第六章 神を求める
人々が自律式の人形を作りだしてから長い時が経った。長い間人形を作りだし、しかし変わらず慈しみ、愛し、人形と共に生活を続けていた。
きっと当然のことなのだろう。人々はいつしかより長い時を人形と共に過ごしたいと願うようになった。神を祀る祭りで、人形を精一杯着飾らせ、歌と踊りを奉納すると同時に、神にそのうつくしさを伝え、人形の寿命を長くして欲しいと願った。
人形はいつまでも人間に愛される。無邪気にそれを疑わず、けれども人形本人たちは、長寿になる事を自らは強く望みはしなかった。自分たちが亡骸になっても、主人の心に住み続ける事が出来るのを知っているからだ。
もしかしたら、人形は短い命を良い物としているのかも知れない。知り合いの死に立ち会う事はあったとしても、自分を一番可愛がっている主人の死に立ち会う事は少ないからだ。大切な物を、喪うと言う事を知らないまま、思い出になる事が出来る。それを知っているのかも知れない。そしてだからこそ、死んだ人間の魂を祝福出来るのかも知れない。
いまだ、人形についてわからないことは沢山有る。人間が作りだしているのにもかかわらず、未知の事が多いのだ。
かつて人形の研究をしていた学者。彼の遺した記録は大切に保管され、後世の学者はこぞってその記録と論文を読んだ。
人形に愛情を注ぎ人生を捧げたあの学者。その存在があっても、それでも人形は喩えようのない魅力を湛えた、謎の存在なのだ。
短い命の人形と、その長寿を願う人間。お互いに求め愛情を注いでいるのに、この二者の間には大きな溝が有る様に感じた。
人形がそれを求めていないかも知れない。そんな事はつゆにも思わず、人間は神に、人形の寿命を延ばす事を願い続けた。
毎年途切れる事無く行われる菜の花の祭り。自分を祀るその祭りの度に、人々が人形の長寿を強く求めるようになっているのを、ハスターは知っていた。けれどもハスターは何も言わない。その祭りの様子を見てアザトースも喜ぶけれど、何も人間の世に干渉する事は無かった。
ハスターがふと思う。自分に、人形の寿命を延ばしたりなどの権限と力が有るのか。有ったとして、自分は人間に手を貸し、人形の寿命を延ばしたりするだろうか。
菜の花の祭りを映した鏡、それを見て喜んでいるアザトースを膝の上に乗せたまま、少しだけ考えて呟いた。
「人が造った物は、人の手にある」
結局出した結論は、人形の長寿を実現するのは、自分たち神では無く、人間だと言う事だった。
人形は神の賜物では無い。忘れてしまっているかも知れないけれど、確かに人間が造り出し、今なお造り続けている物だ。
謎が多いとは言え、人間の仕業にあまり手を出すのは良くない事だと、そう思った。
「おー」
ふと、アザトースの声で我に返る。見てみると、両手でしっかりと青銅の鏡を持ち、菜の花の祭りで踊る人形たちに夢中になっているようだった。
ハスターは、その様子を見て胸が痛む。このところ、菜の花の祭りの度に、アザトースが人形に見入るようになったからだ。
アザトースを抱えている腕に力を込め、ぎゅうと抱きしめて言う。
「僕という人形だけでは不満ですか?」
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