六話 エンドロール
現在時刻は1時30分。場所は我が家。
リビングには、10年後の僕から届いた手紙をソファーでくつろぎながら不思議そうに眺める僕の部屋着を着た風呂上がりの平沢ノゾミと、バスタオルで体を拭いて後に部屋着へと着替えた僕がいる。山田トモミは現在、我が家のバスルームを使用中だ。いまから覗きに行こうにも平沢ノゾミが行く手を阻むであろう。
「それにしても、本当に迷惑な人だね。なにが『命が失われると書けば本気になると思った』よ」
「我ながらこんな大人にはなりなくないと思ったよ」
「まぁ、なるんだろうけどね」
そんな嫌味混じりの言葉を投げかけられた。
家に帰り、玄関で山田トモミと平沢ノゾミに待ってもらっておき、バスタオルで体を拭いている最中、なんとなく地下室が気になった。部屋着に着替えた後、地下室のメモ帳を覗いてみると、普段は1日に1通で夜にしか届かないはずの手紙が届いていたのだ。
内容はこうだった。
——2029年3月18日。
作戦成功、おめでとう。君のおかげで尊い命が救われた。まぁ、冗談なんだけどね、命が失われるって話。
もし、あそこで君が山田トモミさんを助けようとして川へ落ちなくとも、山田トモミさんは死にはしなかったんだ。山田トモミさんの後頭部がコンクリートから衝撃を受け、その影響で生きるのに不便な後遺症を残す事を引き換えにね。
それなら、寒い思いをしたことを割り切れるだろう? なら、万々歳さ。
そうそう、なんで死ぬって書いたかというと、僕にもそう書かれてたから真似したってのが一番いい理由かな。僕も君と同じように10年後の僕から手紙が届いていたんだ。不思議だよね。
それと、いまの君なら死ぬ可能性があるって書いた理由がわかるんじゃないかな。そう、命が失われると書けば本気にすると思ったからだよ。嫌な話だよね。では、今回の事件はこれにて終幕。また会えたら地下室で会おう。
——2019年12月25日。
僕と平沢ノゾミは、リビングのソファーでくつろぎながらお昼に放送することで有名な番組をみていた。ホワイトクリスマスにロケをしている芸能人が食べている御当地グルメを見ながら山田トモミの風呂上がりを待った。
「それにしても、私が助けに川へ飛び込まなかったらどうしてたのかな、舟橋くん。私がカナヅチなら3人とも死んでるよ」
「僕がカナヅチで悪かったね」
平沢ノゾミは嫌味混じりに僕のコンプレックスである泳げないことをいじってきた。
僕と山田トモミが川へダイブした時、平沢ノゾミが僕達を助けようと後を追うように川へ飛び込んだのだ。体力賞をもらっていた平沢ノゾミは運動神経が抜群であるので、僕達2人を土手へ引きずりあげることくらい簡単だったのであろう。まったく、どこにそんな力があるのか不思議で仕方がなかった。僕よりも男をやっている女だ。
「残念だけど私はカナヅチじゃなわよ」
お風呂あがりの山田トモミだ。僕の部屋着を着てリビングに顔を出したのであった。なんだか、女の子が僕の部屋着を着ていると思うと、なんだか不思議な気持ちになる。これが興奮というやつか。犯罪者予備軍だな。
「シャワーを借りている最中に思ったけど、私に黙っていた部分が手紙に書かれていたなんてね。それはいいとしても、そもそも舟橋くんが仮説を立てていて、それが殆ど真実だとわかっていたなら、どうして私をネコ橋に連れ込んだのよ。それを避ければクリスマスに3人で寒中水泳せずに済んだのよ」
……盲点だった。
あれから僕は山田トモミの勧めでシャワーを浴びることにした。彼女曰く、見ていると寒気がするくらい手がふやけているからシャワーでも浴びた方がいいとのことだ。まったく、気が効く真面目な学級委員だこと。それに、平沢ノゾミが探していた里親も見つかったみたいだし、これにてクリスマスに起きた事件は解決だろう。
平沢ノゾミが言っていた『黒猫に餌を与える人物』とは山田トモミの事であったのだ。彼女は平沢ノゾミが里親を探しているというチラシをみて、もしかしたらネコ橋に匿っているのではないかと思った。平沢ノゾミは誰がみてもおっちょこちょいな女子であるから、うっかり餌を与え忘れるのではないかと、こっそりマグロの缶詰を与えていたのであった。
そしてあの日、予想外の土砂降りの日にも、僕と別れてバスに乗ったフリをしてネコ橋へと向かった。すると、土手から相合傘をして歩く僕と平沢ノゾミを目撃。それだけならよかったのだが、相合傘をする間柄の女がいるくせに、僕は山田トモミをクリスマスに誘ってしまった。僕に対して少しの苛立ちを覚えた彼女は、相合傘をしていたのを目撃したことを打ち明けたのだった。
再びバスタオルで体を拭いて部屋着に着替え直していると、山田トモミと平沢ノゾミが僕の遊戯室である地下室を見てみたいと言い出した。僕は重い足取りで地下室へと向かうが、2人は興味津々だった。
まったく、僕は山田トモミにとんでもない任務を遣わされてしまった。それを考えると朝も起きれない。
地下室へと扉を開けると、そこには可愛らしい顔の黒猫がいた。まったく、僕がこれから猫アレルギーの母からどうやって黒猫を隠しきればいいのだ。そう、黒猫の里親は僕になってしまった。
山田トモミがこっそり餌を与えていたのは、飼いたくても飼えない環境にいたからだ。2人が2畳の狭い空間にいる間、僕は上から猫に戯れる少女を眺めるしかなかった。
ふとメモ帳の置かれている机を見てみると、そこには見慣れた時で『Happy Merry White Christmas.』と書かれていた。
地下室からのお告げ 皐月七海 @MizutaniSatuki
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