第18話クラス大会 4


 その日の夜。

 

 事故後バルドークラスの面々が白々しく、


「だ、大丈夫ですか先輩!」

「レギ、お前なんて事を!」


 と演技したり、


「ア、アベ……救護班急いで!」

「うわ……」


 とやや騒然となったり、


「……まあ、状況的に故意ではないでしょうし」

「基礎クラスの生徒ですし」

「大将は別の生徒に――」


 と教師陣の評定があったり、


「えっぐ。ケツ逝っただろアレ」

「開通したなアベルさん」

「恥! 騎士クラスの恥晒し!」


 と学生達の話題になったりと、色々あったもののクラス大会はおおむね盛況の内に閉会した。




 一方で、一部顔をしかめたり目を逸らしたりする場面こそ有ったものの、貴賓席に来ていた騎士団関係者や訪れた冒険者達はしっかりとランダスター校の学生を見定めていた。


「各クラスの成績優秀者は勿論だがあの生徒、シモン君は光るものがある」

「ええ。それに一対一でやりあった女子生徒。エファ・リーンジという名前ですが」

「クラスとしても基礎クラスとは思えん」


 大会終了後、学校関係者が招待客の青田買いに応じるための夕食会。

 教師達はここで良い話があればしっかり話し合った後、生徒へと伝える。


「どうでしょう、ああいった事故を起こしてしまうのはやはり未熟にすぎる面もあると言いますか」

「バルドー君、君のクラスだろう」

「ええ、ええ。勿論ですが、えー、まだ入学してそれ程経っていない生徒もおり」


「? 先生はあまりお勧めできないと?」

「いやっ、決してそういう訳ではなくですね」


 一通り上位クラスの目ぼしい生徒についてのやり取りが終わり、普段ならばここから楽しい飲み会へと落ち着いていくのだが、今回はどうしても目立った基礎クラスへと話が飛び火するのは避けられない。


 しかしバルドーとしては歓迎しかねる。

 短距離限定で凄まじい突撃を隠し持つレギがクロムのスペイドスリーで更に急加速、一本取るという戦術はその身で思い知っていたが、まさか実際に背後から突き込んで失格するとまでは思いもしなかった。負けてくれたのは有り難いがああいう形は望んでいない。


 事故という事で処理されはしたものの、普段生徒達を見ているバルドーにしてみれば「あれは絶対わざとだ」という確信があり、その後ろめたさから話題を避けたいというのが本音である。


 生徒のアピールの場にも限らず必死に未熟アピールをしているのも保険のようなものだ。



「うまいと思ったけどなぁ」

「そうだな。実戦と違って一本制だからってのはあるが、ルールの中でやってる訳だし」

「お前ならどうやって対応すると考えた?」

「学生の時の話か? なら何もできなかったな」


 冒険者達もその話に余念が無い。新人を勧誘するギルド経由のパーティーメンバー募集組。


「実際全員レベル高いぜ。なんで基礎クラスなんだって風に思ったけどよ」

「基礎クラスでランクⅢ魔法はちょっと反則だな」

「あの生徒だけじゃない。私は全員上位クラスにいて然るべきと思った」


 そういう会話に王国関係者も頷く。


「やはり現役もそう見ているようですよ。どうなのですか? その辺の所は」

「そうですな……この際バルドークラスは全員進級させて解体というのも。バルドー君」


「はい」

「君の意見は?」

「そうですね……」


 バルドーとしても内心同じ気持ちではいる。

 エファ、クロムは特定技能で既に上位レベルなのは間違いない。マリートとエイクリーに関しては文句無く推薦可能。ディル、レギも成績に反映されない部分で優秀な事も知っている。


 総合成績こそ他クラスの上位に相応しい生徒に劣るものの、バルドー自身は総合成績は目安にすぎないと思っており、手前味噌かもしれないが自分のクラスの生徒は既に基礎レベルではないと思う自慢の生徒なのだ。


 しかし教師として他の生徒の事を考えた時に、あまり贔屓もできない。

 



==============================




 後日、バルドークラスでは進路相談が行われた。クラス大会での失格騒動は未だ学園内で話題の種だったりするが、このタイミングで進路に関するヒアリングが行われたという事は本選出場はどうやら評価されたようだ、とクロムは胸を撫で下ろす。


「ディルは騎士クラスって伝えたの?」

「ああ。言うたった」

「エファは剣術クラスよね?」

「そうですわ。私世界一の剣士を目指しますの」


「エイクは魔法の回復科やろ。クロムとマリート、ほんでレギ、お前もやけど、何て言うたんや」

「うーん」

「あたしは一応レンジャー系かなって事は伝えたんだけど、先生も考えてくれるって」

「……」


 クロムは魔法科という事で誰も疑っていないが、進路に関しては実は学園内の全員にやや誤解がある。


 攻撃魔法に関してだ。

 クロムの回復魔法は不良品というか、使用はできるものの極端に効果が薄く、回復魔法の適性が無い事は既に周知の事実となっているが、実は攻撃魔法もそうなのだ。


 これはクロムも最初は気付かなかった。

 

 チュートリアルバトルでクロム状態でまともに交戦できるのは雑魚のみ。

 クロム自身が低ステータスな事、相手が雑魚な事で「まあこんなもんなのか」と良く把握できていなかった上に、授業では的目掛けて撃つだけ。


 ずっと勘違いの原因だったのだ、これが。

 魔石を使用した授業に移ってから気付いた。


 見た目がまともなだけでナメクジ並みだと。

 さっさと進級したいという理由、それ以外の理由もあり<ソロモンリング>という消費MPを増大させる代わりに魔法の威力を上げるというズルでずっと誤魔化してきたが。




 プラチナにも分からないそうなので推測でしかないが、これに関してもクロムはある仮説を立てている。


 クロムに課された人化状態の縛り、ゲームで育成した剣術と回復魔法の不適合は分かった。

 しかし攻撃魔法までこの範疇に含まれてしまったのは、おそらくクロムのゲームの育成方針が常に火力重視志向だったせいではないかと疑っている。


 キャラメイクする際に「命あっての物種」という意識が有ったせいで、補助魔法適性は最低限付与されたのではないかと。


 自分はつまり縛り範疇に引っ掛からない条件内で、補助特化型、防御特化型のキャラクターとして作成されてしまったのでは、とこう考えている。もしかしたらディーの存在に満足していてそれでどうにでもなるという意識があったせいかもしれない。


 勿論はっきりとは分からないのだが。これらは自分を納得させるための屁理屈だ。


 低レベルな基礎クラスで露見していないだけで、クロム自身は攻撃魔法に関しては既に諦めている。得意の補助魔法が目立つので都合良くそちらが取り沙汰されるが、攻撃魔法科という選択肢も有るとクラスメイトでさえ誤解しているというのが現状なのだ。




「俺はやっぱ支援魔法科で考えてるけど」

「おねえちゃん待っとるもんな」

「まだ言うか」

「ま、ええわ。レギはなんちゅうたんや」

「……分からないって言った」


 レギが明確に何かを目指しているというのは誰も聞いた事がない。本人ですらそうなのだ。売りは何と言ってもとにかく素早い、その一点。


「色々できそうに思うんやけどなぁ」

「レギさんは何が良いですかしら?」

「皆で考えてあげようよ」

「エイク、お前なんか思いつかんか」

「うーん……僕はそっちは良く分からないから」


 はて、と全員が考え込む。



 レギか。俺ならどのクラスにするかな、とクロムも考えてみる。大好きなジャンルだ、育成のチャート構築というのは。


 レギの特徴。


 小柄な体格と敏捷性。

 非力。

 手先が器用。

 何事にも動じない。

 怠け者。

 勘が鋭い(とクロムは思っている)。


 若干バッドステータスも含まれているが、ぱっと見盗賊(シーフ)系かニンジャ系か。

 まあこのゲームにニンジャなど存在しないが。

 ただクラス大会のあれはバックスタブっぽい。


 マリーのようにレンジャー系でも……。

 しかしレギのステータスではやはり限界が来るだろう、レンジャー系は結構物理職寄りだ。


 うーむ。



「レギ、自分では一番何が得意だと思ってる?」

「……寝る事」

「お前何でここ来たんや」

「先生は何て言ってたの?」

「盗賊クラス勧められた」

「やっぱそうなるかー」


 盗賊(シーフ)クラスは上位クラスでも特殊クラスに分類されており、明確に将来の冒険者職が限定された専門クラスといえる。騎士クラスや回復魔法科も一件同じように思えるが、そういったクラスは卒業後学んだ事を活かして様々な進路を選ぶ事ができるので、専門クラスに分類されてはいない。


 ゲーム内では盗賊ギルドというのは日陰に住む人間達の裏組織として登場していたが、この世界では冒険者としての盗賊が犯罪に関わらないよう、きちんと管理・バックアップするむしろお役所のような冒険者ギルド下部組織となっている。


 この辺りもクロムの常識が影響していそうだ。


「シーフええやん。食いっぱぐれせーへんで」

「レギなら大丈夫と思うし」


 だがやはり冒険者としての盗賊(シーフ)はドロップアウトして犯罪に関わる人間も居ない訳ではない。

 そういった事態にならぬよう、盗賊クラスはガチガチの教育クラスでもあったりする。


「……分かんない。考えとく」

「自分の事や。後悔せんようにな」

「ディルってやっぱり優しいよねー」

「うえっ、気持ち悪い事言わんといてや」

「照れてますわ」




 進路か。

 クロムは再び自分の事へと意識を戻す。


 正直クラスメイト程真剣に考えている訳ではない。クロムにとっては単に魔法習得の手段と自らの育成チャート選択にすぎないと思っている。


 本編を見据えた時に、というよりも、自分にとって看過できない不都合なイベントを安全に乗り切るための安全マージンの確保という意味合いが強い。最終的にはディーの力を使う事に躊躇いなど何もないのだから。


