私の恋の終わり方

秋月月日

私の恋の終わり方

「好きな人ができた」


 運動場では野球部とサッカー部が大声を張り上げ合い、体育館ではバスケ部がシューズの音を響かせる、そんな放課後。

 いつものように小説を書いていた私に、優柔不断なことぐらいしか特徴がない我が幼馴染みこと相沢恭弥がいきなりそんなことを言ってきた。


「……はい?」

「いや、だから、好きな人ができた。同じクラスの森山さん」

「ま、待って、ちょっと待って。ただでさえ不意打ちだったのに畳みかけてこないで」


 こいつに好きな人ができた? え、こいつに? いつも私と一緒にいるはずのこいつが? ……は? 何で? そんなのおかしくない?

 頭の整理が追い付かない。喉が一気に干上がるのを感じる。いや、事実、私の喉は砂漠にでもいるんじゃないかってぐらいに干上がっていた。

 恭弥から視線を逸らし、破裂しそうな心臓を胸の上から押さえつける。込み上げてくる吐き気を根性だけで抑え込み、なんとか自分を落ち着かせようとする……が、全然うまくいってくれない。


「……ごめん。いきなりすぎるよな。でも、こういうことは、幼馴染のお前にしか相談できないからさ」

「あ、うん……そう……それは、まあ……」


 言葉を上手く紡げない。

 当たり前だ。

 だって私は――こいつのことが好きなのだから。


「……いつから、森山さんのことが好きだったの?」

「高校に入学してから、かな……恥ずかしながら、その……一目惚れ、です。あはは……」


 高校入学の時からって、今もう二年生の夏だよ? と言うことは何? 私は好きな人が他の人のことを好きなのに、それに気付かずずっと一人で青春を謳歌していたと思い込んでいたってこと? ……何よそれ。恥ずかしすぎて消滅したくなるんだけど。


(……いや、落ち着け私。もっと問題にするべきことがあるはずよ)


 そう。ぶっちゃけ驚きは隠せないし心臓はずっとばくばくいってるし正直こいつぶん殴ってやりたいけど、問題はそこじゃない。

 今、一番の問題は――


「……それで、どうしてそれを私に言ったの?」

「あはは……そ、その、さ。こういうことを幼馴染みに頼むのは自分でもどうかと思うし、正直な話、ちょっと恥ずかしくはあるんだけど……」

「もったいぶらずに早く言いなさいよ」

「う、うん。え、えっと、その……俺が森山さんと付き合えるように、協力してほしいんだけど……」


 ——やっぱりか。

 予想はしていた。本音を話せる幼馴染みに好きな人がいると打ち明けたのだ。目的はそれぐらいしか考えられない。

 うん、わかった。幼馴染の頼みだもんね。協力してやるわ。——そう言えたらどれだけ楽か。大切な幼馴染みの願いを叶えてあげられたら、どれだけ嬉しいか。

 でも、無理だ。絶対に無理。

 だって私、こいつのことが好きだもん。


「……そんなに森山さんと付き合いたいの?」

「あ、ああ。森山さんと恋人同士になりたい」


 さて、どうしたものか。

 今、私の恋は終焉を迎えようとしている。気を抜けばすぐにでも涙がこぼれてしまうことだろう。私のガラスメンタルをあまり舐めないでほしい。十年来の恋が終わろうとしているのだ。泣かないはずがないだろう。


(だけど、ここで泣いたって状況は好転しない)


 そう。大事なのは悲劇のヒロインになることじゃない。

 私が今、何をするべきなのか。それを考えるべきだ。


(正直、こいつとの恋を諦めたくはない)


 恭弥とは幼稚園の頃からの付き合いだ。この世の誰よりも恭弥の傍にいた自信がある。ポッと出の森山さんなんかに恭弥を取られて良いほど、私たちの関係性は稀薄じゃない。だって十年だよ、十年。途中で年号も変わったし。……いやそれは関係ないか。


(でもなぁ……恭弥は本気で頼んできてるしなあ)


 こいつの恋心はきっと本物だ。幼馴染の私には分かる。だから、こいつに森山さんを諦めろと諭しても絶対に無駄骨になる。

 ……ん? 諦める?


(恭弥が森山さんを諦めないのなら、森山さんに恭弥をフラせればいいんじゃない!?)


 これぞ発想の転換。ほんと天才。私、超天才。今ならノーベル平和賞も夢じゃない。

 思いついたアイディアの素晴らしさを噛み締めつつ、私は恭弥にそれはもう晴れやかな笑顔を向ける。恭弥がちょっと引いていたが、全力で無視した。


「そっかぁ……恭弥がそんなに本気なら、協力してあげないとねー」

「ほ、本当か!?」

「うんっ! 他でもない幼馴染みからのお願いだもの。断る理由なんてないよ」

「あ、ありがとう……本当にありがとう、幸美!」


 心の底から喜ぶ恭弥。

出だしは好調。あとは恭弥に協力しながら私への好感度を上げ、そして恭弥に間違ったアプローチをさせて森山さんから嫌われるように仕向ければ、恭弥は無事に失恋。傷心気味の恭弥を私が慰め、恭弥は私の大切さに気付き、ハッピーエンドッッッ!

なんという素晴らしい作戦だろう。自分の才能が恐ろしい。私、普通の女子高生なんてやってていいのかしら。


「そ、それじゃあさ、早速なんだが、どうやってアプローチすればいいと思う? まずは食事に誘うところからかな!?」

「ばーか。大して仲良くもないくせにいきなり食事なんて段階すっ飛ばしすぎよ。大丈夫、この恋愛マスター・田中幸美さんに任せておきなさい。絶対にあんたと森山さんを学園一のお似合いカップルにして見せるから」


 嘘だ。学園史上例を見ない失恋に陥れてやる。私の本気をなめるなよ。


「た、確かに……じゃあ、何をすればいいんだ?」

「そうねぇ……あっ。こんなのはどうかしら――」


 泣き喚く恭弥を抱き締め、雨の中で二人でキスを交わす光景を思い浮かべつつ、私は恭弥失恋計画を密かに始動させた――






 ——失敗した。

 いや、もう、これでもかってぐらい失敗した。そんなことある? ってぐらいに全力で失敗した。

 そもそもの問題として、私に恋愛術の知識はなかったのだ。知識がないことには、間違った方法を取らせることもできない。その場その場でテキトーな案を出しては恭弥に実行させると言う場当たり的な行動しかとれないのは、普通に考えるまでもないことだった。


 結果として、恭弥と森山さんはとても仲良くなってしまった。


「あははっ。恭弥くんったらー」

「ははっ。いやぁ……あはは……」


 公園のベンチで並んで座り、幸せオーラを周囲に撒き散らすバカップルを遊具の陰から見守る私。え? なんでこんなことをしているのかって? 今日、恭弥が森山さんに告白するからですが何か?


(失敗しろ失敗しろ失敗しろ失敗しろ失敗しろ失敗しろ失敗しろ……っ!)


 ありったけの怨嗟を視線に込めて恭弥に送る。しかし、彼は気づいていない。私に見守っていてくれって頼んだくせに、あいつは私のことなんか眼中になかった。あいつの目に映っているのは、可愛く笑う森山さんの姿だけ。


「それでさー」

「ふふふ」


 あーほんま幸せそうっすねー。私のこのやるせない気持ちを知らずにほんまこの世で一番幸せそうっすねー。私、もう帰っていいっすか?

 どうせこのままここにいても意味ないし。なんかもう失敗しまくったから諦めがついたっていうか、もうこの後の展開は読めてるし。えーえー先に帰って部屋で大号泣でもしてやりますよ。あーあ、ほーんと青春ってクソだわ。

 首振り肩竦め溜め息零し、遊具から離れようとする――が、しかし、その瞬間、恭弥が意を決した行動に出た。


「あ、あのさ、森山さん! だ、だだだ大事な話が、あるんだけど!」


(な、なんだその突拍子もない違和感バリバリの切り出し方はぁああああああああーっ!)


 慌てて遊具の陰へと戻り、気配を消す。周りに人がいなくて本当に良かった。ただでさえセンチメンタルなのに通報されたりしたらもう立ち直れる自信はないし。


「だ、大事な話、って?」


 森山さんは目を見開き、口元に手をやりながら恭弥を見つめる。驚いている様子だが、同性である私には分かった。彼女は、何かを期待している。


「そ、その……えっと……じ、実は、俺、その……ずっと……」

「う、うん……」

「ず、ずっと……森山さんのことを、す、すすす好きでした! お、俺と、付き合ってくくください!!」


 フラれろ、こっぴどくフラれろ――この場において、私はそんなことを思ってしまった。もう無理だって分かってるのに、計画はすべて失敗したから願いは叶わないって分かってるはずなのに、私は、まだ期待を胸に抱いてしまっていた。


「…………」


 森山さんは目を見開くが、ゆっくりと表情を変えていく。

驚愕から、歓喜に。

私の望んだ表情ではなく、恭弥が願った表情に。


「……はい、もちろんです。私も、あなたのことが好きです、恭弥くん」





 ——気づいたら、自室のベッドに寝転がっていた。

 いつ、どのタイミングで公園を飛び出したのか、正直、全然覚えていない。森山さんが恭弥に想いを伝えた瞬間から、私の記憶は飛んでいる。

 残っているのは、深い絶望と、拭いきれない悲しみだけ。


「……好きです、か」


 たった四文字。口にすると二、三秒にも満たない言葉だが、人の関係性を大きく変えてしまうあまりにも危険な銃弾。口にしたが最期、どんな形であれ、元の関係に戻ることを絶対に許さない、運命を強制的に変えてしまうスイッチ。


「好きです……好き、です……」


 口から言葉が零れ出る。大切な、ずっと好きだったバカに伝えるべき言葉が、ぽつぽつと、唇を通って吐き出される。


「好きです……わたし、は……恭弥……きょうやぁ……」


 あいつの笑顔が、あいつの優しさが、あいつとの時間が、どうしようもなく好きだった。あいつが私のことを女として見ていないことは分かっていたけど、それでも、あいつと一緒にいられる時間が本当に好きだった。この世で最もかけがえのないものだった。


 でも、もう、その時間は訪れない。

 あいつの全ては、もう、私じゃない女のものになってしまった。


「好きだよ……本当に……ずっと……好きだった……」


 早く言えばよかった。今の関係性に甘んじてなければよかった。居心地が良いからと、快楽にも似た安心感に身を委ねていなければよかった。


「うっ……くっ……うぅ……きょうや……きょうやぁ……好き……好きなの……なんで……わたし、こんな……もう……うわああああああああああああああああっっ!!!」


 喉が枯れるまで叫んだ。

 涙が枯れるまで喚いた。

 このどうしようもない後悔を、やるせない悲哀が私の中から消えるまで、ただ、ただただ、泣き続けた。





「……お前、何でそんなに目が腫れてんだ?」

「…………感動モノの映画を遅くまで観ていたからよ」

「お前がそんなになるまで泣くなんてよっぽど面白いんだなー。今度貸してくれよ」

「……気が向いたらね」


 翌日。バカは当たり前のように私と登校していた。


「ていうか、なんで私と一緒に通学してんのよ。森山さんと一緒に学校行きなさいよ」

「そ、それは、まあ……えへへ……」

「なにニヤニヤしてんのよ惨たらしく殺すわよ」

「こえーよ! 何で朝一番からそんなに殺意たけーんだよ!」

「ほんとうっさいわね……いいから質問に答えなさいよ……」


 めでたく恋が実ったあんたと違ってこっちは夜通し大号泣するぐらいの大大大失恋を経験したばっかりなんだっつの……。

 バカは一回溜め息を零すと、照れ臭そうに頬を掻きながら、言った。


「森山さんと通学したいっていう気持ちはあるけど、家の場所が真逆なんだよ。……それに、お前とこうしてバカ言いながら通学するのは楽しいしな」

「…………」

「お、おい、なんだよその顔。何とか言えよ。こっちが恥ずかしくなるだろ!?」

「……っ、はあああぁぁぁぁぁぁぁ~……」

「なんでそこで超ド級の溜め息吐くんだよ!」

「うっさい……こっちの気も知らないで……あーもー、ほんとうっさい……」


 百や千じゃ足りない、膨大な感情をすべて吐き出し、とりあえず浮かんだ怒りの感情を張り手としてバカの尻に叩き込む。


「あだぁっ!?」

「……ほら、さっさと学校行くわよ。このバカ」

「何でいきなりバカ呼ばわり!? 今日のお前なんかおかしくない!?」

「おかしくないわよバカ。デリカシー無し男。うざすぎリア充。惨たらしく爆散すれば?」

「悪口を畳みかけるな――って、おい、こら、逃げるな!」


 追いかけてくるバカに舌を出しつつ、私は学校へと走り出す。

 もう叶うことなんて有り得ない恋心を、胸の奥に燻ぶらせながら―――。

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