第17話クラス大会 3
タッタラ~。
間抜けなラッパの音がランダスター校の上空に響き渡り、大会一番の盛り上がりを見せる競技の開催を伝える。
「お前ら頑張れよ」
「おおきに」
他の基礎クラスの生徒達に声援を送られながら試合場控え位置へ移動する。
「向こうも油断はしてくれないと思う。初戦から無様を晒すかもしれないけど、やれるだけやろう」
「うん、そうだね!」
「やってみせますわ!」
やれやれ。
何とかマリーとエファの機嫌は直った。
「かっこええですなあやっぱ、クロムはんは」
ちっ。
「いい加減にしてよ、ディル」
「そうですわ、男らしくありませんわよ」
「ふっ。さいでっか」
ディルには俺がキャラを作ってご機嫌取りに走っているのが見え見えなんだろう。
ま、コイツもあえてやってるんだろうけど。
「レギ、頑張ってね」
「……うん」
エイクが救護班の方へ戻っていく。とことん性格の良い奴も居る所には居るもんだ。
「ほな最初が肝心やな。度肝抜いたろか!」
「おー、ですわ!」
バシバシとディルが頬を叩き気合を入れ直す。
上手くいくといいけど。
対戦相手のチームは向こうの方で冷静に作戦を確認しているようだ。
リーダーらしき男を中心に、全員がこちらを指差したりしながら慣れた感じで話している。
実際そうだろう。
こちらとは違う。彼らはいわば社会人一歩手前、就活生のようなものだ。
経験も練度も違えば見ているものも違うはず。顔つきからして違う。
あーあ、やれやれ。
気が引けるね、全く。
「両チーム、準備して」
教師の合図で試合場へ上がる。
半面ずつに分けられた陣地は、開始前から自陣を越えて侵入する事はできない。そして布陣も自陣内ならどんな場所に布陣してもいい。
「お前らー、頑張れよー!」
「優勝だ優勝!」
「姉ちゃん愛してるぞー!」
午前の試合で人気者になったか判官びいきか、こちらへの一般客の声援が凄い。
あ、今品の無い声を上げたおっさんがつまみだされようとしている。
「では大将、前へ」
レギがトコトコと歩いていく。
その姿に朗らかな笑い声が聞こえたりもするが、レギはその辺にコンプレックスなど無いようで気にした事がない。レギの良いとこだと思う。
上位クラスの大将も爽やかな笑顔でレギと握手をかわす。いい笑顔でレギに挨拶している。
そのイケメンっぷりに黄色い声援が飛ぶ。
クラスの制服の上に簡易の部分革鎧は上位クラスの大会での基本装備だが、向こうの大将の制服は騎士クラスのものだ。
ますます気が重い。
こちらはディルのアピールは充分できたと思うし、この作戦で勝っても評価に上乗せは望めない。
対してあちらは選抜生徒。
各クラス代表として期待もされているだろう。
この戦いも騎士クラスの大将以外の冒険者志望の生徒にとって、むしろ本番に近い戦いとしてアピールに繋がるに違いない。
相手チームのクラスメイト達が声援を送り手を振ったり親指を立てたりと、ますますその爽やか友情ムードも増していく。
はあー。
譲ってあげてもいいんだけどねえ。
トコトコとレギが戻ってくる。
「では配置について!」
「……ちょろちょろするなよチビ、だって」
「……」
え?