 ただマスコンバットのようなパーティープレイの面白さにも目覚めつつある。

 ゲームとは違うので仲間の死という事態は当然NGだが、その為にもクロムの強化は必須であり、強化が進めばやれる事が大幅に増える。望んだ通り、従来とは違った冒険の進め方ができるのだ。


 そろそろダンジョンに突撃する時期かな。


 最近そう思うようになってきた。

 日常生活プレイもそれなりに満喫し、退屈さを覚えてきたのもあるが、エンカウントしない生活でディーの出番が少なすぎるのが問題だ。


 戦闘中限定スキルというのが厄介すぎる。

 また、変身時に髪の色が変化する、目がヤバイ、と人間とかけ離れている為パーティープレイでは如何にも魔法使い、といったローブ姿が望ましいだろう。


 一応攻撃魔法適性が無いのを偽装しているのは、いざという時に仲間の前でディー状態で攻撃魔法で敵を殲滅した時に違和感を覚えさせにくくする為という理由もある。



 とにもかくにもランダスターで魔法習得に勤しみ、冒険者資格を得ておくのは間違いではない。

 自由度を上げるために必要な対価であり、楽しみつつレベル上げにもなる。


 会話するクラスメイトの隣で遅々として成長が進まないステータスウインドウを眺めながら、この辺のダンジョンならどこが最適か、とクロムは記憶を漁りだす。




==============================




 緑竜騎士団軽騎兵隊長アダムはランダスター冒険者養成学校の視察という偽りの任務の後、冒険者ギルドへと密かに訪れていた。


 一般人のような姿で、最奥のギルド長室で大量の書類を前にギルド長と密談を行っている。


「該当者はやはりいませんか」

「それは間違いない、と絶対の自信を持っては言えませんが。隠す理由もないはずです、普通なら」

「確かに」


 一枚の書類を手に取り見つめる。

 デルスタット冒険者ギルドに所属登録されている魔法使いの中で、最高ランクと位置付けされている冒険者の様々な情報がそこには記載されている。


 だがその活動実績や履歴、集められた数々の証言を見ても、あの日サーベイから聞いた謎の魔法使いの姿とはかけ離れた像しか浮かんでこない。 

 

 アダムは戦闘の様子を直接見ていないが、サーベイの報告とあの日の冒険者達の証言のみならず、目の前に居るギルド長も同じ事を言っていたのだ。嘘でも誇張でもないのだろう。


「山狩り、という訳にもいきません。第一周辺に住んでいると決まった訳でもありませんし。困りました」

「王宮へのご招待なのでしょう? 募集をかけられてみては」


 ふう、とアダムが息を吐く。


「皆さんのお話では極端に接触を嫌っていたとの事。私も少し会話した感触、台詞を聞いた限りでは同じ感想です。……第一王宮への誘いはあの時点で断られているのです。張り紙などしたところで怒らせる事こそあれ乗ってきて貰えるとは思えません」


「それもそうですな、浅慮を申しました」

「いえ、ご協力には感謝しかありません」


 アダムが頭を下げる。

 

 しばらく会話した後、ギルドとしても密かに情報収集を行ってみる、とギルド長は約束を交わす。

 内密の約束だ。

 緑竜騎士団の名前は一切出さない。




 ギルドを出たアダムは手ぶらでは帰りにくいな、としばらく辺りをうろついてみる。

 決して成功率の高い任務ではない事は承知の上だったが、任務は任務だ。一つでも手掛かりは見つけたい。それが叶わなければせめて代替案の一つでも。


 デルスタットの石畳に街灯の灯が落ち、自分の影が伸びる。カツカツと正確に足音を刻むのはアダムの几帳面さの表れだが、本人にその自覚はない。


 ――実力者か。


 騎士団にも魔法使いはいる。

 だがダンジョンの暴走事件で大きな功を上げたのは王宮魔法部隊と蒼鷹騎士団だ。

 

 団長は何を焦っているのか。


 アダムには分からない。

 ただ騎士団にもそういう権力闘争はあり、もしかしたら団長の地位に関する何かがあるのかもしれない。

 

 天変地異という程ではないが、間違いなくアークと名乗った魔術師は屈指の実力者と思える。

 もしも緑竜騎士団に引き込めたなら、規格外の殲滅力を有する王宮魔法部隊よりも上を行く事になるだろう。何しろあの数のモンスターの津波をほとんど一人で打ち砕いたのだ。



 冒険者、と小さく呟いたアークはランダスター校の視察を思い出す。

 もしかしたらいずれあの中から現れるのかもしれない。組織に縛られない、人類の財産ともいえる超級冒険者達のように。


 アークも若い頃夢見て、そして届かなかった。ほとんどの人間には限界がある。

 ただ自分がこれで終わりとは思っていない。届かなかったとは思うが実際はただ安定を選び諦めただけというのが正しい。


 伝説に名を残すような人物がどうやってそこまで辿り着いたのか、アークという魔術師に個人的に話を聞いてみるだけでもしてみたいと思う。学校に通い学んだのか。生まれつきそうだったのか。


 少なくともこの年齢でこうして人探しをしているような人生は送っていまい、と自嘲する。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る