第6話 恋人検定

「質問です。デートに女の子が新しい靴を履いて来て、靴擦れで歩くのが辛くなりました。どうする?」

 昼間一緒に出歩くのは二回目。今日は少し離れた町まで来たの。王都だと、まずい人に会うかも知れないし。適当なカフェでお茶にしているところ。

「ああ? 面倒な女だな。歩くの解ってんだよな? なんでそんな靴で来るんだよ」


「……どうするって、聞いてるの」

「……そうだな、薬でも売ってたら買うか? そのくらいしか、なくねえ?」

 つまらなそうに答えるカレヴァ。

「減点、一」

「減点?何ソレ」


 私は無視して問いかけを続けた。

「次の質問です。お店を通り過ぎる時に、女の子が飾ってあるネックレスを欲しそうに見ています。どうする?」

「欲しいって言えば、買うけど。言わなかったらその程度だろ?」

「うふふ。減点、二」

「今度は二?」

 カレヴァは訝しそうにこちらを見て、リンゴジュースの氷を一つ、口に含んだ。


「最後の質問です。デートしているお店でケンカがおきました。女の子が怖がってます。どうする?」

「あっはは、他の女ならともかく、アナベルならそのくらい何ともねーだろ!」


「……カレヴァ君」

「……はい。なんでしょう、アナベルさん」

「減点五! あと二点減点で、恋人解消よ!」

「え、待って、マジで!? そういう事あんの? 付き合い始めたばっかなんだけど!」

 本当に私、なんでこの男と付き合ってるのかしら……!

 自分の趣味の悪さにあきれるわ……。


「思いやりのない男って最低!!」

「いやいや、テストだと思わないじゃん! もっかい! もう一回答え直す、チャンスをくれ!!」

「ノーです。加点になる、思いやりのある行動をとって頂戴」


 何故かカレヴァはわきに立ててあったメニューを取ってパラパラとめくり、開いて私に見せた。

「なあコレ、うまそうじゃねえ? でっかいらしいぜ、一緒に食おう!」

 縦長でフルーツやクリーム、ジュレなどで何層にもなったパフェの絵と、内容の説明がある。

「残念ね。私は甘い物はそんなに好きじゃないって、教えたはずよ」

「あ……、しまった」


「減点一。ラスト一点です」

「裏目に出ちまったああ!!」

 目に見えて動揺しているカレヴァ。

 でも気遣い点が一点プラスだから、今回は相殺。これは教えないけどね。

 その後、彼はやたらソワソワして御機嫌を取ってくるものだから、なんだか笑っちゃったわ。



 宮殿の殿下の自室へ報告にやって来た。

 トビアス・カルヴァート・ジャゾン・エルツベガーという名のエグドアルムの皇太子殿下で、私の主。

 部屋の入り口には二人の兵が立っていて、扉を開くと侍従に紅茶を頼んでいる殿下が居らっしゃった。挨拶をして部屋に入り、早速報告をする。殿下は私の分の紅茶も頼んでくれていた。

「人質交換は、無事に行われることになりそうです」

「ありがとう。さすが早いね、アナベル」

「滅相もない」

 

 しばらくして紅茶を持って来たのは、見た事のない侍女。

「殿下、新しい方ですか?」

「ああ、最近誰かが一人、辞めたと聞いているよ。代わりじゃないかな? ね?」

 殿下が侍女に向かって言うと、彼女は笑顔で頷いた。

「はい、まだまだ不慣れな点もございますが、ご指導の程よろしくお願い致します」


 丸いテーブルに、二つ置かれた赤橙色の紅茶。いつものカップ。

 私は何か違和感を感じて、殿下の方のカップを先に取って一口飲んだ。

「アナベル、毒見は済んでると思うけど? 相変わらず慎重な……」

 ガチャン。

 少しの沈黙の後、カップが私の手から床に落ち、欠けて持ち手が取れた。


「殿下……、これは……毒……」

 焼けるように喉が、胸が、熱い。

 膝をつく私に殿下が駆け寄り、侍従にその女と茶を用意した者を捕らえろ、水を、解毒薬をと命令している。

 バタバタと足音がして目まぐるしく周りが動き、呼吸が苦しくなる。コップを口元まで運んでくれて冷たい水を飲ませてもらい、薬は飲んだような飲んでいないような?

 私の意識は徐々に薄れていった。

 明日の約束には、行かれそうにないかも……。

 楽しそうにして待つ、カレヴァの顏が浮かんでいた。



 次に目が覚めた時、自分の部屋ではないベッドに寝ていた。ベッドを囲むようにカーテンがあって、治療院か何かのように見える。

 喉がカラカラだし体がだるくて、すぐに動けそうにない。

 そうだわ、ここは宮廷にある医務室で、王族や高位貴族の為の部屋ね。

「……れか、いる……?」

 声が掠れてしまっている。

「アナベル! 良かった、気がついたのね!?」

 私の声を聞きつけて、同僚のエンカルナがやって来た。彼女も殿下の五人の側近の一人。女性は私達二人で、さっぱりした性格の彼女とは仲良くやっている。


「三日も意識がなかったのよ。何か食べられそう?」

 ……三日。約束、破っちゃったわ。怒ってるかしら。

「飲みも……が、ほし……」

 まだ少し喋りづらい。一口飲んでしまっただけなのに、強力な毒だったようだ。殿下の口に入らなくて、本当に良かった。


 彼女はリンゴジュースをグラスに注いでくれた。この前のデートで、カレヴァが飲んでいたわ。

 ……こんな事で、男の事を思い出すなんて。自分がちょっと、可愛く思えた。


「犯人は大体見当がついているわ。今は組織を改革中だから、その逆恨みとか、権力や利益を奪われたくないバカの仕業だと思う。その中でもここまでするような、野望や手段を持ってる人間なんて限られてる」

 エンカルナは現在の調査の状況を話しながら、リンゴを剥いてくれている。警備体制を強化し、外交交渉に出向いている側近の一人も呼び戻したと、教えてくれた。

 それにしてもリンゴばかりね。


 二日もすると、だいぶ体の調子も良くなってきた。エンカルナは毎日来てくれている。念のために、私の護衛も兼ねているんだと思う。

「ね、そろそろ出掛けたいんだけど……」

「まだだめよ! こんな状態で襲撃されたら、どうするの」

「明るい内なら、いいでしょ。町中で襲撃なんてされないわよ」


「許可できないな。私の為に体を張ってくれたんだから、しっかり治療を受けてもらわないと」

 ちょうど殿下がメロンを侍従に持たせて、部屋までお見舞いに来てくれた。

「メロン、美味しそうですね。みんなで食べましょう、静かだから寂しくなるのよ。アナベルってそんなにお喋りじゃないけど、人が話しているのを聞いてるの好きだものね」

 メロンは侍従がメイドに命じて、すぐに食べやすく切られて出された。

 確かに活気のある雰囲気って好きだわ。


 でも……、会いに行きたい。待たせてゴメンねって、謝りたい。


 次の日、家でゆっくりするからと約束して、帰宅を許してもらえた。本当はまだ、宮殿で養生させたいみたいだったわ。殿下はとんでもない訓練をさせたりするわりに、過保護なところもあるのよね。


 午後五時の開店を待って、いつものバーに行こうと思った。でも彼は怒っているかしらとか、もう待っていないかも知れないなどと考えていたら、ちょっと遅くなってしまった。

 夕暮れの町は人が多くて、夕飯の買い物をする客や、冒険者や仕事を終えた職人なんかも歩いている。足音や雑踏が懐かしい気がする。

 バーはまばらに客がいて、いつもの席に彼も座っていた。


「……あの、カレヴァ」

「あ! アナベル! なんだよ、何日待たせるんだよ!」

「ごめんなさい、あの……」

 座ったまま振り向く彼の、斜め後ろに立った。

 どう説明したらいいんだろう。いつもなら適当な言い訳がよどみなく出るのに、なぜか言葉が出てこない。

「……おい、どーした?」

 様子がおかしいと思われたんだろう、彼は立ち上がって私の顔を覗き込んだ。


 お酒の匂いのせいかしら、なんだか胃が気持ち悪い。

「……、うっ。ごめんなさい、胸やけが」

 何かを怪しむような表情をするカレヴァ。


「……お前まさか、他の男の子供を妊娠したとか言わねえよな……?」


 ……この男は私の体より先に、どんな心配をしているの!?

 本当に最低ね!!!

「大丈夫ですか、アナベルさん」

 やり取りを横目で見ていたウェイトレスが私の肩を抱いて、カレヴァを睨んだ。このお店には通い始めたばかりだけど、話をして仲良くなった女性なの。

「彼女、顔色が悪いじゃないですか! 心配するよりそんな事を言うって、酷い男! 従業員の控室で休みましょう、店長に断っておきますから」

 彼女はそう言って、店の奥へと来るように促してくれた。


「おい、アナベル……!」

「……減点、百よ! さよなら」

「さよならって、待てよ! 何だよソレ!! 今のはアレだよ……」


「お連れ様は、具合が悪いようですから! 騒ぐならお帰り下さい!」 

 私を支えながら、ウェイトレスの女性がカレヴァを追い返す。  

 あまり喋ると吐きそうだったので、話を打ち切って休ませてもらうことにした。冷たい水を貰って、少し飲む。


 本当は解ってる。今までの自分の生き方が、そんな誤解を生むって事。

 何故かしら、悲しくなるの。

 でももう、悲しくても寂しくても、どんなに辛くても、他の誰かと寝るなんて考えられないの……。

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