「……レギ、お前そう言われたんか」
ディルの言葉にレギがコクリと頷く。
……。
更にレギが無言のまま手を見せる。
思いっきり握られたのだろう、真っ赤だ。
「何やねん、あいつ」
「許せませんわ……」
「信じらんない」
ゴゴゴゴゴ、とクラスのボルテージが上昇していくのを感じる。これは――。
向こうの大将はサラサラの金髪を手でファサッ、とかして女生徒に手を振ったりなんかしている。
もうそれくらいにしといた方がいいと思うぞ。
君の命運は既に尽きた。
「バルドークラス、早くして」
教師が催促してくる。
「お前ら、どうしても勝ちにこだわりたい?」
手招きし、一塊になるとゆっくり配置につくフリをしながら全員に意思を確認する。
「当たり前や。あのボケ絶対許さへん」
「あたしアイツ大ッキライ!」
「ギタギタにしてやりたいですわ」
「よしよし、分かった」
あいや任されよ。
その気持ちとくと分かったぞ。
こういう場合のイヤらしさ、現代人の悪意というものをご教授して差し上げよう。
「負けるぞ」
「えっ」
「レギ、良く聞け。…………。で、…………。これが一番良いと思うんだがどうだろうか、皆」
一瞬呆気に取られたクラスメイト達の顔が徐々に変化していく。
悪い顔へと。
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私、この大会で優勝したら彼に告白する。
そう決めたの。
彼女は振り返り、チームの大将を務める男の頼もしい姿を見て微笑む。
騎士クラスでも優秀な成績を修める、基礎クラス時代からの同期。
――なんて爽やかなんだろう。
彼女は試合前だというのに自分の気持ちが戦いに向いていない事を反省する。
――いけないいけない。
しっかりしなきゃ。
向こうは基礎クラスとはいえ午前中の戦いぶりを見れば油断できない相手。
まっ、私達の相手にはならないけど。特にカレの――あっ、カレだなんて私ったら。
彼女はやや俯き頬を染める。
私って馬鹿だな、そんな感じで首を振る。
――信頼する彼の作戦に間違いはないもの。
みんながきちんと役割を果たせば必ず勝てる。
午前中で彼はちょっとミスして一回戦で敗退しちゃったけど、ここで挽回して貰うのよ。
私、頑張んなきゃ。
彼女の役割は前衛。
弓術クラス選抜として本来は後衛を務めるのが定石だが、大将の提案した作戦により開幕から速射で敵後衛の支援魔法使いを狙い打つ事になっている。
マリーのナイフもそうだが、飛び道具は先端が柔らかい素材になっており、ほとんど怪我をさせる心配はないように配慮されていて安心だ。
やや前掛かりの配置についた彼女が視線を戻すと――意外な光景を目にした。
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主催者席と貴賓席は隣合っており、王国関係者とランダスター校教師陣は生徒の情報交換を行ったりする。学校側としても目を付けて貰った生徒への支援を惜しむ理由は何も無い。
「ボーフェン校長、今年も非常に優秀な生徒が揃っておりますな」
「私としても実に満足しております」
騎士クラスからは今回も王国騎士団へなかなかの数の生徒を送り出せるだろう。ボーフェンも鼻が高い。
「基礎クラスで主席のあの生徒も実に良い。今からどこまで伸びるのか」
「ああ、シモン君ですね。我々教師陣も彼には多いに期待しています」
「それに」
王宮から視察に派遣された役人が試合場を指差して微笑む。
「あのクラスも見事です」
「ああ、バルドー君、バルドー君。……こちらが担任を務めておりますバルドー君です」
「バルドーと申します。剣術担当をしております」
「おお、そうですか。いや見事なチームワークの生徒さん達を育てられましたな」
「いえいえ私は。その、生徒達の資質と言いますか、教師陣の成果と申しますか」
ややバルドーの目が泳ぐ。
「お、始まりますな」
嫌な予感がする。
バルドーはそんな気がしてならない。
「始め!」
生徒達の布陣は最後方で一塊となっている。
対戦チームもそれを見て戸惑ったようだ。
あれでは距離を詰められて大将の逃げ場が無い。みすみすハンデをくれてやるようなものだ。
ただバルドーは知っている。
自分が一本取られたあの作戦。
正直実戦とは違う試合だから成立する作戦でしかないと思うが、あれをやられて防げるチームが果たしているだろうか。
それがバルドーには気がかりだった。
卑怯、とも言えるしそうでないとも言える。
だからバルドーは苦言を呈する事を躊躇った。
何より自分が一本取られた後でそれを言い出すのはバルドーの廉恥心が躊躇わせる。
――やはり言うべきだったか。
恥を忍んででも生徒にはやめるよう言うべきだったかもしれない。あの勝ち方で万が一優勝でもされたら、一本制の在り方まで問われるようになるかもしれない。
――頼む、お前達。
――負けてくれ。
自らの生徒にこんな事を願う自分を卑しいと思いつつも、バルドーはそう思わずにいられなかった。
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「始め!」
試合開始の声が掛かる。
クロム達バルドークラスの極端な布陣を見て会場はざわついた。どう考えても自殺行為だ。
対戦チームの選抜生徒達も戸惑ったようだ。
午前中のバルドークラスのチームワークの良さを基準に立てた作戦が意味の無いものとなりはしないだろうか、と。
「作戦通りだみんな! 距離を詰めれば同じ事だ、惑わされるな!」
大将の騎士クラスの生徒から叱咤の声が飛ぶと、瞬く間に呪縛が解ける。
選抜チームは流石の練度を見せ、互いに目配せすると距離を保ったまま前へと詰める。
バルドークラスは動かない。密集隊形のままディルとエファが前衛として後ろを隠している。
選抜チームの女子生徒が、前進しつつ遠間から一射放つ。
が、これは簡単にエファに切り払われる。
更に矢をつがえた女子生徒だったが、前衛を抜くのは難しいと見て、打ち合わせ通りのポジションで狙いを定めたまま止まる。
「よし、いいぞ皆! 作戦――」
同じく陣形を保ったまま前進してきた大将がそう言い掛けた所で、バルドークラスが動き出す。
「おおおおおお!」
一丸となって突進を始めた。
一気に距離が詰まる。
だが選抜チームも慌てたりはしない。
事前のバルドークラスへの対策で包囲するように布陣していた前衛役が二人、絞るように中央を塞ぎに駆ける。咄嗟の判断だ。
ここで前衛が剥がれた。
中央へ動き出した前衛役の二人の男子生徒へ向け、エファとディルが左右に別れて突っ込む。
中央にわずかな隙間が生まれる。
「ディル・ハミル失格!」
相手は上位クラスの生徒だ、ディルは数合打ち合っただけであっさり失格してしまう。だが時間を稼がれたせいで前衛役の男子生徒はやや間に合わない。空いた中央を駆け抜けられてしまった。
「行ったぞ!」
すぐに後ろを追う。
一方矢をつがえた女子生徒は自分のターゲットであるはずの魔法使いにピタリとマリーが付いており、遊撃のはずが何で、と判断が揺らぐ。
しかし彼女も木偶では無い。予定を変えてマリーを排除しようと矢を放つ。牽制のつもりで射った矢が――マリーの肩を捕らえる。
「えっ」
「マリート・アルマ! 失格!」
思わず女子生徒が驚く。
午前中あれだけ素早く動き回っていた彼女が避ける素振りも見せなかった事に。
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「始め!」
「速度強化(スペイド)Ⅰ」
後方で一塊となった中で、クロムは自分を素早く強化する。これはズル無し、クロムの最速詠唱。
確実にこの時間を稼ぐための最後方布陣だ。
クロムは直後に再び詠唱を開始する。
「もう来る!」
「……エファ! ……今や!」
クロムの自己強化を確認したディルは飛来する矢をエファが迎撃してくれた事で、第一段階が成功した事を確信する。更に狙い通り敵が陣地を制圧しに来た事で、タイミングを見計らい号令を下す。
「おおおおおお!」
方向は別にどこでも構わなかったが、お誂え向きに中央が空いている。
遠慮なく真っ直ぐ進む。
飛び出してきた二人はエファとディルが最初からマークしていた相手だ。
打ち勝つ必要は無い。
仲間を前に進めさえすればいい。
「ディル・ハミル失格!」
「はああ、やっ!」
エファは見事な剣捌きで相手を圧倒する。
華麗な動きで相手を瞬く間に押し込み、少しでも中央の進路を空けようと大きく剣を振るう。
クロムとマリーとレギが疾走し、中央を駆ける。
警戒していた弓。放たれた矢が迫る。
試合のルールで武器は一種類しか所持を許されていない。投擲ナイフのマリーは計六本まで。
だがそれは今回に限っては意味は無い。
回避できる矢をむざむざ貰う必要は無いが、走りながらナイフで正確に矢を弾く自信はまだマリーにはない。
万が一クロムかレギに当たればそこで終わり。
クロムに重なるようにマリーは矢を肩で受ける。
「マリート・アルマ! 失格!」
相手を押し込んだエファはすぐさま反転し、後を追いかける。ここまで緻密な想定では無かったが、レギとクロム、マリーの向かう方向には大将と護衛が一人。
真横にディルが相手していた一人が走っており、背後に今相手していた一人。
そして、たった今マリーを失格にした弓使いが斜め前方に一人。
「はあああああっ!」
足を止め再び矢をつがえようとしていた女生徒の注意を引くべく、気合の雄たけびを上げ跳躍する。
しかしすぐにそれを察知した女生徒もさるもの、弓術の弱点が接近戦など当たり前だと言わんばかりに、素早い動きで身を翻すとエファの襲撃から逃れる。その時間で追い付いた男子生徒が背後から軽くエファに剣を当てた。
「エファ・リーンジ失格!」
前方に大将と護衛。
詠唱だけに集中する。
――完成。間に合った。
距離を取ったのはもう一つ、この為でもある。
ここまで来れば勝ったも同然。
レギが僅かにクロムの後ろに下がる。
護衛が立ち塞がり、横に薙ぐように剣を振る寸前。
「速度強化(スペイド)Ⅲ」
流石に上位クラス選抜の生徒だ。スペイドワンで速度の上がったクロムの疾走と自分の剣速をしっかり感覚で掴み、軽く当てるに留めた。見事な技術だ。
「クロム・ディー失格!」
バルドークラスの奇襲に最初は驚いたものの、仲間達は見事に次々と相手を失格にしていく。
大将のアベルは中央を突き進んでくる二人が自分を狙ってきているなど先刻承知。
(残りは魔法使いと大将のチビのみ!)
手強い女剣士の失格コールを聞いた時点で目の前だけに集中する事ができた。
こちらはまだ無傷。護衛付き。
追走する前衛二人が追い付けば確実に勝つ。
「速度強化(スペイド)Ⅲ」
何っ!
「クロム・ディー失格!」
残るは大将であるチビだけ。
今剣を振るった護衛の横を、速度強化を受けた奴が来る。それもランクⅢの支援を受けて。
敵大将の手にダガーナイフが見えた。
自分も見事に迎撃してやろうと考えていたアベルだが、敵の速さを考えると反応できずにやられる可能性がある。
(ここは――!)
このアベルの判断は良かったと言わざるを得ないだろう。己の技量に慢心する事無く、冷静に状況を見極めて後退する選択をしたのだから。
仲間がすぐに追いつく。護衛もすぐ体勢を立て直す。たとえ無能なチビが相手とはいえ速度強化を受けたのなら危険度は高い、確実な方を選べと。
己の見せ場よりチームの勝利を優先したのだ。
騎士クラスのプライドに些細な傷を受けてでも。
だが。
懐に飛び込ませないように剣を横薙ぎに払いつつ後方へ跳躍したアベルの目は、目標を見失っていた。剣が通り過ぎる前に、相手大将の姿が消えたのだ。
この瞬間、教師陣の目には見えていた。
いや、少し遠目から見ていたほとんどの観客の目にも見えていたはずだ。
消えたレギが閃光の如き素早さで跳躍したアベルの背後へと回りこんでいたのを。
不意に背後に出現したレギが踏ん張り、両手でダガーナイフを体の横で腰だめに構えているのを。
この一件は事故、とされる。
レギが処罰される事は無かった。
状況的に仕方ないようにしか見えなかったし、まして未熟な基礎クラスの生徒。片や騎士クラスの選抜生徒。事故としてしまった方が守れるプライドもあるだろう、と。
ダンッ! と後方へ飛び退ったアベル。
そこへ既に腰だめにナイフを構えていたレギ。
もうおわかりだろう。
レギのナイフの先端は、アベルの臀部中央を一直線に貫いていた。
「あおおおおーーーーっっ!!!」
絶叫がランダスター校の上空に響き渡り、大会一番の凄惨さを見せた試合の終了を伝えた。
「……レ、レギ・セントレオン、失格」
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