奇絵画
目が覚めると、朱は池の中にいた。自分が、鶏の脚を持つ鯉の姿になっていることに気づくまでには、それなりの時を要した。それが分かった時、朱は激しい後悔の念と共に、自死を思った。そうしてわざと水面から跳ね、陸に打ち上げられて太陽の下に己の身を晒してみたものの、乾きの苦しみを得るだけで、死ぬことは出来なかった。
池は存外に広かった。水草や貝、それから水中に落ちてきた虫などを食べながら、己の身について考えてみた。思えば、自分がこのような怪魚に姿を変えてしまったのは、あの少年によるものとは思えなかった。寧ろ、なるべくしてなったとしか思えない。自分は、己の中の獣に負けたのだ。己の内にいた獣に負けたからこそ、それが表に出てきたまでのこと。
世の中に思いを馳せれば、同じような人面獣心の輩が、天下にどれほど多くいることだろうか。聞けば、今の天子である楊堅なる男だって、
今はまだ、こうして人らしい思考にも堪え得るが、しかし郭の言う所によれば、そうした人らしさも次第に失われて、一匹の獣となってしまうという。しかしそれも、別にどうということもなかった。何故なら、自分は元々、人間でなかったのだから……
隋が滅び、代わって
その唐の
遣唐使船に乗って、遠路はるばる長安へとやって来た
彼が国へ帰ることになった最後の晩のこと、松野と杜秀は別れを惜しみながら酒を飲んでいた。その酒の席で、松野は奇妙なことを言い出した。
「この間酔っ払ってたらさぁ、いつの間にか知らない場所にいたんだよ。帰り道も分からなくて心細くてさ。」
「はは、そりゃ大変だ。して、その後どうした。」
杜秀は身を乗り出して、松野の話に聞き入った。二人とも段々酔いが回り始め、頬の辺りが
「どうしようかと困ってたらぼろぼろの廃屋があってな、中に誰もいないようだったから、其処で夜明けまで寝て過ごしたんだよ。まぁこうして生きてるからには危ない目には遭わなかったんだが……というより寧ろ良いことがあったのさ。」
「へぇ、良いこととは。」
「朝にその廃屋の中に絵が幾つかあってな、誰が描いたのかは分からないんだがこんな所でぼろぼろになるのも可哀想な話なんで持って帰ったんだよ。それが凄い出来栄えの絵なんでお前にも見せてやりたいと思ったんだが、せっかくなんで帰る前に見せてやりたいと思ってな。」
「なるほどそりゃ不思議な話だ。」
明くる日、松野は行方を晦まし、日本国へ帰る船は松野を乗せずして出航した。その後、松野が人の前に姿を現すことはなかった。
この船に乗っていた日本国の僧
絵の中で、少年はうっとりとした目つきで笑みを浮かべている。まだ見ぬ新天地に、期待を込めるかのような目で——
奇絵画 武州人也 @hagachi-hm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます