第7話 恋愛遍歴(カレヴァ視点)
ハッキリ言って最悪だ。
アナベルと恋人になれたのは良かったけど、かなりモテそうなヤツだ。いつまで俺と付き合ってくれるか解らねえ。そもそも減点って何だ? 俺、遊ばれてない?
今度こそプラスになるデートプランを考えて、アイツを待ってた。
でもその夜、アイツは現れなかった。
次の日も、その次の日も。店がオープンしてから閉店まで居たのに!
考えてみれば、住んでいる家も知らない。昼間のデートは、どこか他の町にするように言われる。会う頻度だって、付き合い始めにしては少ねえ! 全然足りねえんだけど! これって、俺、二番目とかそういう……?
最初の三日間は、そんな事ばかり考えていた。
四日目には、フラれたんじゃないかと思い始めた。もしかして、いつの間にか最後の一点が減点されていた? でも、それは言ってくれるよな。何も言わずにフェイドアウトするような女じゃない。はず。すでに自信がない……。
五日目、ようやく現れたアナベルは、何処か弱々しい感じだった。
具合が悪そうに見えたのに。
「……お前まさか、他の男の子供を妊娠したとか言わねえよな……?」
口を突いたのはそんな言葉だった。ヤバイ、と思った時には遅くて、さよならと言われてしまった。
これは、やはり別れようって事なのか!?
言い訳するわけじゃないが、俺がああ言ったのにも理由がある。
以前付き合ってた女が、友人の子供を身籠ったという事があったのだ。あの頃俺は侯爵家の次男で、継ぐ家もない立場だった。あの女は、伯爵家の跡取りだったヤツを結婚相手に選んだわけだ。友人は友人で、結婚式には来いよ、などと臆面もなく言いやがった。
俺の友人らしいと言えば、それまでだが……。
どうせ俺は親衛隊の審査に落ちて、軍でも上手くいかず、無職でしたよ!
その辺りの将来の相談に乗っている内に、親密な関係になってしまったそうだ。そうだよな、これで問題は解決だよ。良かったじゃねえか、チクショウ!
だからまた、寝取られたと思ったんだよ……。
初恋は弟付きのメイドの女性だった。女は強い男が好きだと聞いたから、稽古をつけてやると言っていいところを見せようとし、張り切り過ぎて弟の腕を折ってしまった。結果、めちゃくちゃ怖がられて泣かれて嫌われた。
次は告白した女が、俺が乱暴で怖いからどうしたらいいかと弟に相談し、弟に惚れちまった。ちなみにアイツはタイプじゃないと相手にしていなかった。なのになぜ、俺には来ないんだ!
親が決めた婚約者は、あの男と結婚するなら国を出ると泣いたそうだ……。俺は何も、してねえからな! 会った時にちょっと本当の事を言っただけで。貴族の女はプライドが高かったり、箱入りで大事にされなきゃ気が済まなかったり! 知らねえよ!
俺の恋愛遍歴は、フラれた歴史でもあるのだ……。
仲間の連中は、次はどうやってフラれるかなんて話しやがる! 兄上が後を継ぐ男子のいない伯爵家の娘と恋愛して、そっちの爵位を継ぐことになったんだ。おかげで俺が侯爵家の跡取りになった、女なんて何とでもなる!
……と、思ったんだが、身分に釣られてくるような女なんてなあ。
アナベルは自分の事を喋らないが、余計なことも聞かない。
俺の事を好きでいてくれるんだろうか、と期待したりもした。
言いたい事は言うし、俺が乱暴な口調で話そうが怖がるでもない。一緒に居てとても楽な、気の休まる女だった。
顔色が悪かったな……。
無理して来たんだろうか。でも、来られないなら連絡ひとつくらい……。
「よぉ、カレヴァ! やっとフラれたか、待ってたぞ!」
「フラれてねえ! さよならって言われただけだ!」
「それをフラれたって、世間一般では言うんだよ」
やって来たのは例の伯爵だ。俺の恋人寝取り男! 全く反省してねえ。
「ちょっと……、失言しただけだ。宝石でもプレゼントすれば、女は機嫌が直るだろ」
「……金か爵位が目当ての女なら、なあ」
含みのある言い方だな、オイ。お前のその考えがダメなんだよ、とバカにされてる気がする。
「安心しろ。お前がフラれたら、他の誰かが幸せになれる。この私のように!」
「お前なあっ! 何しに来たんだよ! 帰れ!!」
とんでもないヤローだ!!
ヤツを追い返して、俺はバーに向かった。結局ここしかねえ……。昨日の今日だ、店員の目も冷たい。
「……何しに来たんですか」
アナベルと仲のいいウェイトレスの女が、乱暴におしぼりを置いて注文を取りに来た。
「……別に。このグリルのと、これ」
「ミックスグリルとリンゴジュースですね」
女はそれだけ言って、別の客に呼ばれてテーブルへ向かった。
すぐに届けられたリンゴジュースをちびちび飲みながら、入口を見る。
やっぱり来ねえかな。
食事を終えても、他の客たちが帰り始めても、結局アナベルは来なかった。
三日ほどそんな事を繰り返していたら、あのウェイトレスがわざとらしくため息をつきながら、注文したソーセージのオーブン焼きを運んで来た。
「あのねえ。入り浸ってるくらいなら、お見舞いに行ったらいいじゃないですか」
「……なんか知ってるのか?」
そういえば、この女がアナベルを従業員の休憩室で休ませるって、連れて行ったな。もしかして何か聞いているのか?
「……原因は教えてくれなかったけど、お医者さんに外出を止められてたって言ってましたよ。無理して来たんじゃないですか?」
そんなに悪かったのか!?
ぐわあ、なんであんなことを言っちまったんだ! 後悔先に立たずだ……。
「……あいつの家、知らねえ? 教えてくれねえんだよ……」
彼女の家を店員に聞く……。むちゃくちゃ情けないな。相手はなんだか微妙な表情だ。
「……はあ~。やっぱり上手くいってなかったんじゃ、ないですかあ? アナベルさんは貴方には勿体ないくらい、美人でいい人でしたし」
「ちょっと、お客様に絡まないの! 申し訳ありません」
別のウェイトレスがやって来て謝り、女に向こうへと行けと指示する。
しぶしぶカウンターの中へと戻って行った。
ウェイトレスは頭を下げてから、こっちに来るなとあの女に視線を送る。
「あの子、酔っ払いに絡まれた所を助けてもらったから、アナベルさんを慕っていて……」
「……そっか」
やっぱりいい女なんだよな。褒められるとなんだかな、俺も嬉しい。
ウェイトレスが続けて何か言おうとしているのを遮って、濃い化粧の匂いをまとった女が、すぐ近くで立ち止まった。
「カールスロア様、よく一緒にいらっしゃる女性とお別れになったんですか? 私と一緒に飲みません?」
……誰だコイツ。
横に立つウェイトレスも、話の途中だったのにどうしよう、という表情をしている。
女の首元でネックレスのダイヤが光を反射させ、真っ赤な唇でにこりと笑った。豊満な胸を強調するような紺色の服を着ている。
ワイングラスを持っていて、その手を飾る指輪のサファイヤ。目が合うとなぜか俺の前の席に座ろうとするので、機嫌が悪くなるのを隠すことなく指でテーブルをトントンとつついた。
「……おい、そこは俺の女の席だ。お前が座っていい場所じゃねえ」
「でも、その方とは終わったんじゃ……」
しなを作る動作がわざとらしく、不愉快だ。
「うぜえ、早く消えろ。俺を知ってんなら、短気なのは承知だろ」
無視してメニューを開いた。気分が悪いから酒でも頼むか。
女は少し戸惑っていたようだが、そそくさと自分の席に戻った。
「俺の女って言い方、嫌いなんだけど」
どこから聞いていたのか、アナベルだ。うわ、会えて嬉しいとかガキか俺は。
「……具合、もういいのか? この前は、……アレだよ」
「アレってなに?」
笑顔で聞いてくる。意外といい感触じゃね?
「あ~……、つまり、アレだ。俺が悪かった!」
言葉は多少殊勝かも知れないが、腕を組んで態度は太々しいんじゃないだろうか……。これが精いっぱいだ。普段は謝罪なんてしねえからな。
「私も、待たせてごめんなさい。さよならは取り消すわ」
言いながら向かいの席に座った。
「……マジで?」
「仕方ないわ、会いたいと思っちゃったんだもの」
やった!!! よりを戻したぞ!!
俺が持ってるメニューを受け取ろうとする手を包んで、顔を寄せて軽く口づけた。
「あ~、やっぱりアナベルだ! また寝取られたかと思ったじゃんか……!」
「また? またって、なんのこと?」
やべえ、余計な話をしちまった! アナベルは悪戯っぽく聞いてくる。可愛い攻撃だ。これには敵わねえんだよな……!
料理を注文してから、友人の伯爵にかつての恋人を寝取られた話をした。
アナベルはずっと笑っていた。
楽しい話じゃ無いんだって! でも、こいつが笑っているのが一番いい。
うん、一番いいよな。
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