そして朝を迎え、いよいよ実践へ
「ここは俺が使っていい部屋だと思ったんだか、なんでお前がここにいる?」
「……ん……んん……、あ、おはよぉ、ヒーゴ……」
睡眠中に魔族などの襲撃に遭ったことは数えきれないほどあったが、異性に夜這いされた経験は初めてだ。
「看病に決まってるでしょ? あんなに青い顔してフラフラしてたのよ? 心配するに決まってるじゃない」
何が青い顔だ。
元々青い……青い?
……青、だよな。
部屋の鏡で俺の顔を見る。
いつもの青い肌だ。
けど、なんか違和感があるが……いつもと同じ色だ。
「そうだ。今の時間は……いつも起きる時間とそんなに変わらないか。なら体調も普段と変わらないな」
「私はちょっと遅れたけど、今日から今までと違うメニューだから問題ないか」
「違うメニュー?」
「何よ、昨日自分でも言ってたじゃない。体鍛えろって。みんなと一緒に頑張るから、指導よろしくね?」
背中まで届くロングヘアーに縦ロール。
そんな髪型で運動?
服装なら簡単に着替えできるだろうが……。
本気でやる気はあるような目つきだが、結果を出せるとは思えんな。
まぁとりあえず……。
「朝飯の準備だな」
「私のやる気、スルーされた?!」
※
ミーンは後ろから何やら俺に向かって騒ぎながらついてくる。
耳を閉店休業にしていれば問題のない話。
もっとも傭兵稼業じゃ、敵になる魔族どもは俺に休業日を作ってくれる気はないらしい。
「あ、ちょっと。今朝の朝食はそっちじゃないわよ!」
「そっちじゃない?」
外に出ようとした俺を後ろからミーンが呼び止めた。
あの大人数で飯を食う場所となると、昨日のように立食が手っ取り早く済ませられないか?
「……今までの日程を見直しして、今日からはヒーゴとレックスの指導の下で毎日の日課を決めるの」
寝言を言うには早すぎる時間だ。
これから一日が始まるというのに。
「いや、それはいいが、朝飯はどこで食うんだよ」
「食堂よ。伝えたでしょ?」
「聞いてないが?」
「え? 教えたでしょうが」
うん、聞いてない。
レックスには伝えてたかもしれんが、俺は全く聞いてない。
先々までいろいろと考えてるかもしれんが、足元が完全にお留守だな。
「スタッフに料理してもらうから。それと自警団全員もそろっての食事だから」
「いいんじゃないか? 俺は知らんが」
「知らんって、ちょっと冷たくない?」
冷たいも何も、どこに食堂があるかも分からないし案内もされないんじゃな。
あぁ、そうか。なるほど。
「ちょ、どこ行くのよ。そっちは玄関だってば」
「だから食堂がどこだか分からないし、俺だけの分なら外に行って食料調達して自分で適当に手を加えて食うさ」
「どうしてそうなるのよ。ちょっと! こっちだってば!」
除け者にしたいのか迎え入れたいのかどっちなのか。
とりあえず、腕にしがみつかれそのまま引っ張られていくミーンに身を任せた。
行き先である食堂に辿り着く。
厨房のスタッフを除けば一番乗りかと思いきや、すでに全員揃っているようだ。
みんな揃って配膳の手伝いなどをしている。
「お、おはようございますっ!」
昨晩、ずっと俺を睨み続けていた自警団の連中から、真っ先に挨拶された。
何の心境の変化か。
だがそっちが変わったからと言って、こっちも変わらなければならない理由はない。
「……俺が朝飯の準備をしなきゃならんと思ったから早起きしたんだが、その必要もなさそうだな。俺は一旦部屋に戻る。時間になったら呼びに来てくれ」
「え? ちょ、ちょっと待って」
俺の知らない所で俺の知らない予定を立てられてその巻き沿いをくらっても、俺にはその立ち回り方が分からない。
足を引っ張って余計な手間をとらせてしまうよりは、大人しく引っ込んでた方がマシというものだ。
「よう、今朝の調子は……戻ったみたいで何よりだな、ヒーゴ」
レックスと食堂の出入り口で鉢合わせになった。
そう言えば、こいつはあまり落ち込むようなことがないな。
見習うべきとは思うが、何も考えてなさそうにも思う。
そこは見習うべきではないだろう。
「昨日、お前が部屋に戻ったあとでちょっといろいろとな。ま、昨日よりは言うこと聞いてくれると思うぜ?」
「そうか。それは良かった。じゃあな」
ウィンクしながらのドヤ顔がウザい。
この顔に二十年も付き合わされた身にもなってほしい。
「ちょっと待ちなさい! どこ行くのよ」
「今日からいろいろと指導するんだろ? なら計画を立てる必要もあるだろう。その目的も分かりやすくしとかないとな」
「お、おい、ヒーゴ」
レックスからも呼び止められたが何の用があるのというか。
そんなことよりも、今日一日何をするか、連中に何をさせるか考えないと。
今日一日が終わった時に、金貨一枚分の価値がない仕事と言われるのはまずい。
連中の朝飯が終わるまでの間、昨日よりもじっくりとこの辺りを探索しておかないとな。
※
屋敷の外周と、昨日の朝、魔獣を狩った辺りを探索。
山脈の方では、ここからさらに離れた場所に、壊魔とは無関係の野生の魔獣や猛獣の住処があるようだった。
食肉の調達は事欠かないようで、俺達がいる限りここにいる孤児らは飢えることはなさそうだ。
時間的頃合いを見て食堂に戻る。
全員が朝食を終えて食休みをしていたようだった。
「お、ヒーゴ。何やってたんだよ」
「ちょっとヒーゴっ。どこ行ってたのよ」
まったく……。
指導役が教わる連中と一緒にのんびりして何ができると言うのか。
「これからの予定は、午前の間、ガキどもはレックスと一緒に畑を広げる作業を終わらせること。終わらせられなかったらここから出ていくこと。俺もレックスもここをクビになること」
「おいおい」
「ちょっと!」
まぁ文句は出るだろうな。
「自警団とやらは俺と一緒に昼飯の調達。詳しい内容は山の麓で伝える。ミーンも付き添え」
「あー、ヒーゴ。ちょっといいか? 屋敷の敷地の外に、その敷地の広さ以上の範囲で畑を耕すんだろ? ガキどもだけじゃ無理だろ」
「だからお前もやれっつってんだ。お前も一緒ならできるだろ」
普通の人馬族とは桁外れのパワーとスピードがある。
何かを植えるのであれば流石に時間は足りなさすぎるが、土を柔らかくするだけなら問題はない。
「いつまでも土づくりに構ってられないだろう。すぐにでも終わらせなきゃ、次の段階に進めない。ミーンよ」
「な、何よ」
「ガキどもに、自分で生活できる知恵を与えたいんだろ? 俺達にじゃれついてる暇なんかないんじゃないのか?」
「う……」
ミーンは返事に詰まる。
が、何を思っているのか、何を言いたいか、俺には興味がない。
「で、自警団とやら。全員で何人だ?」
「一チーム六人で十二人。えっと」
「よーし。じゃあこの建物の裏……昨日俺達が壊した塀の所に移動。ミーンも来い」
「ヒーゴっ! ねぇ! ちょっと!」
ミーンが何か騒いでいるか、それどころじゃないのを分かってないんだろうか。
※
俺がこんなことを覚えたのはいつだったか。
年は忘れた。
だがこれだけは覚えてる。
彼女……青の一族の人達から教わった。
農作業のこと。
狩猟や釣りのこと。
獲った獲物の解体の仕方。
有毒生物について。
簡易の建物の作り方。
その他いろいろ。
生きていて、一番楽しかった時代のような気がする。
たくさん遊んでもらった。
遊びながら、そんなことを身につけていった。
けど、あの頃と今はあまりにも現状が違い過ぎる。
国の兵力、軍事力が少しでも落ちれば、ランザイドも壊魔に一気に押し潰されてしまう。
そんな状況の中、俺が教わったようなやり方で教えてやるには、あまりに暢気すぎる。
「全員、揃ったわよ? 言いたいことはいろいろあるけど」
「この中で魔力に長けた奴はいるのか?」
手を挙げたのは四人。
聞けば、魔法攻撃担当と回復並びに補助魔法担当が二人ずつ。
力量はどれほどの物か、他の人員は何の担当かは知らないが。
「ミーンはここで待機。残りは俺と一緒についてこい。獣狩りをする。ただの動物か魔獣かは知らんが」
ある程度は説明していたから、この時はそんなに動揺はなかったが。
「俺が一匹引き寄せて、お前らで仕留めろ。できなきゃここまで逃げ切ること」
「お、俺達だけで、ですか?」
「ヒーゴさんも手伝ってくれるんですよね?」
厳しい世界情勢の中で、随分甘いことを言えたものだ。
俺がそんなことを学んでいた頃は、随分甘えさせてもらった。
同じ情勢なら、同じようにもっと甘いことを言えたはずだったんだがな。
「俺がいなくなったら飢え死に決定だな。飢えて死ぬか襲われて死ぬか、逃げ切って勝機を伺うかのどれかを選べ。じゃ、行くぞ」
甘えさせてもらえたが、今の俺のように厳しいことを言われたことも何度もあった。
今の体ならどんな危機も乗り越えられる。
だがあの頃の俺は。こいつらと体力的にはほとんど変わらない。
しかし魔力はなく、仲間もいなかった。
協力し合えば何とか倒せそうな獲物を引き寄せる。
レックスならそれも自在にできただろうが、まぁ何とかなるだろう。
傭兵ヒーゴ=カナックは笑わない 網野 ホウ @HOU_AMINO
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