第三章 神の幻

 華やかなドレスを着せられ、ベッドの上に横たわる人形。その胸に据えられた透明の石が、ゆっくりと明滅を繰り返している。人形の周りでは、人形の持ち主である少年と、その親と、仲の良かった友人達が見守っていた。友人達の仲には、今横たわっている人形と同じようなクレイドールも何人かいた。

 少年が横たわる人形の手をしっかりと握る。胸の石の光が段々と強くなり、明滅の速度も速くなっていく。

 泣きそうな少年の表情とは裏腹に、手を握られている人形の表情は穏やかで、これから起こる事を全て受け入れているかのようだった。

 人形の唇がゆっくりと動く。ありがとう。人形は確かにそう言った。その直後、胸の石が眩い光を放って砕け散った。

 光が消え、周りを囲っている人と人形が一点に視線を送る。核である胸の石が砕け、息絶えた人形の枕元に、黄色いフード付きのマントを着た人物がいつの間にか立っていた。

 彼は言う。

「君はここに居た。そしてここに居る」

 それを聞いた他の皆は胸の中心に、人形は自らの核の上に手を当てて一礼する。そうしている間に、黄色い人影は消え去った。

 どの人形も。クレイドールであろうとミネオールであろうと、命尽きるときにその幻は現れる。

「ちゃんと神様が迎えに来てくれた」

 大切な人形の最期を看取り、寂しいけれども神様の加護があった事に感謝し、少年は涙を零す。

 ひとしきり泣いて落ち着いた所で、人形をゆっくりと少年が抱え上げる。そして、いつも一緒に食事をするときに使っていた倚子へと運び、そこに座らせた。

 いつか少年がこの家を出るときに、この人形の亡骸を連れて行くのか、それとも人形を弔う施設へと入れるのか、それはわからないけれども、まだ暫くこの人形はここに居るのだろう。


 広い花畑の中にある大きな社。その中に有る良く陽が差す部屋で、黄色いフード付きマントを着た青年が座り込んだまま額に手を当てている。その様子を、花畑から摘んできた花を持った小柄な人影が、常磐色の髪を揺らし不思議そうに見る。

「はすたぁ?」

 その声にハスターははっとする。

「お帰りなさい、アザトース様」

「おーあ、あー」

 花をしっかりと持ったままのアザトースが、自分の額をハスターの額に当て、ぐりぐりと動かす。

 自分を心配しているのだろうと察したハスターは、アザトースを抱きしめて言う。

「ちょっと眩暈がしただけです。もう大丈夫ですよ」

 それから、アザトースを膝の上に乗せ手に持っている花を一緒に見る。すると、頻りにアザトースがハスターの事を見上げ花を渡そうとした。

「くださるのですか? いつもありがとうございます」

 ハスターが花を受け取ると、アザトースは嬉しそうな笑い声を上げた。

 受け取った花をアザトースに見えるように持ち、反対側の手の人差し指で、花の上に円を書く。すると、花は途端に瑞々しさを失い硬質な輝きを纏った。

 この社に迎え入れられてから、ハスターに与えられたのは、植物と鉱物を紐付ける力だった。宝石が樹に生るようにして欲しいとそう願い、叶えられたハスターは、その代わりに鉱物と、鉱物と共に生きる人形を司る神だと言われるようになった。

 いちどきに沢山の人形が寿命を迎えると体力が持って行かれる。人形の最期の時、人間と人形の信仰により、自らの一部が人形の元へと呼ばれてしまうからだ。

 それが煩わしいと思う事はあるけれども、人間たちから信仰を寄せられる事でアザトースの側に居られるのであれば、喜んでそれを受け入れる事が出来るのだ。

 手の内にある、宝石になった花をそっとアザトースの髪に挿す。アザトースは花畑を指さして話し掛けようとしているのか、言葉にならない声を上げる。ハスターは、それをじっと聴いていた。

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