第八話 向かい側の席
またカレヴァとデートすることになった。
やっぱり少し離れた町で。どうも王都は落ち着かないわ。
「なーなー、アナベル」
「なに?」
「お前って何の仕事してんの?」
パスタをフォークに巻き付けながら、聞いてくるカレヴァ。
この前の時に私の家を知らなかったから、バーの店員に聞いてみたことが恥ずかしくて、もっと知ろうと思ったらしいわ。
「それなのよねえ。ちょっと内容が変わりそうなの」
「ほあ? なんでだ?」
「もっと表に出る仕事になるのよ。私、貴方の弟と同僚なのよ」
彼はパスタを巻きつけ過ぎたフォークを口に入れて、大した噛まずに飲みこんだ。
「……む、ぐふっ、ちょっと待て! まさか、お前……」
「貴方が入隊審査で落ちた、皇太子殿下の親衛隊に所属してますけど?」
とはいえ任務の内容が内容だったから、家族にも詳しい事は秘密だったのよ。まあ、私の家族は私の仕事なんて興味も持たなかったけどね。
スパイですって名乗る諜報員なんていないわ。本当は我が国にも諜報機関はあるんだけどね、殿下の政敵の身内が入り込んでいたから頼れなかったの。今はそれを排除できたから、専門の機関に任せていくことになりそうなのよね。
カレヴァは水を飲んで、コップを乱暴にテーブルに置いた。
「もう、零れるわよ」
「お前が驚かすからだろーが!!」
知らないふりをして、追加の飲み物を注文しちゃいましょ。
「私は紅茶。貴方はリンゴジュースよね?」
「そーだけど」
憮然とした表情でこちらを見ている。
「他に聞きたい事は? カレヴァ・タイスト・カールスロア様」
「……お前って、俺の評判知ってたワケ?」
「礼儀知らずの乱暴者ってくらいは」
かなり噂になってるし、弟のエクヴァルは同僚だからね。エクヴァルはあんまり彼の事について、話したがらないけど。
困ったように、ガシガシと頭を掻く。
「良く付き合う気になったな……」
多少自覚があるみたい。
「私もそう思うわ。趣味が悪いわよね」
「悪いのは口だろ」
しばらくして運ばれてきたリンゴジュースを、彼は一気に飲み干した。
彼の腕が、柔らかく私を包む。いつもなら痛いと言って、緩めさせるのに。
「今日は優しいのね」
「……病み上がりだろ、俺だって気を遣う」
胸板に頬を摺り寄せた。
「もっといつも優しくしてほしいの」
「苦手なんだよなあ……」
苦笑いで私の髪をかき上げて、額に唇を落とした。鼻筋を辿ってゆっくりと下がり、お互いのそれが合わさる。手が背中を撫ぜると、体がゾクリと震えた。
ずいぶん久々に抱き合った気までするわ。
胸に埋められた彼の顔を抱きしめた。指の、舌の感覚に熱が生まれる。
「……んっ」
「辛かったら言えよ」
「へいき……、よ」
絡められた指にギュッと力を籠めた。
ゆっくりと、彼が私の中に侵入してくる。
まるでずっと待っていたように、迎え入れて。
「カレ……ヴァ」
激しい奔流に、身を任せるの。
朝を迎えるのは初めてね。いつも私は帰るから。
カーテンから漏れる光に、カレヴァの顏が照らされている。
「ん~、まぶしいっての……」
寝ぼけながら抱き締めてきた。もう少しこうしていたい気もするけど、そうも言っていられないのよね。
「……起きなさいな。そろそろ朝食の時間でしょう」
昨日のデートの後、王都まで戻っていつものバーで食事にしたの。
ここはカレヴァの王都での家。立派な邸宅が貴族の高級住宅地にあるんだけど、これは繁華街に近い、飲み過ぎた時用。一階に管理人一家が住んでいて、二階がカレヴァのスペース。管理人はカレヴァが泊まると、朝食を用意して運んできてくれる。
ベッドの中で迎えるのは、ちょっとどころじゃなく気が引けるわ。
身支度を整えて顔を洗って戻っても、彼はまだベッドで寝転がっている。
夜中まで飲んで、昼過ぎに起きる生活みたいね……。これは直させなきゃね。
「起きなさい、カレヴァ! いつまで寝てるの」
「うええ、いいじゃんアナベル……、まだ早いじゃん」
「早くありません」
トントン、と控えめなノックがされた。
「どうぞ」
「失礼します」
一家の奥様が食事を運んで来てくれた。やり取りが聞こえていたみたいで、笑っている。
「旦那様はここに泊まられる時、いつもお昼まで寝ていらっしゃいますよ」
「私がいる時は、早く起きる様にさせますわ。お部屋の掃除もできませんもの」
「お気遣いなく、ごゆっくりして下さい」
奥様は慣れた手つきでテーブルに飲み物とパンとサラダと、ベーコンを添えたスクランブルエッグを置いた。デザートのフルーツもあるわ。
「ありがとうございます、頂きます」
「お粗末様です」
長方形の銀のお盆を持って、静かに出て行った。
なんだか落ち着く雰囲気の所ね。家庭的でとてもいいわ。
私はベッドの端に腰かけて、まだ横になっているカレヴァの頬をつっついた。
「カレヴァ君。朝食を一緒に食べないなら、食べたら私、出ていくわよ」
「……は? 待て、起きる。一緒に食うよ」
慌てて身を起こし、ベッドの上に置いたシャツを掴んだ。すぐに袖を通して、ボタンをしめる。
「十秒だけ待ってあげる。十、九、八……」
「カウントダウンすんなよ! 焦るだろ!!」
足にかかっていた布団をはねのけて、ズボンを穿いてバタンと床に立つ。何故かどうだ、とばかりに得意気な顔をしているわ。
「あとは顔も洗っていらっしゃいな」
「……アナベル、厳しい」
「貴方は甘えすぎなのよ」
素直に従って、すごすごと廊下へ行った。
私はカーテンを開けて、椅子に座って待つことにした。
向かい側は、貴方の席。
日差しがやたら明るく感じる、朝だわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます