01 汚い空気
「わかるー! 」「でしょでしょ! 」
部活からの帰り道、私の前をいっちゃんと豪田(
なんだよこいつら。
心の中で罵声を浴びせながら背中を追いかけるようになったのは、高校1年の夏だった。
きっかけは、大体見当がついた。私がいっちゃんの好きな人に告白されたのだ。そこそこ自信があったいっちゃんは、この件でプライドをズタズタにされたらしい。要するに逆恨み。飛んだとばっちりを食らったものだ。それからというもの、私が会話に入ると話をやめたり、私が言うことすべて否定してきたりと散々なのだ。
「さきちゃんは? これでい? 」
屋上で3点セットの購買のパンを食べる時だって決まって私は残り物だ。
『うん、大丈夫! それ好き! 』
こう答えるしか出来ない自分・この状況を変えられるぐらいの話術を持ってない自分も悲しい。
『あ、豪田っち、肩に虫いるよ』
親切にコガネムシが止まったことを告げると案の定、豪田は叫び出した。
「え!? きゃぁぁぁ!! 無理、無理、無理、無理!! 取って取って!! 」
豪田は“虫が嫌いな女子らしい自分”が大好きなのだ。
「ねぇ! さき! 虫平気やん! 取って! 早く!! 本当、私、虫無理ぃー!! 」
ぶりっ子したキンキンの声で私を呼ぶ。気持ち悪。なんだか急にイライラしてきて、反逆心が溢れてきた。
『ごめん、私もこうゆう虫はちょっと…』
露骨に嫌がってみせる。すると何を思ったか豪田は、より大きな声を出した。
「えー!? 本当にお願いぃ。さきぃ! お願いぃ。本当に嫌なの。さきぃ! お願いぃ」
いつも大きい豪田の声の2割増しぐらいで叫ぶのであたりからの視線を感じ始めた。端から見れば、私は、泣きつく豪田を蔑ろにする酷い人という立ち位置だろう。
なんだ、それが狙いか…
本当に心底気持ち悪い。
大げさに演技して泣きつく豪田
も、“いい気味ね”みたいな表情で見ているいっちゃんも、まんまと相手の策略にハマり続ける私も。
考えているとグルグルグルグル悪意が回った。しかたなく、リセットするため、うつむいて、小さく息を吸った。これは昔、おばあちゃんから教わったおまじないだ。
「ため息っていうのはね、幸せも吐き出しちゃうんだよ。だから困った時はそこらの空気を吸いな。そうすれば、ため息をついたその人の分の幸せもさきちゃんに取り込まれるからね」
私は何も疑うことなく、いつもこれを心の支えにしてきた。息を吸えばどんな悪意の空気で満ちていても、幸せを手にできてる気がしたのだ。すぅっと空気を体に馴染ませ、力を込める。すると、そんな私を見て、いっちゃんが顎を突き出して、眉毛をハの字にして声を出した。
「前から思ってたんだけどさ、いつもその変なのやってるよね(笑)
あー、気持ち悪ぅー 」
その瞬間、肝臓の中身が
口から出た気がした。
うぇ。
きも。
きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。きも。
それと同時に、怒りが胃の方からゴンゴン音を立てながら、登ってきた。
あ、うわ、これだめだ。
こいつら、だめだ。
さっきのパンが腹のなかで煮え繰り返る。頭の中が真っ赤になって何も考えられない。
とりあえず、目の前でいっちゃんの顔を回し蹴りした。
シュッ、ゴン
予想外だったのだろう。「え」という言葉だけ置いてそのまま床に叩きつけられた。ワンテンポ遅れて、いっちゃんがこちらを見上げる。
「え、さき…… 何してんの……」
豪田が素で問いかけてきたので肩を掴んで思い切りみぞおちに足を入れた。
ゲボッ
豪田の口からは茶色の液体が飛び出した。あ、スカート汚れちゃった。それをみて他の生徒たちが一気に静まる。あーあ、これで取り返しつかないなぁ。でも、這いつくばる2人を見るとどうしようもない快感がじわっと広がる。
「なめてんじゃねぇぞ、ゴラァァ!」
逆上したいっちゃんが右拳を振り上げた。その拳は私の防御も超えて脇腹にヒットする。痛い。横に吹っ飛ばされると、次はまるで映画のワンシーンのようにネクタイをつかまれ、左から拳が飛んできた。
ゴッ、ゴッ、
馬乗りにされて殴られる。
「いっちゃん、それはやりすぎだって!! 」
豪田が慌てているのが滲んで見えた。あ、私、泣いてるんだ。こんな奴のせいで涙が出てるんだ。そんなことさえ、腹立たしい。
先生が屋上に入ってきて、ようやく、血だらけのいっちゃんの拳は失速した。その瞬間、いっちゃんの手から逃げ出す。口の中は血の海だ。
そして、ふと携帯を見つけて、いいことを思いついた。携帯を開け、インスタを開く。そして、左上をタップしてライブまでスライドした。また小さく息を吸って、インスタライブ開始ボタンを押す。
『えっーと、今から自殺します!』
わざと大声で叫んで、みんなに聞かせる。
『私はいじめを受けていました! いじめたのは、佐川県上桂市最多町202の
ニコッとはにかんで外カメラにし、その2人を画面に写した。2人の顔がみるみる青ざめていく。また、内カメラに戻して今度はボコボコの自分の顔を写す。
『今日もこんなに殴られました。酷いですよねぇ? 』
いつも豪田がやっているようにありったけのぶりっ子をした。それを見て先生がこちらに駆け出そうとする。
『う、動かないで!!!! 』
私はまるで漫画のヒロインのように内股になって首を振った。
『動いたらここから飛びおりるから! 』
そこまでいうと全員の動きが綺麗に止まった。あら、すごい。
『いっちゃんと豪田っちは前に出て』
真顔で促すと2人は前に出てきた。膝はガクガク震え、目に涙が溜まっている。
スッと息を吸う。
『えーっと、今から2人のせいで自殺するんだけど何か言うことはない? 』
いつものいっちゃんのように上から目線で問いかけると、2人は涙ながらに訴え始めた。
「ごめんね! 羨ましかったの! 」
「そ、そうよ! だからこんなバカなことはやめて! さきちゃん! 」
「お願いぃ、さき! さきぃ!! 」
今度は豪田が、泣きながらぶりっ子し始めた。私がそれで許すと思ってやっているのだろうか。
『残念! ごめんねー、ムリー! 』
高らかに笑いながら宣言すると、今度は先生が割って入ってきた。
「佐藤!! こっちで話をしよう。な? 2人ともこれだけ反省してるんだ」
「そうよ! さきちゃん! 」
「いっぱい謝るからぁ! もう2度と意地悪しないからぁ! 」
これを皮切りに周りの生徒まで2人の味方となって私に話しかけ始めた。
「佐藤さん! 落ち着いて! 」
「最上さんも豪田さんも反省してるじゃん…! 」
「許してあげて! 」
ここまで聞いて耳が情報をシャットアウトする。は? え? 嫌、待ってよ、みんな。先に酷いことしたのは向こうでしょ? 何、2人の肩持ってるの? これじゃ…これじゃまるで私が悪役で、あの2人が被害者じゃん。
ここでもう、私の中で何かが吹っ切れた気がした。
『分かった』
『…もういい許す』
ワァァァ!
私の言葉を聞いて拍手喝采が始まる。
関係ないのに泣いてる人までいた。
すると、いっちゃんと豪田が私の元に駆け寄ってきた。は「ごめんね、ごめんね」と言いながら、いっちゃんは目を赤くして、2人とも泣きながら走ってきた。
私は笑顔で2人を抱きしめようと手を伸ばす。そして、2人を受け止めて、
そのままホイッと
運動場めがけて投げた。
ス - ~~~~~
コ"コ" ン ッ
鈍い音が鳴って、辺りが静まり返る。
私は、外カメラで赤く染まる2人を写した。
そして、目を見開き、ずっとずっと
言いたかった言葉を叫んだ。
『 あ"あ"あ"ー 気"持"ち"悪"ぅ"ー 』
えっーと、今から自殺します! ~ 狂気の復讐インスタライブ ~ なのか はる @nanokaharu
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます