ヒトケタ勇者
七神八雲
最終話 俺の冒険はここまでだ!
無理無理むりむりムリムリ!!!
いくらなんでもこんなんで勝てる訳ないだろ!
俺こと
こんな下らない事で死ぬなんて……あの子と海に行く約束もしていたのに……。
そう思いながら意識を失った俺は、目を覚ますと真っ白な世界に居た。
ここはどこだ、俺は死んだんじゃなかったのか。そう思って辺りを見回していると、突然俺の頭のなかに誰かが話しかけてきたんだ。
「ワシは神様じゃ。お主を幻想界ファンタジアの勇者に任命する」
神様とやらの話では、ファンタジアの世界は剣と魔法が存在する日本どころか地球とは全くかけ離れた世界らしい。
そのファンタジアでは今、魔王アスタロット率いる魔族が人間を支配し、奴隷としてこき使っているらしい。
その魔王を倒す勇者に俺が任命された。よくあるよくある。
トラックで轢かれたのも神様とやらの差し金らしい。クソじゃねぇか!
その代わり見事魔王を倒してファンタジアを平和にしたら、元の世界で死ぬ直前まで戻してやるだと。しかも何でも願いを一つだけ叶えてもくれるそうだ。
ってことは、憧れのあの子とも……ムフフフ!
そんな訳で、じゃあ勇者やりますって事で話は決着した。ついでに速攻で魔王を倒せるように最強状態で転生させてくれるそうだ。こりゃ楽な仕事だぜ。
そうして幻想界ファンタジアへ勇者Lv99として転生した俺はまず村を探しに歩き出した。こういうの本で読んだことあるから動くのも楽勝なんだよね。
森の中(ありがち)に飛ばされていた俺は暫く歩いていたが、途中で看板を見つけた。看板には「この先ジリマハ村」と書いてあったから、このまま進めば村に辿り着けるな。村の近くに転生してくれたんだろう、神様とやらも中々優しいじゃないか。
しかし村までの道中、ついに魔物にでくわした。Lv99の特権で敵のパラメータを調べると「ゴミ虫Lv1 」だそうだ。ゴミ虫て。いや確かに見た目しょぼいけど。
これでも一応は魔物だ、安心は出来ない。……本来であれば。
今の俺は勇者Lv99だ、こんなもん一撫でで倒せる。……本来であれば。
「ゴミ虫と言えど魔物にも矜持があろう……一度くらいは俺に攻撃させてやる」
俺は名前も見た目も酷い魔物に若干の憐れみを感じ、一度だけ攻撃を貰ってやることにしたのだが……。
「ゴバッハアアアアアアアアアアアア!!!」
ゴミ虫が繰り出した攻撃は一撃で俺の体力の9分の8を削りやがった。
おかしい、こんなはずでは……。致命傷を受けた俺はすぐさま回復すべく回復魔法を唱える。が、「MPが足りない!」と頭の中に表示されるではないか!
やばい、このままではゴミ虫に殺される! 危険を感じた俺は瀕死の身体を引きずり何とかゴミ虫から逃げ出した。まさかあんな魔物から逃げることになるとは……。
しかしおかしい。Lv99であるのにゴミ虫Lv1から致命傷を受け、しかも回復魔法がMPも足りずに使えないとはどういうことだ。
俺は神様から教わった方法で自分のパラメータを確認してみた。
頭の中に浮かんだ俺のパラメータは……全部ヒトケタ!?!?!?!?
どうなってやがるんだ、Lv99なのにパラメータが全て一桁だなんて前代未聞だぞ! しかも経験値はMAXになっててこれ以上Lvがあがらねぇ!!
おい神様! 聞こえてんのか?! と空に向かって叫んでも何も返ってきやしない。これは……完全にだまされた。
とりあえず仕方なしに地面に座り込み、体力の回復を試みる。このままではゴミ虫にすら殺されてしまう。しかし運の悪いことに……。
「キャアアアア!! 誰か助けてぇえぇぇぇぇええ!」
女性の悲鳴が聞こえてしまった。こんな序盤にこんなイベント入れておくな!
しかし聞こえてしまった以上、向かわない訳には行くまい。なぜなら俺は勇者なのだから。
体力が9分の6ほど回復したところで俺は悲鳴の聞こえた方へ向かって走った。
そこには今にも魔物に喰われてしまいそうなおっぱいの大きい女性がいるではないか! しかも美人!
が、問題が二つある。一つは女性を襲っている魔物はゴミ虫だということだ。
先ほど殺されかけてしまった相手である。大変困った。
もう一つは、そのゴミ虫が3匹いるということだ。勝てない。どうあがいても勝つことは不可能だ。だがこのままでは目の前の女性が、ゴミ虫のストローみたいな口でチューチュー吸われるのも時間の問題……。
ええい、ままよ! 俺は勇者だ!
「そこのゴミ虫ども! この俺、勇者ユーヤが来たからにはそれ以上彼女には近づけさせんぞ!」
啖呵を切って躍り出た。ゴミ虫と女性がこちらに気付く。
「あぁ、お願いします! どうか、どうか助けてください!」
助けたいのは山々なのですが、今の俺に勝算は全くありませんごめんなさい。
しかし飛び出た以上、やるしかない。
「大丈夫です、俺が来たからにはこんな奴らチョチョイのチョイですよ!
うおおおお! 覚悟しろ魔物どもめ!」
まずは女性の近くに居たゴミ虫へ向かって腰の剣を抜き、突撃する。
この奇襲が決まればいくら何でも一撃、いや二撃くらいで倒せるだろう!
「グワアアアアアアア!!!」
俺の攻撃はゴミ虫にあっさりかわされ、反撃の一撃で殺された。
なんてこった……やっぱりパラメータALLヒトケタでは勝てなかったよ……。薄れゆく意識の中、俺は、女性がまるでゴミ虫を見るような眼で俺を見ていたのを見た。
目が覚めると知らない部屋のベッドで横になっていた。
どうやら誰かが運び込んでくれたらしい。ゴミ虫の攻撃で死んだはずだったが、なんとか生きている。
起き上がると脇腹に痛みが走ったが、歩けないほどじゃない。
部屋から出ようと扉まで近づいたところで、誰かが話をしている声が聞こえた。俺はノブにかけていた手を引っ込めると、扉に耳を当て会話を聞いてみたんだ。
「今回の勇者は外れね。ゴミ虫にすら殺される激弱だったわ」
「なんてことじゃ……。また新しい勇者を探さねばならんのか」
酷い言われようである。しかし事実だから何にも言えない。
というか、片方はじーさんみたいな声だが、もう一人のほうは聞いたことがあるような声をしている。俺はそっと扉を開け、隙間から覗き見た。
……先ほど助けを求めていた女性だった。あんなゴミ始めて見たとか、あんなのに助けを求める役やらされてムカつくとか、ドギツイ台詞がガンガン飛び出している。
こっそり彼女のパラメータを見ると「僧侶lv38」と表示された。強くない?
そのまま会話を聞いていると、ゴミ虫に殺された俺を見てショックを受けたが、僧侶として放っておけなかったらしく、ゴミ虫を蹴散らして俺をここまで運び、蘇生までしてくれたらしい。天女かな?
しかしこのまま聞いている訳にも行かず、仕方なく扉を開け二人の前に出る。
「あの~……」
思いっきり振り向かれた。老人のほうはヨボヨボとした感じで良い人オーラがめっちゃ出ている。対して女性のほうは。
「何だ起きちゃったの。ずっと死んでても良かったのに」
いきなりコレである。あれ、でもおかしいな。さっきは放っておけなかったから蘇生したって言ってたような……。
「あ、あの、蘇生してくれてありがとう」
彼女の一言で空気が淀んだ気がした俺は、とにかく礼を言うべきだと思いたち何とかそれだけ言った。
「はぁ!? 別にあんたの蘇生なんてしたくてした訳じゃないんだからね!」
テンプレみたいなツンデレ台詞が飛び出てきた。俺、ツンデレ始めて見たよ。
「で、でもさっき放っておけなかったって聞こえたし」
俺がそういうと彼女は顔を真っ赤にして怒鳴り出した。
「信じられない! 起きてすぐ盗み聞きしてたの!? あんたのこと放っておけなかったとかじゃなくて、ゴミ虫に殺されるような勇者が居たって笑ってやりたかったからに決まってるじゃない! 勘違いしないでよね!」
うーん。ツンデレかどうか迷う台詞だ。でも顔真っ赤にしてるし照れ隠しなのだろうか。
「どっちにしろ助けてもらったことには違いないから……本当にありがとう」
これは事実だし、いくら酷いことを言われてもそれも事実だ。礼はきちんとしろと親父に言われていたから、もう一度心を込めて礼を言った。すると彼女は急に態度をしおらしくさせて、うつむきがちに小声で喋りだしたんだ。
「な、なによ……別にいいわよ、そんなにお礼を言われるようなことなんてしてないし……。そ、僧侶として当然のことだから……」
もごもごと喋る彼女は先ほどとは違ってなんだか凄く可愛く見えた。
パラメータALLヒトケタでもこういうイベントだけは進められるのだろうか。
しかし現実問題として、勇者の俺が戦えない、しかもLvUPも見込めないとなると、これから先どうしたら良いのか分からなくなる。なった。仕方ないので今までの経緯を彼女と老人に話す事にした。
「なによそれ……。それじゃあ、やっぱり次の勇者を探さないといけないじゃない」
「ふぅむ、お前さんも災難じゃったのぅ。勇者として任命されたにも関わらずそんな状態にさせられるとは」
女性は相変わらずだが、老人は俺の境遇をなぐさめてくれた。やっぱ良い人だ。
「それで、これから俺、どうすれば良いか分からなくて」
「ならば暫くこの村で暮らしてみるかのぅ?」
大変ありがたい申し出を受けた。村人Aにすら劣る俺にとって勇者として旅をするなんて無理よりのムリなのは明らかだ。
「良いんですか?」
ただ優しさだけで言ってくれているのかと思い、訪ねてみる。
「大丈夫ですじゃ。今この村の若い男は皆魔族に奴隷として連れていかれてしまってのぅ。働き手が居なくてほとほと困っておるとこだったのですじゃ」
なるほど、労働力として期待されているらしい。ゴミ虫にすら劣る俺でも畑仕事くらいならなんとかなるかもしれない。そう思って申し出を受けようとしたら、黙って聞いていた僧侶が割って入ってきた。
「何言ってんのよ、おじーちゃん! こいつはこんなんでも勇者なのよ!? 魔王を倒せるちゃんとした勇者を探すのを手伝ってもらうに決まってるじゃない!」
「え?」
予想外の発言に不意を打たれた俺はすっとんきょうな声を出してしまった。
俺の声を聞いた彼女はキッとこちらへ振り返り、俺を指差し言った。
「え? じゃないわよ! 一応あんた勇者なんだから、便利な能力持ってるでしょ。だったらそれを利用しない手は無いの。わかった?!」
「あ、はい。わかりました」
どとうの剣幕に押された俺は思わず返事をしてしまった。彼女は満足したようにふんぞり返ると、老人に向かって俺の思いも知らず話を続けた。
「こいつもこう言ってるし、ちゃんとした勇者を探す旅に出るからね!」
「そうは言ってもニャーニャよ、この人も困っておるんじゃないのか?」
「その名前で呼ばないでおじーちゃん!」
「ぶふっ」
どうやら僧侶はニャーニャさんと呼ばれているらしい。猫か。
見た目に違わず可愛い呼ばれ方に思わず吹き出してしまった。が、彼女の逆鱗に触れることともなってしまった……。
「あんた今笑った!? 笑ったでしょ! 違うわよ、私の名前はニャーニャじゃなくて、サーニャ・ニヤータ! いい? サーニャ・ニヤータよ!?」
顔を真っ赤にして自分の名前を連呼する。やっぱり猫じゃないか。
怒鳴る様も可愛らしくてニヤニヤが止まらないまま返事をする羽目になった。
「わ、わかった。ニャー……サーニャ、さん、ですね」
「笑いながら名前を呼ぶんじゃないわよぉおおおお!」
彼女は叫びながら持っていた杖を思い切り俺に向けて振り切った。
痛恨の一撃。俺は死んでしまった。
薄れゆく意識の中で、彼女――サーニャさんが真っ赤だった顔を真っ青にして俺に駆け寄ってきた。
「…そでしょ?! これく……で倒れ……んてどれだけ貧…なのよ…!」
顔の色をころころ変化させるサーニャさんが面白くて、ついニヤけたまま俺の意識はついに途絶えた。
俺の冒険はここまでだ。
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