五話 当日
——2019年12月25日。クリスマス。
さて、ついにクリスマス。外は雪が降っていて寒い。今朝早くから降り始めたようで、雪も積もっている。早く山田トモミにはネコ橋に来てほしいものだ。
昨日、平沢ノゾミを家に送り届けた後に家に帰り、指先が悴んでいたので、そのままシャワーを浴びた。
それから録画していた番組を見てひと息ついたところで、僕の遊戯室である地下室の小部屋へと向かった。
案の定、メモ帳には新たに文字が残されていた。内容は山田トモミとクリスマスを過ごす方法。なかなかハードルの高い方法だったけど、僕の行動が事細かく記されていたので、疑いもせずに電話した。僕の仮説が正しければ、このままメモ帳通りにことを進めればいい。
電話した結果はOKだ。山田トモミは異様に慌てた様子でカタコトだったけど、なにか用事があったのかもしれない。それは悪いことをしたと思いつつ、僕はメモ帳を破ってファイルに入れたのだった。
現在時刻は12時45分。少し早めに出すぎてしまったようだ。とても寒い。
マフラーとコートだけでは今年の寒波を防げそうにない。新しいモコモコのインナーでも母にねだってみたいところである。
そわそわしているとはこのことだろう。何度も腕時計を見ては秒針の行方を目で追う。遅い、遅すぎるぞ秒針よ。もっと早く走れないのか。
そんなことを考えていると、時刻は12時50分になった。そのタイミングで、山田トモミは小走りでやってきた。その意外な服装に、思わず見惚れてしまった。
黒いヒールにチェックのスカート。白い服の上に茶色のチェスターコートを羽織っている。頭には黒のニット帽を被っており、肩には高そうで収納性の低そうなバッグを掛けている。髪もなにやらセットしているようだ。いつもの黒眼鏡も忘れずに。
僕が顔を赤くして山田トモミの服と顔を交互に見ていると、それが気になったようだ。
「どうしたの?」
「いや、少し意外でさ」
「なにがよ。私だってお洒落くらいします」
「だ、だよね。ちょっと普段より可愛かったからびっくりしただけ」
「そ、そ、それならいいんだけど」
僕と山田トモミはお互い、目を合わせられないまま地面の雪を眺めていた。
すると、一台の車が通り過ぎたところで我に帰る。本来の目的を見失うな。僕にはやらねばならないことがある。僕の推測が殆ど正しいことはメモ帳が示してくれている。あとは僕の力次第だ。
そう考えていると、山田トモミの顔が曇っていることに気がついた。僕とクリスマスを過ごすのが嫌なのだろうかとも思ったが、もっと別の理由があるだろうと理解した。僕の推測……というかもう殆ど僕の推測が真実なのだろうが、それによれば山田トモミはきっとあの子と繋がっているはずだ。何も心配することはない。
「そういえば、昨日平沢さんと相合傘してたでしょ」
何故それを知っていると言い返そうとしようとしたが、いまの山田トモミの言葉で僕の推測が確信へと変わったのでそんな気は起きなかった。
嬉しさのあまり、ふふふと笑いが溢れてしまっていると、山田トモミは「なによ」と不満気だ。
現在時刻は12時55分。そろそろ約束の時間になっていた。ここで立ち話をしていても進展しないので、僕は先を急ぐことにした。
「じゃあ、いこうか」
僕が歩き出したところで、山田トモミは驚いた様子で言った。
「手は繋がないの?」
「え?」
「え……」
思わず聞き返してしまったが、考えてみると手を繋いでいた方が成功率が高い。それに、向こうから誘われたからには乗ってあげるのが同じ学級委員の使命だ。
「いや、別に嫌ならいいんだけどそういうことかなと」
変に弁解をする山田トモミの手を握る。冷たい。山田トモミが普段使うバス停からネコ橋までそれなりに距離がある。先ほど見せたペースでこれば少しは早くたどり着くのだろうが、女の子は冷えやすいとどこかの本で読んだから、おそらくそうなのだろう。
僕はずっとコートのポケットに手を突っ込んでいたから、少なくとも山田トモミよりは暖かい。どちらにせよ、ここで手を繋いでおいて損はない。
「行こうか」
僕はそのまま山田トモミを引っ張るように歩いた。山田トモミがヒールを履いているので、普段よりは少し遅めに歩くことにした。
僕が橋の下へと向かっているのを理解した山田トモミは、意外そうな感じでこう言った。
「ネコ橋に行くの?」
「ああ、君に見せたいものがあるんだ」
「何、もしかしてサプライズ?」
「まぁ、そうとも言えるかな」
ゆっくりと階段を降り、橋の下にスタンバイしているであろう平沢ノゾミの元へゆく。事前に約束した通り、平沢ノゾミは猫の入ったみかん箱の段ボールを持って立っていた。それをみた山田トモミは、どういうことだと僕の方を見る。僕はそっぽを向いて頬を掻く。
すると山田トモミは、小走りで平沢ノゾミの抱える猫の元へ駆け寄ろうとした。僕は反射的に後を追った。
しかし、山田トモミは次の瞬間、命を失う危機に直面する。山田トモミはネコに向かうのに夢中で、彼女に迫る危機に気づかなかったのだ。普段の冷静な彼女なら、あんな落とし穴に気付かないはずなのだが、大好きなネコを前にして落ち着いていられるほど、彼女は劣等なモフリストではなかった。
山田トモミが小走りで猫の元へ向かう途中、走るのには不向きなヒールが地面から大きく離れた。彼女の足は、昨日の大雨にできた水たまりが今朝凍ってできた結氷で滑ったのだ。そのまま山田トモミの体は頭を下にするように宙に浮かんだ。平沢ノゾミは両手をダンボールに塞がれているから、片手を伸ばすしかできない。そう、この場に山田トモミを救える人間は僕しかいないのだ。
僕は反射的に後を追ったおかげで、彼女の体を両手で抱えることに成功した。の、だが、僕は命を失う危機に直面する。
山田トモミを救う事に夢中で、僕は自分に迫る危機に気づかなかったのだ。普段の冷静な僕なら、あんな落とし穴に気づかないはずがない。僕は山田トモミが滑った結氷に足を滑らせてしまった。しかし、不幸中の幸いというべきか、後頭部を硬く吸水性の低いコンクリートにぶつけることはなく、僕と山田トモミは川へダイブした。
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