同時に信頼も。
……。
ゲームだ。
これはゲームだが――。
俺は今、相当格好悪いのではなかろうか。
ここだけ切り取れば俺はまるでヒロインに下卑た欲望を抱き、密かにオイタしてやろうと考えている主人公を引き立たせる為の雑魚キャラそっくり。
つーか宿屋で会ったアイツだな、これ。
関係ないけどね。
俺はやりたいようにやる為にこの世界にきたのだ。何が悪い。これも役得というやつだ。
ハーレム主人公なんか散々居る。そういうのを見る度に思っていたのだ、テメーちょっと代われよと。
俺がそうなった所で文句も言われまい。
文句も苦情も全部ぶっとばし――。
……。
いやしかし割と硬派なRPGだもんなこれ。そんな、そうそう美味い展開になるなど――待て。
R指定描写は――多少あったはずだ。
「どうかな!?」
「いいね」
何が。
全然聞いてなかったよ。
それどころじゃないんだ、今。
「じゃあ、クロムもやる?」
「やるやる」
おっと心の声が。
「おーいお二人さーん」
「マリートさーん」
「あ、やっほー」
あ。
何てこった。
これも時限イベントだったというのか。
スルリと解かれた腕はあっさりとベンチを離れ、向こうからやって来る友人達に向けて振られる。
しかしいいだろう。
マリーとの関係を考えるいい機会にはなった。
と格好つけてみたが可愛い女の子とイチャイチャしてーなー、という願望を再確認しただけだ。
何がいけないというのか。
「クロムもやるってー」
「まあ、ほんとですの?」
「あ、ホンマ。意外やな」
「助かるなぁ。クロムならこの中でも一番適役だと思うし、僕もきっと褒めて貰えるよ」
駆け寄ったマリーと一緒に皆が歩いてくる。何がピッタリなんだろう。
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それからしばらくして発表があり、基礎クラスからの進級者が一斉に貼り出された。
バルドークラスは全員進級、クラスごと解体。
シモンの名前もあった。
ゲイルやローハンの名前も。
ディルは時間が掛かったものの希望通り騎士クラスへの進級が認められた。
クロム、エファ、エイクは予定通り。
マリーはレンジャークラスになった。
これは正確には専攻クラスではないが、弓術クラスその他様々な上位クラスの授業をレンジャー向けに計画的に掛け持ちし、複合的に学んでいく養成コースとなっている。
レギは結局バルドーの勧めもあり、盗賊(シーフ)クラスを選んだらしい。
互いの進級を祝う一方でクラスが解体された事への寂しさもあり、その日の夜は全員で集まりささやかなパーティーを開いた。といっても大したものではない、良く行く店でいつも通り食事しただけだ。
しかしそれは翌日から早速始まるアルバイトへの決起集会でもあった。
「いらっしゃいませー」
「ありがとうございましたー」
二千三百カレン。金貨二枚に銀貨三枚。
「おおきに、まいど」
四百と七十五カレン。銀貨四枚に銅貨七枚に銭貨五枚。チャリーン、てか。
バンホア商会デルスタット店。
エイクの実家の稼業だ。
「これとこれとこれと……お願いね!」
カウンターに商品が運ばれてくる。
「銀貨六枚銅貨三枚です」
「銅貨八枚」
「金貨一枚と銭貨二枚」
……。
「もうちょっとで落ち着くと思うから皆頑張ってくれよ。その後休憩にしよう」
「はーい」
冒険者向けの商品を大量に扱ったデカい店。
マネージャーのオッサンが労ってくれる。
「クロム君、助かるよ」
「あ、はい」
俺は忙しく接客するクラスメイトを見ながらカウンターで銭勘定を続ける。
俺の想像していたバイトとは違う。いやバイトといえばこういうものだが、この世界に来てまでこういう事がしたかった訳ではない。
間違ってはいないと思う。
冒険者向けのアイテムを扱うのは後々その知識が役立つだろう。
皆一石二鳥といった感じで乗り気になったのも頷ける。賢い選択と言っていい。
ただ俺は違う。アイテムなんぞ把握済み。
ひたすら物の値段を覚え、暗算しまくるだけだ、今の所。これは……これが続くのか。
この世界にも学校はある。
小学校的なやつが。
まあ当然だ、一般教養を学ぶ場がなければ文化的な社会は成立しない。みんなそうだ。
ただ、現実で学歴社会に揉まれた俺と同じ教育を受けているかというと当たり前だが違う。座学で差がついた事からも分かる。
この世界では数学を算術という。
ランダスターでも将来冒険者になった時の報酬だったりで、僅かだが算術の授業もあった。
が、その授業はマジで小学校レベルでしかなく、四則演算が関の山、なんならそれを死ぬ程時間かけて解く奴も居たくらいだ。
そもそも俺の世界で円と表記する単位、カレン。このカレンが商人間の事務レベルでしか定着していない。ゲームと違い皆、金貨何枚銀貨何枚と計算する。
多分だが。
ゲームだと冒険を進める毎に物価がハイパーインフレを起こしていく。
が、実際そのままだと流通とか経済がおかしな事になるのでこうなったのではないかと思っている。
つまり普段一の位の足し算引き算で事足りる世界だ。当然数学レベルは低い。
算術だけはぶっちぎりで一位だった俺は暗算が速いと褒められ涙を流したものだ。
何故か数の計算だけは未発達というおかしな世界になっている。
「みんなお疲れ様。お客さんも一旦引いたし、休憩しておいで」
「ありがとうございます」
ゾロゾロと裏に引き上げお茶を飲む。
「なかなか大変やなぁ」
「そうだねー。でも楽しいよ、あたし」
「私も楽しいですわ」
「そう? なら良かった」
「クロムはやっぱ凄いね。算術機使わないであんなに速いんだもん」
「……おう」
「優秀な人材だって褒めてたよ、ウチの人」
「商人って冒険者職あったりする?」
「ある訳ないやろ」
……おう。
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