T・C・B!!
砂竹洋
第1話 戦争の始まり
俺の名前は
三和商事に籍を置く俺の仕事は特に難しい物ではなく、定時に帰れることも少なくはない。
ある日の事。定時である17時ジャストに仕事を終えた俺は、帰る準備を整えた後にウキウキ気分でタイムカードを打刻した。
そこで俺は、信じられない物を目撃する事になる。
「馬鹿な……17時、14分……だと!?」
確かに17時に仕事を終えてから帰宅の準備をしたので、多少時間が経っているのも頷ける。
だが、しかし。俺が準備にかけた時間はせいぜい10分。なのに現在時刻が17時14分である筈が無いのだ。
タイムレコーダーの故障? いや、このレコーダーは購入して間もない筈だ。そんな筈は無い。
「これは何か、謎が隠されているな……」
独り言を呟きながら、俺は帰路に着いた。
……
翌日、俺はタイムカードの謎を探るべく、わざと残業をする事にした。
本来ならばすぐに終わる仕事に時間をかけ、且つタイムカードが良く見える位置に陣取って仕事をしていた。
「何してるの北野君……?」
「いえ、書類の整理を。お気になさらず」
「そんなところで突っ立ってやらなくても、自分の席でやればいいんじゃ……」
「お気に、なさらず!」
係長からの追及も華麗に躱し、誰にも気づかれない様にタイムカードの観察を続ける。さっき確認したが現在時刻は全く狂ってはいなかった。
ちなみに確認方法は高級電波時計だ。昨日帰りがけに大枚叩いて買っておいた。
現在16時50分。仕事が早い人はそろそろ後片付けを始めている頃だ。
そんな中、誰よりも早く帰り支度を終えている人間を一人、発見した。
我が部署の長、すなわち部長である。
部長は誰よりも早く帰る事で有名だった。わざわざ監視する者も居なかったため、今までは「いつの間にが部長が居ない」という状況が日常茶飯事になっていた。
あまりにも日常になっていたため、誰もその事を気にかけていなかった。
16時56分。部長が立ち上がる。
普段は座って仕事しているせいで見えなかった部長の挙動が、立ち仕事の為鮮明に観察する事が出来た。
部長は明らかに帰り支度を全て終えている。タイムカードを押せばすぐに帰れる状態だ。
それなのに、16時56分に席を立つのは明らかに不自然だ。
「これは何かあるな……」
「え、なに北野君? なんか言った?」
「いえ、お気になさらず」
小さめに呟いたつもりだったが、係長には聞こえてしまっていた。それもその筈、今俺が居るのは係長の席の真後ろなのだ。
しかしそんな追及も華麗に躱した俺は、そのまま部長を目で追い続けた。
タイムレコーダーの前までくる部長。そこで立ち止まり、なにやらタイムレコーダーを触っていた。
この位置からじゃ部長の体が邪魔で見えない。
俺は机の陰に身を隠しながら、部長の不審な行動が観察できる場所まで移動した。
「北野君、仕事……」
「これも仕事です」
移動しながら背中にかけられた声に適切な返事をしてから、俺はベストポジションまで辿り着いた。
そこで俺は目撃する。
部長が行っている行為の全容を!
「蓋を……開けているだと!?」
あくまでも小声だ。部長に聞こえない程度の声ではあったが、驚きのあまり声が出てしまった。
なんと部長はタイムレコーダーの上部をパカリと開け、中のスイッチを何度か押していたのだ。
何事も無かったかのように蓋を閉じ、そのままタイムカードを打刻する部長。
そして部屋のドアを開け、外に出て行った。
「――しっ!」
部長の消失を確認して、すぐに俺は全速力で駆け抜けた。タイムカードの元へ、疾風の如く。屋内での全力疾走に伴い、巻き起こした風が書類を吹き飛ばす。
「北野君!?」
係長が慟哭する。
だが、俺はそんな物では止まらない。
「お気になさらず!」
――決まった。完全に係長は沈黙した。
タイムカードの元に辿りつくまで、体感0.5秒。最速で辿り着いたため、時間は1分と進んでいない事は間違いない。
ガッシリとタイムレコーダーを掴み、表示されている時間を確認する。
――17時00分。
そういう事か!!
そう、分かってしまえば簡単な事だった。
部長が誰よりも早く帰れる事も、昨日の俺のタイムカードが4分だけ進んでいた理由も、何もかも。
ならば確認しなければならない。おそらく、そんな事が出来るとしたらあの人しかいない。
「ああ、今朝来たらずれていたから、私が直したよ」
社長が俺に告げる。小さめの会社なので、俺の様な平社員にも特に機会を設けず普通に話してくれるのだ。
もう一つ確認しなくてはならない事がある。それには、タイムレコーダーの型番が必要だ。
「北野君!? 今押そうとしてたんだけど!?」
「すみません係長! すぐに終わります!」
タイムカードを押そうとしている係長を押しのけ、タイムレコーダーをよく観察する。俺の知識が確かなら、本体のどこかにある筈だ!
「あった。これだ!」
「え、なにがあったの?」
係長の疑問を無視して俺は自分の席に戻った。
そしてパソコンからインターネットに接続し、先ほど見たタイムレコーダーの型番を入力する。
検索結果に出てくるタイムレコーダーの数々。その中に1つ、目的の物を発見した。
目的の物とは、説明書だ。
最近の機械関係の物は、ほぼ全てにおいてWEBで説明書を確認する事が出来る。ネット世代様様である。
説明書を開き、内容を確認する。
後半の方まで読み進めると、信じがたい内容が書いてあった。
『分単位で時間調整する方法。
1~2分の時間のずれは、鍵を使わずに調整する事が出来ます。
①本体上部のこの位置をぐっと押し込み、上部のカバーを外す。
②ダイアルを回して、時間調整モードにする。
③+のボタンで時間を進め、-のボタンで時間を戻す。
注意:5分以上調整を行うと、次回打刻時に表示されます』
――ああ、今度こそ。
今度こそ、謎が全て解けた。
全く、やってくれる。
こんな人間が同じ会社の、しかも部長だったなんて信じられない。
絶対に許さない。
あいつだけが、自分のエゴのために時空を歪ませていたというのか。
覚悟しておけ。
今日から俺がお前の凶行を止めてやる。
これは戦争だ。タイムカードの戦争……いや。
T・C・B!! 砂竹洋 @sunatake
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。T・C・B!!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます