第七章 現し身

 ある日の事、ハスターがアザトースにねだられ、青銅の鏡で人の世を映していたときの事。その鏡の中に見覚えの有る姿が映った。

 常磐色の髪に山吹色の瞳。鮮やかな緑色をした翠銅鉱を囓って食べ、笑顔を浮かべるその人形は、あまりにもアザトースに似すぎていた。

「今日はデザートに琥珀もあるからね」

「ほんとに? 琥珀大好き!」

「今日はあなたがうちに来た記念日だからね」

 鏡の中の人形は、楽しそうに主人と言葉を交わしている。それを見てハスターは、アザトースが言葉を理解していたら、白痴で無かったらこの様に会話をする事が出来たのではないかと思い、ひどく動揺した。

 膝の上に居るアザトースの表情を覗き込む。すると、鏡の中に映っている人形につられてか、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「あーあ、おー」

 アザトースはやはり言葉を喋りはしない。ハスターは一瞬、いま鏡に映っている人形を攫ってきて、アザトースと共に愛でようかと、そう思った。そうすればアザトースと言葉を交わした気になるかもしれないと、そんな期待を抱いたのだ。

 しかし、すぐに頭を振ってその考えを頭から追い出す。もしほんとうにこの人形を攫ってきたとしても、この人形の命はあまりにも儚く、アザトースの代わりになどならないのだ。

 ハスターにとって大切なのは、今膝の上で嬉しそうに笑っているアザトースただひとり。

 まがい物など、自分には必要無い。そう自分に言い聞かせて、優しくアザトースの髪を撫でた。


 そしてそれから暫くして。あの時の人形のことをアザトースが気に入ったようなので時折様子を見ていたのだけれども、ついにその人形が寿命を迎えるときが来た。

 胸の石が眩い光を放って砕ける。傍らにハスターの欠片が顕れ、言葉をかける。この時、ハスター本人は初めて自分の一部がこの様にして人形を見送っているのだと知った。

 鏡に僅かの間だけ映ったハスターの欠片を見てアザトースは不思議そうな顔をしたけれども、鏡の中で動かされている人形を見て声を上げた。

 ハスターもそれを見て、驚いた。アザトースの生き写しと言える人形に、黄色いフード付きのマントが着せられたのだ。

 遙か昔、人間が人形を作りだしたばかりの頃。その頃には既に死者にフード付きのマントを着せる風習があったけれども、黄色いマントだけは着せてはいけないという言い伝えがあったはずだからだ。

 ハスターは、いつも着ている黄色いマントを着て、自分の命を狙う輩から逃げている時に、アザトースにここへ連れてこられた。その事も神話となり、黄色いフード付きのマントは生け贄の証として扱われていたからだ。

 実際に、天災などがあったときには、黄色いフード付きのマントを着せられた子供や娘が、生け贄として捧げられたりもしていたのだ。

 あの時の生け贄は、ひとりもここには来ていないけれど。驚きながらもそう思ったハスターは、鏡に映った人形の亡骸が気になるのか、表面を手で叩いているアザトースを見る。

 一体どう言う思いで、自分にそっくりな人形を見ているのだろう。そう思いながら、黄色いマントを脱ぎアザトースに羽織らせた。

 すると、アザトースは一瞬きょとんとした顔をした後、嬉しそうに笑った。

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