エピローグ

第261話 家

 ガラン、ガランと教会から幸せを報せる大きな鐘の音が響き渡った。


「おめでとう! (いつの間に!?)」

「お幸せに! (いつの間に!?)」


 心の声はさて置き、一同に会した人々がふたりの門出を笑顔で祝う。

 新郎は手を振り余裕の笑みを湛え、新婦は手と足がちぐはぐな動きでガチガチに緊張している姿を見せていた。

 

「フェイン! 綺麗よ!」


 ヴァージンロードをちぐはぐと歩くフェインに、ハルヲは満面の笑みで声を掛けた。

 狼人ウエアウルフの兄妹、アルタスとクレアが、マッシュとフェインの手を引いてゆったりとヴァージンロードの上を進んで行く。

 燕尾服で堂々と胸を張る新郎と目を剥く程の緊張を見せる新婦。手を振りながら愛想良く歩くマッシュといつものおさげを下ろして純白のウエディングドレスに身を包むガチガチのフェイン。

 動きの可笑しさが邪魔をしてはいるが、長身に広がるウェーブのかかる髪が美しくたなびく新婦の姿。普通にしようとすればするほど可笑しな事になっていくのがらしいと言えばらしいのだが⋯⋯。

 

 そんな様子も含めて、みんなを幸せな気持ちに包んだ。

 笑みの絶えない式は、会した人達に幸福な時間を与えてくれる。

 厳かに式が進み、ようやくフェインの緊張が解けていった。

 緊張が解けると今度は、嗚咽が漏れ始め、やがてそれは号泣に変わっていく。

 ハルヲもつられて涙を滲ませた。ただ、フェインが見せるあまりの号泣に、一同はまた苦い笑みを零した。


「フェイン、泣きすぎよ」

「だっでぇぇえ⋯⋯、ひっく⋯⋯」


 シルは笑いながら、フェインを諌める。

 マナルはずっと興味深そうに熱い視線を式に向けていた。

 熱のこもる視線にユラは呆れ顔で、マナルの耳元に声を掛けていく。


「あのよ、あのよ、そんなに真剣に見るもんじゃねえぞ。もっとこう、なんだ、肩の力抜いてよ⋯⋯」


 マナルはユラの言葉を待たず、キラキラとした瞳を向けていく。


「私もあんな素敵なドレス着てみたいでス。フェインさん、素敵でス」

 

 マナルはうっとりとした眼差しをフェインに向ける。

 ユラはその姿に首を傾げた。


「着りゃあいいだろ。おまえらも結婚すんだろ?」

兎人ヒュームレピスの結婚の儀式にドレスを着るという慣習はないのでス」

「ああ? そうなのか? それはそれで逆に見てみたいな」


 ぼそぼそとしゃべっているふたりを余所に式は佳境を迎えていた。

 祭壇に並ぶ、新婦の方が少し背の高い立ち姿。

 それでもステンドグラスが映し出す、虹色の逆光を浴びるふたりの立ち姿は一枚の絵画のように、その場に会した人達を魅了する美しさを持っていた。

 

 教会の外で新しく夫婦となったふたりを、今か今かと両端に並び待つ。

 マッシュとフェインが満面の笑顔で現れると、みんなが投げる花びらのシャワーの下を抜けて行く。


「おめでとうー!」


 みんなの祝福の言葉に、マッシュは手を振り、フェインは何度もお辞儀をして見せた。

 フェインはチラっとハルヲを覗き見て、背中越しにブーケを投げる。

 ブーケの軌道はハルヲに向かって柔らかな軌道を見せた。

 

「はっ!」


 シルが華麗な跳躍を見せると、ハルヲの目の前でブーケを掴み取った。

 シルはブーケを掲げ、不敵な笑みを見せる。


「フフフフ、フェイン。甘いわね。あなたの考えなんて、お見通しよ。これで次は私の番ね。さぁ、王子! なんだったらこのままついでに式挙げてもいいわよ」

「なんでだよーー!!」


 シルはキルロに妖艶な笑みを浮かべ、体をぐいぐいと押し付けた。

 【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】の副団長の手から逃れるのは、かなり高難度のミッションだ。

 キルロは必死に離れようともがき、シルは離さないと自らの力を解放する。

 ハルヲは目の前で起きている現実を直視出来ず、体も表情も固まっていた。


「シル! オレ達より目立つな! それじゃ、いつもと変わらん!」


 マッシュの諌める声に、不貞腐れながらキルロから離れ⋯⋯なかった。

 しっかり腕を組んで、当たり前のようにキルロの隣に並び立つ。


「アハハハハハ、相変わらずここは面白いわね~」


 エーシャが他人事のように、やりとりを眺めていた。


「おい! もういいだろう! 早く、飯食おうや!」


 ユラは早々に飽きて、外に用意されている会食席を指差した。


「こっちの結婚式っテ、こういう感じなのカ?」

「私も初めてなので、分かりませんが、多分少し違う⋯⋯かな⋯⋯?」


 黙ってやり取りを見つめていたカズナに、困惑ぎみのエレナが答えた。

 キルロは全てを諦めたかのように、ずっと天を仰ぎ見ている。


「いやぁ⋯⋯、いい天気だな⋯⋯、絶好の結婚式日和で何よりだ⋯⋯うん」


 キルロは誰に言うでもなく、力なく呟いた。





 居間に飾られた、小さな純白の鎧。

 その主は、今はもうここにはいない。

 開け放しの窓を覗き、キルロはまどろむ。

 ぼちぼち仕事を始めないと。

 首に手を回し、そんな事をぼんやりと考えていた。


「ごめんくださーい」


 聞き覚えのある声が店先から聞こえた。

 少し戸惑いを覚える呼び声に店先へと向かう。


「やっぱり、アルフェンか。何だってこんな所に」

「先日、マッシュ・クライカとフェイン・ブルッカの結婚式があったって聞いてね。体調も良くなったと思って、伺わせて貰ったんだ」

「こっちも中央セントラルに顔出さなきゃとは思っていたから、ちょうどいいと言えば、ちょうどいいんだけど⋯⋯今日はひとりか?」

「まあね」


 広くない居間の簡素なテーブルセットにふたりは腰を下ろす。

 世界の命運を握っていたふたりの構図と考えると、ありえないほど地味な絵だ。


「なんもないけど、どうぞ」


 アルフェンはテーブルのお茶を口に含むと、少し驚いた顔を見せた。


「これはどこのお茶だい? ほんのり甘くて、とても美味しいね」

「だろだろ。兎人ヒュームレピスの特製のお茶だ。アルバの特産にしようと画策中」

「へぇー。そうなったら是非とも購入させて貰うよ」

「そいつはどうも。さて、本題に入ろうか」


 キルロもお茶をひと口啜り、アルフェンに相対した。

 柔らかなオッドアイの瞳はいつものように笑みを絶やさない。


「そうだね。まずは、ありがとう。この世界についてもそうだけど、兄を苦痛から解放してくれて。今回の黒素アデルガイスト⋯⋯黒い精霊エレメンタルって言った方が分かりやすいかな。いろいろイレギュラーが多かったよ。ウチの兄の件もそう、黒い精霊エレメンタルに心を侵されてしまったのかもって⋯⋯そう考えるといろいろ説明がつくよね」

「ハルヲの話を聞いてなんとなくそんな感じはしたけど、やっぱりそうか⋯⋯」

精霊エレメンタルにも意思はあるからね。黒い精霊エレメンタルは、人を憎み世界を黒く塗り潰したい、その為に手っ取り早く兄を利用したのかも知れない。長い時間黒素アデルガイストにあたっていた。憶測だけど、多分そう⋯⋯」

