第八章 夜空を見上げる

 日差しも強くなってきた頃、社の周りにある花畑に、沢山の青い花が咲いた。日の高いうちにハスターとアザトースのふたりで、その青い花を籠いっぱいに摘んで来て、日が傾き始めた頃から、花と茎とを分ける作業を、やはりふたりで行った。

 花を分ける作業が終わり、夕餉を食べる。夕餉の用意をするのはアザトースとハスター以外の神で、アザトースと共に食事をするのは、ハスター以外に誰も居なかった。

 ハスターはそれを寂しいと思った事は無い。はじめは不思議に思ったけれども、今はアザトースの世話を任されている事に満足している。

 夕餉が終わり、暫くハスターが宝石へと変えた花が沢山飾られている部屋で、ふたりはゆったりとくつろいでいた。

 座ったハスターの膝の上にアザトースが頭を乗せ、横になっている。ハスターの大きな手で丁寧に頭を撫でられ、安心したような満足したような、そんな顔で目を閉じている。

 社の外に置かれた鐘が鳴る。湯殿の準備が整い、夜も更けてきたという合図だ。

「アザトース様、お風呂に入りましょう」

 ハスターがそう声を掛けると、アザトースは勢いよく起き上がり、嬉しそうな声を上げる。

「今日は、お花のお風呂にしましょうね」

 そう言ってハスターも立ち上がり、部屋の隅に置いてあった、青い花の盛られた籠を手に取り抱える。

 花が咲く季節は、こうやって花を摘んで来て浴槽に浮かべると言う事を偶にやる。そう言う事をするようになったきっかけは、人間たちがハスターに菜の花を供えるようになって、その花を保存食以外にも使えないかと考えた所からだ。

 菜の花の祭りが有った日に入る菜の花のお風呂を、アザトースはいたく気に入ったようで、それ以来、沢山の花が採れる時期は花風呂を偶にするようになった。


 風呂から上がって、ふたりは縁側で熱を少し冷ましていた。涼しい風が火照った肌を撫でていく。

 風に吹かれるまま、濃紺の星空を見上げる。人間の住む所とは違い、周りにあかりが何もないせいか、ごく弱く輝いているだけの星もよく見えた。

 ふと、アザトースが声を上げて両手を伸ばした。何かと思い視線の先を辿ると、昼間摘んでいたような、青い花に似た色と形の星雲があった。

 アザトースは、かつて海の底からやって来たと、ハスターは聞いている。だからなのか、空に憧れを持っているかのような言動をアザトースが時折するのを、ハスターは知っていた。

 星雲を見てぼんやりと思う。アザトースは、いつかあそこに行きたいのでは無いかと。

 他の星との行き来をしている人間の技術を使えば、きっと、実際にそこに行く事が出来るのだろう。

 けれども、アザトースもハスターも、この地と星に縛り付けられているのだ。


 人形と共に。

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蛍石はネモフィラと揺れる 藤和 @towa49666

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