最終話 理想は夢の中で
「はあ……」
「あのさ。悪いトコあったら言ってくれよ。さっきから、ため息ばっかじゃん」
目の前には憮然としたカレヴァ。
うっかりしてたわ。憂鬱な予定が控えているから、つい上の空になってしまっていたのね。
「ごめんなさい、あなたのせいじゃないの。この後の事を考えるとね……」
「あとって、実家に帰るって言ってなかったか? 帰りたくないわけ?」
「……そうよ。ウチは両親が妹ばかり大事にしていてね。家に帰っても、小言をもらうだけよ」
貴方とは逆ね。私はエクヴァルと同じ、愛されない方の立場だから。だから彼の
気持ちがわかる。貴方は解らないわ、謎の生態よね。
「あー、ゴホン。何か忘れてね?」
背筋を伸ばして、仰々しく咳払いをして見せている。
「何かって? ここの支払い?」
「デートで払わせたこと、ないだろ!! ちげーよ、俺だよ! そんなつまんねえ家なら、一緒に行ってやるっての!」
「……ええ、出来るの貴方? ちゃんとしたあいさつ」
「……バカにしてるか?」
不満そうに口を尖らせるカレヴァ。実家に行くなんて言うと思わなかったわ。住んでいる場所は知りたがったけど、家族の事とか、聞かれた事がないのに。
「不安にしてるわ。まあ、どんな態度をとっても構わないけどね」
「どういう意味だよ」
「私のフルネームは、アナベル・ロバータ・ハットン。知ってるでしょ、ハットン子爵」
家名を聞いた彼は、目を丸くしている。
「……え? お前、ハットンのトコの?」
「うふふ。侯爵家次期当主、失格」
うちとはそれは関係がある家なのよね。
でも伏せて会ってもらうのも面白いかも。彼は社交界にあまり顔を出していないし、私の両親は彼の兄である長男の方しか覚えていないと思うわ。
カレヴァの真っ青な髪は侯爵夫人譲りで、声は侯爵に少し似てる。気付くかしらね。彼と出会って私、前より嫌な女になったんじゃないかしら。でも楽しいわ。
馬車に乗って、私の実家であるハットン子爵邸に二人で向かった。
ふふ、両親は彼に気付くだろうか?
使用人に迎えられて久々に玄関をくぐる。
妹は使用人にあまり好かれていないので、私が帰るとみんな喜んで迎えてくれる。妹のダーシー・ヘイマー・ハットンは、身分の高い男にしか媚びないから。解りやすいわね。
「よく帰ったな、アナベル。その男は誰だ?」
父であるハットン子爵。やはり解らないみたい。
「また違う男性? いい加減になさい、アナベル……」
母であるハットン子爵夫人。貴女のもう一人の娘も、大概なものですよ。
「お姉さま、私の結婚式にはその方といらっしゃるの? 粗野な印象ですけど、汚さないで頂きたいわ」
マナーは大丈夫じゃないかしら。うちより立派な貴族ですから。
「初めまして、カレヴァと申します。侯爵家の次男です」
「挨拶くらいは出来るようだな。侯爵家の次男、ね……。悪いがウチは妹のダーシーに継がせるんだ。家が目当てなら、諦めるんだな」
やっぱり挨拶ができないのは、父でした。わざと家名を名乗らず次男というあたり、エクヴァルの兄なのねえ。相手を探るいやらしい感じが、そっくりだわ。
子爵より侯爵の方がよほど格が上なんだけど、通常は次男だと爵位は継げない。それに私の相手だから、こんな素っ気ない態度をしているんだわ。
「初めまして、ダーシーの婚約者でシリル・アーロン・マクレガンです。よろしくお願いします」
マクレガン子爵の御子息は、穏やかで温厚な人物なのよね。妹に騙されてるくらいには。
シリルはカレヴァと握手を交わしている。彼は苦笑いだし、もしかして解っているのかも。でも婚約者の父をたしなめるなんて、出来る性格じゃなさそうね。
「お姉さま、その男性と結婚されるんですか? それともまた、遊び? 私はシリルとこの家を継ぎますの。お姉さまはどうさるおつもり?」
なぜか勝ち誇ったようなダーシー。
もっと高位の貴族の奥方に収まろうとして、上手くいかなかったからうちを継ぐのに。シリルは同じく子爵家の次男で、次ぐ爵位がないからちょうど良かったのね。扱いやすそうだし。
「一つ確認したいんですが。アナベルと俺が結婚するのは、反対しないワケ?」
「反対なんて、致しませんわ。援助もしませんけどね」
母は当てにしないでちょうだい、とけんもほろろだ。
妹の我ままを叶えて散財しているのは知ってるから、あてにもしていないんだけど。私はちゃんと殿下の側近として働いて、稼いでいたし。
「……援助……、ぷはっ。もう駄目だ、俺これ以上、ムリ!! 笑っちまう!!」
「何がおかしい!? 君は知らんかもしれんが、我が家は高貴な侯爵様に信頼され、広大な領地の運営を任されている。子爵の中ではかなり、裕福な方だと思うがね!?」
「ハットン子爵、それは……」
ダーシーの婚約者のシリルが、慌てて止めようとする。しかしもう遅かった。母まで声を張り上げる。
「私も旦那様も、その下品な男と結婚する事を止めたりしませんとも! ええ、好きになさい、アナベル!」
「いいってよ。だからアレだ」
彼は笑うのをやめて突然こちらに顔を向け、私の前に跪いた。
「侯爵夫人になってくれ。アナベル・ロバータ・ハットン」
なんでここでプロポーズなの!?
答えられずにいる私をよそに、父親はカレヴァに侮蔑の目を向けた。
「侯爵夫人? 次男では継げないではないか。おかしな夢を見るものだ」
「……。おっと、言い忘れてた。俺のフルネームは、カレヴァ・タイスト・カールスロア。ハットン子爵家に領地を任せている、カールスロア侯爵家の跡継ぎだよ。兄が大恋愛の末、男子のいない伯爵家の娘と結婚して跡継ぎに入ったのは、有名な話だろ」
「カールスロア様!??」
妹のダーシーが声を高くしている。狙いを定めた感じだけど、婚約者の前でいいのかしら。
「姉は色々な男性と浮名を流したような女性なのです。私はカールスロア様が心配で……」
猫なで声で涙まで浮かべるダーシーを、カレヴァはハンッと鼻で笑った。
「悪い。俺、面食いなんだ」
「え……?」
私よりも可愛くて女らしいという自負があったから、拒絶の言葉に呆然としている。よりにもよって、面食いだから、なんて。
貴方ってホント、何を考えているんだか解らないわ!
みんな、彼女の方が可愛いって言うのよ。
「あ、そうそう。父上がハットンが不正をしてるんじゃないか、近年どうも税収が少ないって疑ってたぜ。アナベルの親だから教えとくけど」
どうなるのか、少しは解ってたつもりだけど。
なんなのこれ、皆絶句してるわ! どういうプロポーズの演出?
貴方って……とんでもないわね! 最高よ!
「次はおじ様にご挨拶ね」
実家から現在住んでいる家に帰る馬車の中で、隣に座るカレヴァの膝を叩いた。
「へ? おじさまって、ウチの親?」
「そうよ。領地の視察に同行させて頂いたり、父の代理でちょっとした報告に行ったりもしたから、何度もお会いしているわ。貴方よりたくさん会ってるくらいよ」
貴方は一度も、領地運営に興味を示さなかったわね。次期侯爵なのに。不正されたのが貴方なら、見抜けなかったわよ。
カレヴァは間の抜けた顔で私を見てる。
「マジで……?」
「マジです。貴方、もっと仕事なさい。安心して、私が根性を叩き直してあげるわ!」
このダメ男を、一人前の侯爵にするのが私の仕事だわ。殿下の御為にもなるしね、一生かけて仕立て上げてあげる。
「うわあ、勘弁~!!」
「もう決めたの。しっかり、貴方を教育します!」
「俺の理想の甘い結婚生活は!?」
「夢で見ていらっしゃいな」
「ひでえええ!!!」
ガラガラと走る馬車の中で、カレヴァの叫びが響いていた。
おわり。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ちなみにカールスロア侯爵家は、男三兄弟。侯爵は娘も欲しかったそうです(笑)。
アナベル 神泉せい @niyaz
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます