第49話 上り始めたばかりだからよ……この坂道を!


 オレ、くらはしりょうた。


 公園で遊んでたら知らないおじーちゃんに「お前を勇者に任命する」って言われて、気が付いたら此処にいた。


 暗い洞窟みたいなところで、ちょー怖い。どこだよここぉ!

でも、じーって良く見ると暗いけど周りは見える。おかーさんのとこに帰りたい……。遠くのほうが明るいから行ってみる。


「……なんかへんなのいる」


 カサカサ音がするからそっちを向いたら、何かモジャモジャした良く解らない黒いのが動いてた。サッカーボールくらいの大きさかな?


 「うわっ!」


 急にそのモジャモジャがこっちに向かって飛んできた。びっくりして手をブンブンってしたらモジャモジャに当たって、べちゃって音がした。

……動かなくなった。


 パパラパッパッパー♪


「わぁっ!?」


 突然音が鳴った。何かと思って辺りを見回しても何にも無い。けど、なんとなく元気が出たような気がする。あれ?


「きえてる」


 いつの間にか黒いモジャモジャが消えてる。なんだろうアレ。


「おかーさん……」


 何だか急に寂しくなって、涙が出てきちゃった。

お母さんに会いたい。お父さんに会いたい。


「うっ……、ひっ、く……」


 お父さんに男の子は簡単に泣いたら駄目だって言われてたけど、こんなところで一人ぼっちじゃやだよ。


「う、わぁああああん」


 ここどこ?


 だれかいないの?


 ねぇ……。


「どうしたの?!」


 明るいほうから声がした。眩しくて良く見えないけど、女の人の声。


「……っ! だれ?」


 びっくりして怖くて、涙が止まった。動けなくて、逃げたくなった。


「坊や、どうしてこんな所に? 一人?」


「……」


 女の人は優しい声で話しかけてくれる。でも、オレは知らない人だからうまく声が出せない。

もごもごしていると、後ろからもう一人だれか来たみたい。


「どうした?」


 今度は男の人の声。目が慣れて顔が良く見えるようになった。


「迷子、かしら。子供が一人いるのよ」


「迷子ぉ? こんなダンジョンに? 嘘だろ?」


「しょうがないじゃない、本当に居るんだもの! ねぇ、あんたのスキルって奴で何か分からないの?」


「おぉ、そうか。じゃあここは一つ、ステータスチェックを……んんん!?」


 男の人がオレの顔をじっと見ると、突然すごいびっくりして目が飛び出てた。


「何!? 何なの!?」


「こ、この子供の職業……勇者、ってなってる……」


「へ?」




「なぁ、リョータ。お前に話しかけてきたじーさんって、こーんな長い白い髭でカーテンみたいな服着てなかったか?」


「うん、そんなんだった」


 男の人はユーヤさん。女の人はサーニャさん。

サーニャさんは途中で見た黒いモジャモジャを持ってた棒でバンバン叩いてた。ユーキさんは後ろでがんばれーって応援してた。オレはたまにこっちに来るモジャモジャを手ではたいて、やっつけてた。これ、ゴミ虫って言うんだって。


 暫くしたらまた音が鳴って、また元気が出て来たから、やっと落ち着いてお話が出来るようになったんだ。だから、二人が使ってたキャンプ場みたいなところでユーヤさんに説明したら、びっくりしてた。


「間違いない、俺をこの世界に転生させたクソジジイだ。しかもコイツは同じ世界から死んでもいないのに呼ばれたらしい」


「嘘でしょ……いくら何でも神様がそんな……」


「いーや、あのジジイならやりかねん。9歳って、オイ」


 ユーヤさんはスキルっていうのが使えて、それを使うと色んな情報が見れるようになるんだって。オレにもやってみろって言われたからやってみたけど、何も見れなかった。ユーヤさんだけの力みたい。すごい。


