第五章 友であり神である

 この星の人形は信仰を持っている。かつて、そう、遙か昔に鉱物を樹に生るようにしたと言われている神を、人間同様に崇めている。

 その信仰心は、作られたときに元々設定されている物なのか、それとも人間と共に過ごしている内に覚えていく物なのか、それは人形本人にも、主人である人間にもわからない。

 人形は、樹に生る鉱物を食べ生きている。その神は人形たちにとって、生きるための物を与えてくれた大切な存在なのだ。

 菜の花が咲く季節に、その神を祀る祭りが行われる。この祭りはずっと古くからあり綿々と受け継がれている物だ。

 菜の花が周りに植えられた広場で、人形たちが歌い踊る。人間たちは楽器を演奏したり、黄色い茂みの中にある小さな祠に、菜の花を摘んで、樹から収穫した宝石と共に花を供える。

 人形たちの歌と踊りが終わると、おやつの時間だ。広場の隅に設置されたテーブルの上に、色とりどりの鉱物を盛った器が並べられている。歌と踊りを神に奉納した人形たちが、その鉱物を各々好きなように食べるのだ。

 この日だけは、人形の主人の貧しさも豊かさも関係なく、人形は好きな鉱物を食べられる。そもそも、人形は主人から与えられる鉱物に不満を持つ事は無いのだけれども。

 神に菜の花と歌と踊りを捧げ、おやつを食べた後。人形たちはその町にある共同墓地へと向かう。手に沢山の菜の花を持って、その小さな花を千切り、花弁を撒きながら、墓地を歩いて行く。

 人形はこうして、生を終えた人間たちが神の元に行くのを祝福するのだ。

 人形たちは、自分達が息絶えた後も大切に扱われるのを知っている。愛される物だと無邪気に信じて疑っていない。だから、人間も命を終えた後、神に愛され大切にされるのを、また信じて疑っていないし、そう言った信仰を持っている。

 神は遍く人々に救いと安寧を与えてくれるのだ。


 花畑の中にある大きな社。その中の一部屋にある縁側で、黄色いフード付きのマントを着た男が、青銅製の鏡に映った、人形の祝福を見て苦笑いをした。

 膝の上に常磐色の髪を持つ創世の神を乗せたまま、ぽつりと呟く。

「死んだ人間はここには来ない」

 そう、彼が言うように、死んだ人間はここには来ない。それなのに何故、人形たちは人間が神の元に行くと信じて疑っていないのだろう。

 いや、それは疑問に思う事では無いのだろう。かつて、この様に自分を祀る人形が作り出される前。自分が人間だった頃。少なくとも自分は、死んだ後は神の元に行くと信じて疑っていなかったし、殺されそうになり、その時目の前に神が顕れたときは、自分は死ぬのだと思った。けれども、結局自分は死ぬ事もなくここへ連れられてきて、生きたまま神となった。

 そして知ったのは、死んだ人間はひとりとしてここへ来てはいないと言う事だった。

「おー」

 膝の上に座っている神が、彼の持っている青銅の鏡の表面を叩く。

「アザトース様、どうなさいました?」

 そう訊ねると、アザトースは顔を上げて名を呼ぶ。

「はすたぁ?」

「これを見るのに飽きましたか?」

 青銅の鏡をハスターから取り上げ床に放ったアザトースは、ハスターの両腕を掴んで自分を抱え込ませるように前で組ませる。

「んふぅ」

 そうして、満足げに一息ついた。

 アザトースが人間や人形に興味があるのかは、ハスターにもわからない。時折戯れに、鏡を通して眺める事があるだけで、何も干渉する事がないからだ。

 ふと、ハスターが気になった事をアザトースに訊ねる。

「死んだ人間は、どこに行くのですか?」

 するとアザトースは、声を上げて空を指さした。それにつられてハスターが空を見上げると、大きな鳥が空を横切っていった。

 アザトースが空を指さしたのは、自分の問いに答えたからなのか、ただ鳥を見付けたからなのかは、わからなかった。

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