第5話 気の迷い?
暖炉の火がパチンと爆ぜる。
暗くなると、寒さが一層身に染みる季節になってきた。
「あ、あぁ……っ」
腰を掴んだ手で体を揺さぶられる。開いた口から、吐息と共に漏れる声。
仰向けに寝ている男の体を跨り、深く受け入れる。
突然下から突き上げられて、両手を彼の胸についた。
「…んんっ……!」
カレヴァが私の片腕を掴んで、身を起こす。
「アナベル、目を開けろ。……こっち見ろよ」
「……カレヴァ」
「お前に名前を呼ばれんの、なんか好きだ」
だったらお前なんて言い方、しないでよ。
彼の蕩けた笑顔に、苦情の代わりに名前が口を突いて出た。
「あのさ。突然だけど、付き合わねえ?」
「……本当に唐突ね。どういう心境の変化?」
「だってお前、すぐ帰ろうとするじゃん。付き合えば一緒に居られるだろ?」
「そんな理由?」
好きです、とかは期待してないんだけど。どうにもなんだかね……。
「デートしよう! まずは海の近くを散歩して、景色のいい店でランチ。それからショッピングか。スイーツも好きだろ? 有名店に並んで一時間待って、最後の一個をギリギリ手に入れて、半分こにするんだよ」
「面倒なプランね。他の女とやって頂戴。私、甘いモノってそこまで好きじゃないわよ」
一緒に居る時にスイーツなんて食べてないのに、解らないのかしら……?
半分こどころか、売り切れたものをムリヤリパティシエに作らせるタイプじゃないの?
「マジか……! 女はスイーツじゃねえのか……! てか、他の女とじゃ意味ないじゃん! 酒か、酒だな。飲んでいい気分になって、一晩中ホテルで抱き合うわけ」
「一晩中なんてイヤよ。どんな体力?」
「ヤリっぱなしとは言ってねえ! なんての、睦言っての?腕枕で甘い語らいをするんだよ」
「はいはい」
必死に語る妄想を聞きながら、私はベッドから降りた。シャワーでも浴びてこよう。
「……アナベル、クール過ぎ……」
「カレヴァは乙女過ぎ」
彼はうつ伏せになって、枕に顔を突っ伏していた。
最初に恋人が出来たのは、十五歳の時だった。気になっていた一つ年上の男性に告白されて、有頂天になっていたわ。初めてのキス、初めての経験。結婚しようなんて約束もして、家族とも会ってもらった。
でもそれが間違いだった。
両親に愛されて色々与えられていた妹は、それだけでは満足できずいつも私の物を欲しがっていた。両親は姉なんだからと言って、私から取り上げて妹に渡していたわ。
彼女は私の男も欲したの。
その時の私は、誰にも奪われない唯一を手に入れたつもりだった。
一年も経たない内に、思い過ごしだったと痛感させられたけれどね。
そして私から奪って手に入れた彼を、妹は半年もしないであっさり捨てた。
私から奪いたいだけで、本当は別に欲しくなかったんだって気付いたわ。
恋人。
苦い言葉ね。
ある建物に、男性が近づく。外から中の様子を探り、不審に思ったのか入らず通り過ぎようとした。
「……お待ちしておりました」
声をかけたのは、私の副官マルコス・デル・オルモ。
「……お前は?」
「取引に参りました。お仲間の二人は、我がエグドアルムが身柄を押さえております。そちらにお邪魔している我らの仲間と、交換としましょう」
こちらの工作員が、相手の国に捕まっているの。なので、引き換えにしようというわけ。
「チッ。なるほどな。しかし私では、返事は出来ん。国に帰って相談してくる」
「勿論でございます。丁重におもてなしをしておりますので、そちらもご注意を」
本当は私がやろうと思っていたんだけど、もし逆上したら危険だからと彼が引き受けてくれた。
男はここに残るのも危険だと判断したのか、足早に去って行った。
オルモは姿が見えなくなるまで待って、私が潜んでいた監視用に買った家へやってきた。ちょうど隠れ家が視覚に入る場所に、空き家があったの。
部屋に入ってくるのに合わせて、明かりをつける。空き家に急に買い手がつくと怪しまれるから、使用する時は暗いままにしておいた。
「お疲れさま、オルモ。無事に人質交換ができそうね」
「……はい。一人は私の友人なので、決裂しない事を祈っています」
「そうだったの。上手くいくといいわね」
「いえ、失礼しました。私事で申し訳ありません」
相変わらず真面目。明かりに照らされて、濃い紫の髪が色を取り戻す。コートも同じ色で、闇の中ではどちらも黒に見えていた。
「さ、そろそろ行きましょ。思ったより早く事態が進んだわね」
「少しでも早く解放されて欲しいものです。それで、あの……」
「どうしたの?」
言いたい事は何となく解った。彼は私に気があるから。薄々とは感じていたけど、仕事仲間とはそういう関係になりたくて、はぐらかしていたのよね。もうきちんと断らないと。
「この後、ご予定はありますでしょうか」
「ごめんなさい、恋人と会うのよ。最近告白されて、付き合う事になったの」
「……こい、びと……、ですか」
「だから本当にごめんなさい」
「いえ……」
目に見えてガックリ肩を落としている。こんなわかりやすくて、工作員をやってていいのかしら、彼は……。
でも本当は、約束なんてしていないの。
いつものバーに行ったら、彼はいるのかしら?
別に、居なくてもいいのよね。食事が美味しいし、お酒の種類もあるし。
大通りを抜けて、路地に入る。慣れた扉を開けば、青っぽい明かりが店内から漏れて、静かな音楽が聞こえてきた。今日は演奏がある日だったのね。
いつもの席に、いつもの青い短い髪。
「何を飲んでるの?」
「……お前がいつも飲んでる、青いカクテル。名前とか憶えてねえけど言ってみたら、作ってくれた」
「そう。キレイよね」
向かいの席に座ると、彼はずっとこちらを見ている。聞きたいけど、どう切り出していいか解らないみたい。テーブルの上にある、トマトとモッツァレラチーズのサラダを、一口頂いた。
「これも美味しいわね。お酒に合いそう」
「……トマト、意外とうまいな。今まで食った事なかった」
「なんで注文してるのよ……」
「間違えた」
よく指でさしてコレ、とか言ってるから、指し間違えたのね。
「先日の件は、とりあえずお受けいたします」
「……先日?何だソレ」
「これ以上は言わないわよ。すみません、海鮮リゾットと、おつまみ三種セットを頂けるかしら。飲み物は赤ワインで」
パタンとメニューを閉じると、カレヴァはまだ考えている。にぶ過ぎ。
「リゾット少し分けてあげるわ」
「…………先日って、もしかして」
「もしかしちゃう」
カレヴァは突然立ち上がった。みんな注目してるわよ!
「やったー!!」
演奏してる人達も驚いてこちらを目だけで見つつ、なんとか音を止めずにいる。
「ちょっと、静かにしなさいよ」
「おい楽隊! もっと景気のいい曲にしろ。いま、告白のOK貰ったんだよ! 晴れて恋人だ~って曲!」
「やめてよ、恥ずかしい! ほら座って、もう!」
何故かみんなが拍手しているわ……。ほんっと、やだ。
誰も居ないところで返事をすれば良かった。今日は食べたら帰るからね!
……なんで私、承諾したのかしら……?
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