「あのジジイは勇者一桁縛りでもしてんのか?」


「神様から『新しい勇者を召喚した』ってお告げがあったから来てみたら、こんな小さな子が勇者で、しかも一人ぼっちで、って……かわいそう」


「そのお告げってのも胡散臭いと思ったけど、本当にあのジジイが寄越したのか?」


「多分……神様なんて見たことないし、夢の中で声が聞こえるだけだから」


 なんだか二人で話してるけど、オレには全然わかんない。でも公園で会ったおじーちゃんのことっぽいのはわかった。


「あの……それで、オレ、どうすればいいの?」


「ん、あぁ……そうか……どうすればいいんだ?」


「私に聞かないでよ」


「……おうちにかえりたい……」


「あっ、そ、そうよね……ごめんね、リョータくんだっけ? 私が何とか……ううん、絶対お家に帰してあげる。だから心配しないで」


「ほんと……?」


「うん、本当」


 サーニャさんはまっすぐオレの目を見て言ってくれた。さっきまで知らない人だったけど、なんだかすごく良い人なのはわかった。だからオレは。


「……わかった、約束」


「……! うん、約束!」


 サーニャさんがおっきな目をきらきらさせて笑った。この人の笑顔を見てるとなんだか元気が出てきた。


「にしても、帰る方法はどうするか、だ。神様のジジイが言うには魔王を倒せば元の世界に帰してくれるらしいが」


「でも、いくら勇者と言ってもこんな小さな子を魔王退治になんて連れていけるわけないじゃない。足手まといもいることだし」


「足手まといって言うな! 俺だって好きでこうなったわけじゃないんだよ!」


「あの……オレ、まおうっていうの倒すの手伝う」


「えっ」


「だって、サーニャさんは約束してくれたでしょ? だからオレ、手伝えるなら、がんばるから」


「リョータくんっ……! なんて良い子なのっ!」


「ぐえー」


 サーニャさんはオレをぎゅーってしてきた。くるしいけど、あったかくてきもちよくて、悪い感じはしなかった。


「少なくとも俺よりは役に立つのは間違いないな……、ゴミ虫は片手で倒せるくらいだし、ステータス覗いたらレベルアップしてやがる」


「そんな事も判るのね。それにしても短期間で成長するなんて凄い……、こんなに小さな子でも、ちゃんとした勇者なのね……」


「くっ! 俺だって勇者なのに……」


「でもあんた、ゴミ虫より弱いじゃない。……まぁ、あの時、負けると解ってても助けてくれようとした、ってのは、その、勇者っぽかったけど」


「ツンデレきた」


「それやめて。なんだかイラッとくる言葉だから」


 サーニャさんがユーヤさんをおもいきりにらむと、ユーヤさんは体育座りをしちゃった。おかーさんが怒った時のおとーさんみたい。


「まったくもうっ。えっと、それじゃリョータくん。私達はこれからこの森を抜けた先にある街に行く予定だったんだ。そこで色んな人からお話しを聞いて、それからどうするか決めようと思ってるの。それで良い?」


「うん。オレそういうのよくわかんないから、おねがいします」


「あぁっ! こんなに聞き分け良くてしかも賢い! 勇者ってやっぱりこういう人なのね!」


「はいはい、どうせ俺は勇者もどきですよ」


 ユーヤさんが道の石を蹴ってすねちゃった。大人の男の人なのに……。オレがしっかりしなきゃ。


「ユーヤさんも、よろしくおねがいします。オレ、がんばります」


「ぬぐっ……、子供にそんなこと言われちゃ不貞腐れていられないじゃないか……。まぁ俺だって元の世界に戻りたいしな。リョータ、お前の力、あてにしてるぜ」


「うんっ」


「そうよ、あんたのほうが年上なんだからしっかりしなさい。さ、それじゃあ行きましょう!」


「おーっ」


「……おー」


 サーニャさんが元気良く手をあげたから、オレも一緒にあげたら、ユーキさんもゆっくり手をあげた。なんだかおねーちゃんとおにーちゃんが出来たみたいで、ちょっとうれしくなって、笑っちゃった。




「で、この坂道ですか」


「ここを上らないと街に行けないのよ」


 森の中を歩いていってどのくらい時間がたったかわからないけど、そんなに長くはかからなかったと思う。目の前に長い上り坂が見えてきた。


「結構な傾斜があるようですが」


「しょうがないでしょ、回り道は無いし。それにこのくらい勇者なら余裕でしょう」


「スタミナのステータスどうなってるか判らないんだよなぁ……、この辺は完全に個人差があるんじゃなかろうか……」


 ユーヤさんがブツブツ何か言ってるけど、オレにはよくわかんなかった。でもこのくらいの坂道ならいつも学校に行く途中にあるからオレはへーき。


「がんばろう、おにーちゃん」


「ん、おにーちゃん?」


「あっ、ごめんなさい……」


 うっかりおにーちゃんって呼んじゃった。はずかしい……。


「いや、いいぜ。好きなように呼んでくれよ」


「わ、私の事もおねーちゃん、って呼んでいいのよ?」


「ほんと?」


「もちろん!」


 二人ともえがおでそう言ってくれた。うれしくて、でもちょっとはずかしくて、でも。


「えへへ……、おねー、ちゃん」


「きゃ~~~~ん! 可愛い~~~~~!」


「ぐえー」


 サーニャさんはまたオレをぎゅーってしてきた。けっこう苦しいけど、きらいな感じじゃないから、いっか。


「それじゃ、張り切って上っていくわよ!」


「おーっ」


「……おー」


 上り始めてすぐにユーヤさんの歩くスピードが落ちた。大人の男の人なのに……。


「ちょっと! もうへばったの!? だらしないんじゃない!?」


「ぜぇ、はぁ、し、仕方ないだろ……こんな、急な、坂、上ることなんて、なかったんだから、ぜぇ、ぜぇ」


「んもう! リョータ君を見習いなさいよ!」


「そ、そいつは、年齢以外は、完璧な、勇者なんだから、当然だろ……」


「だいじょうぶ?」


「だ、大丈夫だ、問題ない……ぜぇ、はぁ」


 本当に大丈夫なのかな。顔が青くなっていってるけど。


「んもう! こんな調子じゃ魔王を倒すなんて夢のまた夢じゃない!」


「くそ~、不甲斐ないっ……!」


 こんなところに来ちゃった最初はこわかったけど、今はおにーちゃんとおねーちゃんがいてくれるから、なんだか楽しくなってきた。まおうをたおすお手伝い、ちゃんと出来るといいな……。


 先のことはまだよくわかんないけど、きっとだいじょうぶ。


 この坂道だって、上り始めたばっかりだからね!

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ヒトケタ勇者 七神八雲 @nagamiiyakumo

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