第四章 長寿の人形

 この日、寿命を終えたミネオールが展示されている博物館を見るために、他の星からやって来たひとりの人物がいた。彼は小説家で、生まれた星では勿論のこと、他の星でも多くの読者とファンを抱える、大人気作家だ。

 彼は初めてこの星に来たときにミネオールを見て以来、そのうつくしさと人間たちが人形に注ぐ愛情にに心奪われた。

 執筆の合間に、取材や時として息抜きのために何度もここを訪れている。

 白漆喰で固められた家々が並ぶ街並みを抜け、広い公園とそれの側に建てられた、大きいコンクリート製の建物。この建物が、寿命を終え、様々な理由で寄贈されたミネオールを納め、展示している博物館だ。

 彼は年間パスポートを受付に提示して、博物館の中に入る。

 初めてこの星に来てから一体何年が経ったのだろう。仕事の関係でこの星を訪れたのがきっかけだったのだけれど、その時に彼を出迎え案内してくれた人形とその主人。主人の方とは未だ交流があるけれど、人形の方は随分と昔に寿命を迎えた。

 その人形は今、この博物館に収蔵されている。

 主人は人形が寿命を迎えた後も暫く手元に亡骸を置いていたようだけれども、ミネオールとなった人形を、後学のために人々の目に触れさせるべきだと博物館に寄贈したらしい。

 彼は博物館の中で、黄色い髪で緑色の服を着せられたミネオールの前で足を止める。

「サルファー、久しぶり」

 この星に来て初めて出会ったミネオール、かつて親しくしていたその人形の名を呼ぶ。

 サルファーの穏やかな表情を眺めながら、彼は思いを馳せる。この星で、何人もの人形と出会った。

 サルファーをはじめとするミネオールにも数が少ないとは言え縁があったし、クレイドールの知り合いは、それ以上に沢山居た。

 居たけれども。多くの人形は既に寿命を迎えてしまっていた。

 今でも新しく人形と知り合う機会はあるけれど、時の流れを寂しく感じた。


 じっくりと時間をかけて博物館を周り、時折知り合いであったミネオールに心の中で挨拶をしたり言葉を送ったりした彼。太陽が空の天辺から少し傾いた頃に、博物館を出た。

 明るい日差しの元、博物館のすぐ側に有る公園に入り、ベンチに座る。色とりどりの花が花壇に植えられ、広場の所々にも小さな花が咲いている。

 広場で遊んでいる子供と、その子達が所有しているであろうクレイドールが走り回ったり、小さな花を摘んで輪を編んだり髪に飾ったりして遊んでいる。

 彼は暫くその光景を微笑ましく眺めていた。あの子供達にとって、クレイドールはとても大切な物で、愛するべき物で、お互いに尊重するべき物なのだ。

 楽しそうなクレイドールたちを見て、彼は思う。自分もクレイドールを所有する事が出来たら、どの様な気持ちなのだろう。この星に移住さえすればクレイドールを買う事が出来ると言われた事があるけれども、もしこの星に移住する事が出来たとしても、クレイドールを買う事が出来ない理由が彼にはあった。

 すこしぼんやりとした後、彼は持っていた鞄から一冊の文庫本を取り出した。しっかりとした厚みのある、けれども古びた本。この本はこの星の行きつけの古本屋で買った物だ。

 ぱらぱらとページを捲り、すぐに本を閉じる。それから、両手でしっかりと本を持って口元に持って行き、大きく口を開けて齧り付いた。

 口の中の古本を噛みしめ、飲み下す。その味はまろやかで香ばしく、甘い木の根の味に似ている。

 これが、彼がこの星に移住してもクレイドールを買えない理由だった。

 彼は、他の星で作られた、パルプを主食とする人形だ。クレイドールと違い扱いが難しいため、主に大人が愛玩用にと購入される事が多い人形なのだけれども、時としてその寿命は人間よりも遥かに長く、生きる骨董品として扱われる事もある物だった。

 彼は、自分がもうどれほどの時を生きているのかを知らない。

 ふと、広場で笑うクレイドールを見て彼が呟いた。

「僕が人形としての生を終えたとき、僕はどうなるんだろう」

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