「黒い精霊エレンメタルが、兄貴をたぶらかしたって事か?」

「そうそう。そうだと思いたいって気持ちもあるけどね」


 アルフェンの語尾に少しばかりの悲しみが見て取れた。

 その姿にキルロは溜め息を漏らす。


「そういや、アントワーヌの持っていた聖剣は、なんでキノを斬れなかったんだ? キノは『キノだから』って言っていたけど、訳が分からないんだよな」

「ハハ、その言葉通りだね。白の聖剣エクスカリバーの素材は白素アルバガイストだからね、彼女の言う通り。彼女と白い聖剣エクスカリバーは同じもの、斬れるわけがない」

「うーん? 良くわかんねえけど、まぁいいか」

「それより、今回の門は一角獣ユニコーンだったらしいね。しかも攻撃してくるなんて思いもよらなかった。危険な目に合わせてしまって申し訳なかったと思っている」

「いいよ、別に。今はふたりともぴんぴんしているから。普通は攻撃して来ないのか?」

「伝承なので、本当かどうかは分からないけど。門や扉、洞口みたいな形を成していたと僕達は聞いている」

「門や扉⋯⋯だから、鍵か⋯⋯」

「多分、黒素アデルガイストの門を白い聖剣エクスカリバーで消し去っていたんじゃないかな」

「消し去るって所は、今回も同じだな」


 ふたりは揃ってコトリとテーブルにカップを置いた。

 アルフェンの瞳に少しだけ鋭さが宿る。


「そうそう、アッシモ達を捕まえて尋問しているけど、なかなか難しいよ。焦る必要もないし、こっちは長期戦だね」

「やっぱり、全容解明するのか?」

「出来なくてもいいかなって、個人的には思っているけど。やるべき事はすでにしている。なんとか終わったし、今さら解明してもっていうのが本音。内緒だけど」


 アルフェンは、いたずらっぽい笑みを見せた。

 終わった事を、今さらほじくり返す必要はないか⋯⋯。

 オレもさして興味はないかな。


「あ、でもオット辺りは解明したがりそう」

「そう。だから彼らに任せている。僕もアステルスも勇者は引退だしね」

「え?! そうなの? 誰か代わりはいるのか?」

「アステルスの子供とか、僕の子供が引き継ぐ事になるのかな。ふたりとも結婚すらしてないけど」

「引退してどうするんだ?」

「アステルスは父の跡を継ぐ為に中央セントラルで役職に就くよ。僕はどこか田舎にでも行ってのんびり牧場でもやりたいね」

「そらぁ、また随分な方向転換だな。中央セントラルに残らなくていいのか?」

救済者メシア様が、この地に安寧をもたらしてくれたからね。僕らの出番はこれにて終了」


 アルフェンは笑顔を浮かべ、大仰に両手を広げて見せた。

 大仰な物言いにキルロは苦い顔を返す。

 勇者のふたり⋯⋯、いや三人か、今まで大変だったと考えるとここで解放ってのも大ありか。


「お疲れさん。まぁ、ゆっくりと過ごせるならそれでいいやな。あ、そっか! 引退だから今日はひとりなのか」

「それもあるし、まだ残処理に追われているよ。そちらは中央セントラルに任せてくれればいい」

「何か申し訳ないな」

「気にしないでいいよ。その為の中央セントラルだから」

「そう言われてもなぁ、何もしてないからな」


 キルロは後ろ手に苦い顔で頭を掻いた。

 アルフェンはニコリと笑みを見せ、お茶を口へと運ぶ。

 

他愛もない会話を交えながら談笑は続く。

 勇者と呼ばれていた者と、自分がこうして普通に話しているのが、一歩引いて見ると不思議な光景に思えた。

 まさか、こんな日が来るとは夢にも思っていなかったな。


「⋯⋯精霊エレメンタルが装備していた物は、恩恵を受けているから聖剣や聖なる鎧になっているはずだよ」

「そうなのか!?」


 キノが使っていたナイフは冒険を続けるというマッシュとフェインに一本ずつあげたと話すと、もったいない事したねとアルフェンは大笑いしながら教えてくれた。

 ふたり揃って黒素アデルガイストが溜まっている【吹き溜まり】に潜るとも言っていたし、役立てくれるならそれでいいか。

 

「それでは、また」

「じゃあな」


 すっかり、長話をしてしまった。

 アルフェンにも笑顔が戻って良かった。きっといろいろなものから本当の意味で解放されたのだ。

 そしてアルフェンの話を聞いて改めて思う、この世界はまだまだ未知に溢れていると。





 岩肌を撫でる。

 奥に眠る石の気配を読み取るべく、土くれを優しく撫でていく。

 精霊エレメンタルの恩恵とやらで、レア鉱石を引き当てたり出来ないかな。

 このへんはどうだ。

 腰に携えた、小さなピッケルを握り締める。

 アダマンタイトの刃先で岩肌を削っていった。

 コツンと何かに当たる感触。

 優しく岩を削って行く。

 岩肌から現れたのは至って普通の鉄鉱石。

 ガックリと肩を落とし、削り出した。

 あいつ本当に精霊エレメンタルだったのか? レア鉱石のひとつやふたつ引き当てたっていいじゃん。

 嘆息しながら、背中のバッグパックに鉄鉱石をしまう。


「今日はこれくらいで戻るか」


 森に出来た獣道、夕方には少し早い午後の陽射しを森の木々が遮った。

 湿り気を帯びた空気に、緑の香りが鼻腔をくすぐる。

 成果の薄い今日の結果に肩を落とし、トボトボと歩いた。

 うーん。

 何かの視線を感じる。

 黒素アデルガイストが減ったといっても、人を襲う動物系のモンスターには関係ない。

 低く威嚇する唸り、ダイアウルフか。

 修羅場をいくつも越えた(多分)、オレ様を舐めるなよ。

 キルロは異形の剣を構える。

 10Miほど離れた所に1Miを超えるダイアウルフが1、2、3⋯⋯。

 そんな数なら刀の錆にしてやる、4、5、6、7、8、9⋯⋯。

 ⋯⋯そうか。

 刀をそっと戻し、踵を返し疾走する。

 20はダメだ! 鉄鉱石で怪我するなんて割に合わん。

 ダイアウルフの群れがキルロに迫った。

 その距離は、じわりと縮まって行く。

 焦る心が拍動を激しくさせた。

 森を掻き分け、必死に駆け抜けて行く。

 あれだ!

 飛び乗るのにちょうどいい、枝ぶりの太い木を見つけると、一目散に飛びついた。

 ひとまず大ぶりの枝から下を覗き込む。

 餌を求める狼の群れが、木の根元から上を見上げ低い唸りを上げていた。

 荒い息はなかなか落ち着きを見せない。

 困った、相手するには数が多すぎる。

 行けない分けじゃないんだ。レア鉱石でも持っていれば、こう、やる気も出て斬り刻んでやる所だが今日は日が良くない。うん。

 逃げる言い訳を自身に言い聞かせ、納得する。

 そういや、キノと出会った時もこんな感じだったっけ。

 出会った瞬間の事を思い出す、脳裏に浮かぶあの日の事⋯⋯。


「スピラ! グラバー! リックス! ゴー!」


 良く知る声に、現実に引き戻される。

 ダイアウルフの群れに飛び込む三頭のサーベルタイガー。

 それをフォローするかのように放つ矢が、ダイアウルフを貫いた。

 狼の群れは分が悪いと、あっという間に方々へと散り散りになって行く。

 その様子を確認し、ハルヲは大木の下へと駆け出した。


「大丈夫ですかー! って。チッ! あんたか」


 大木を下りてきた男の姿にハルヲは顔をしかめ、盛大に舌打ちをした。


「いやいや、どもども。助かりましたよ。いやいや、本当にね」

「チッ!」


 舌打ちで返事するハルヲの姿に、キルロはそろそろと大木を下りた。

 そっぽを向くハルヲにキルロは頭を掻きながら、どうしたものかと逡巡する。


「そんなにカリカリしなくても良くない? オレ別に悪い事してないよね」


 ハルヲは腕を組み逡巡する。

 顔をしかめ、うーんと唸って見せた。


「確かにそうね。あんたの顔見た瞬間、一生懸命やって損した気分になった」

「なんだよ、それ!? それはそうと、クエイサーは?」

「クエイサーはキノと同じように自分のうちに戻った。もう十分尽くしてくれたから」

「そうか。ガキの頃からだろ? 長かったよな」

「そうね。まぁ、ちょいちょい会えるから、そこまでの寂しさはないわ」

「そっか」

「まったく、あんたも人騒がせね」

「いやぁ、面目ない」


 ハルヲはひとつ溜め息を尽き、気分を入れ替える。

 口元に笑みを湛え、その青い瞳でキルロを一瞥した。


「さぁ、私達もうちに帰ろう」


 その言葉にキルロも微笑んだ。


「そうだな」


 ふたりは歩きだす。


「あんた、ネインの所には行ったの?」

「行ったさ。すげぇ、花だらけだったよ。まぁ、みんな行くよな」

「ネインも大変よね。同じ話を何度も聞かされて」

「ハハハ、確かに! そういやこの間アルフェンが来てさ⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 他愛もない会話は森を抜ける風が空へと舞い上げ北へと運ぶ。

 陽は落ち始め、夜へと向かい始める時。

 うちへと帰るふたりの影を夕陽が長く伸ばしていくと、寄り添うふたりの影が、街道に長く映し出された。

 

 fin

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鍛冶師と調教師ときどき勇者と 坂門 @SAKAMON

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