第6話

宇宙人6




宙を置いて一人で帰ったアイラは教室の外からこっそりと中の様子を伺っていた。

驚きで間抜けな表情の宙を見たアイラは、作戦が上手くいったことにほくそ笑む。


「よし、この一週間はこの作戦で行こう」


そう決めたアイラはバレる前に教室から離れ下駄箱に降りて行く。

アイラは宣言通りに二日三日と一人で帰る放課後を楽しんだ。しかし、


「なんか、満足感がない」

『経過報告。対象の会話反応から効果ありと判断。このまま経過の観測を提示します』


イズの計算に間違いはない。そう信じきっているアイラだが、胸に募るモヤモヤに何かを間違えている気がして納得がいかない。

しかし、宙に反応があることを知ったノエルは、イズの助言に従い作戦を遂行する。


「宙を、落とすため」


イズの提案を実行し始めてから五日。既に作戦は第2フェーズへと移行していた。

学校ではアイラから話かけることは極力避け、宙からの会話も素っ気なく対応した。

今日の放課後を迎えれば、明日からは土日の2日間宙に会えなくなる。それを考えたアイラは、胸が苦しくなるのを感じた。

心臓を揉まれているかのような痛みにアイラは気分が悪くなる。


「アイラ大丈夫? 顔色悪いけど」

「だ、大丈夫」


気丈に振舞うアイラだが、その様子は側から見ても明らかに大丈夫ではない。


「家まで送って行こうか?」

「……い、いい。大丈夫」


宙からの魅力的な誘いについ即答しそうになるアイラだが、なんとか堪える。ここで誘いに乗ってしまえば、一週間の努力が無駄になってしまう。


「大丈夫だから!」


アイラはそう言いながら宙の元から走って逃げ出す。荷物も持たずに去って行くアイラを見つめる宙はどうしていいか分からずに立ち尽くす。


「はあ、はあ、はあ……」


全力で逃げてきたアイラは、階段の踊り場で壁に手をついて息を整えていた。

宙の近くにいると胸の動悸が激しくなる。


『その症状は恋であると考えます』


イズが示す答えにアイラは疑問符を浮かべる。恋とはもっと楽しいものだと思っていたアイラは、自分が苛まれている苦しさが恋だと言われ困惑する。


『作戦の変更を提案します。主の精神状況と対象の反応を比較し、次の作戦を提案します』


アイラは目の前に示された作戦を見て、少しだけ心が楽になるのを感じた。



「アイラ、大丈夫かな」


教室に取り残された宙は、アイラが出て行った扉を見つめながらそう呟いた。ここ最近のアイラの様子がおかしかったのに何か原因があるのではないかと考える。


「宙君、アイラどうしたの?」

「分かんない。具合悪そうだったけど、走ってどっか行っちゃった」


アイラが走って行くのを見た忍は宙の元にやってきて事情を聞く。だが宙もまだ何も飲み込めていない。


「追いかけなくていいの?」

「荷物あるし……」

「はあ……」



煮え切らない態度の宙に忍はため息をつく。


「いいから行け! それでも男か!」

「そんな横暴な……」


忍の圧力に負けた宙は恐々教室から出て行く。だがアイラがどこに行ったのか分かるはずもなく、すぐに足が止まる。

仕方なくぶらぶらと学校の中を散歩する。

アイラが何故急に逃げ出したのか。そしてこの一週間の態度と何か関係があるのか。


「あ、アイラだ」


ちょうど宙が廊下の角を曲がった時、突き当たりにある階段からアイラが降りてくるのが目に入った。

アイラは屋上に行っていたのかと理解した宙はその足でアイラの元に向かう。アイラは俯きがちにゆっくりと宙の方向に向かっている。だが、まだ宙の存在には気づいていない。


「アイラ!」

「……っ!」


声をかけられ初めて宙に気づいたアイラ。はっとした表情で宙の元に駆け寄って行く。


「だ、大丈夫?」

「う、うん。ごめん、急に怒鳴って」

「いや。僕の方こそごめん」


宙は自分が何に謝っているのかも分からずに口をついていた。

アイラは宙の正面に立ち、前髪で顔を隠すように下を向いている。両手は何かを我慢するように固く握りしめられている。


「教室戻ろう?」

「宙、一度でいいから、ギュってしたい」

「え?」

「一回でいい」

「手じゃ、ダメ?」


宙が片手を差し出すがアイラは頷かない。その表情は初めよりも真っ赤になっている。熟れたトマトのようなその顔を宙は拝むことができない。


「後ろからは?」

「ええ……」


困惑する宙はアイラが何を考えているのか分からない。


「ダメ?」

「うぅ……」


顔を上げ上目遣いで見つめるアイラ。可愛らしいアイラの不意打ちに宙は呻き声を上げ葛藤する。


「ちょ、ちょっとだけ……」


そう言って宙はアイラに背を向けた。

アイラはその背中に飛びつくように細い腕を回した。そのまま甘えるように背中に額を押し付ける。

背中越しに伝わる柔らかい感触に宙は息を止める。


「宙、ごめん。冷たい態度とって」

「い、いや。大丈夫。でも、なんで?」


後ろからの声に宙はしどろもどろに答える。


「押してダメなら、引いてみろって」

「は?」

「好きな人に振り向いてもらう方法、聞いたの」

「あ、ああ。そうなんだ」


アイラのまっすぐで正直な言葉に宙はドキッとする。アイラのこの姿勢に慣れたつもりの宙だったが、アイラの作戦はしっかりと効いていた。


「でも、宙と話してないと私が苦しくなって切なくなって、胸が苦しくなった。最初は大丈夫だったんだけど、やっぱり宙と話したくなったの」


そこで区切り、心を落ち着けるように一息ついた。


「私、宙が好き。これからもずっと。たまに、こうしたい。また、お願いしてもいい?」


腕を解いたアイラは前髪の隙間から宙の様子を伺うように覗き込む。

背を向けたままの宙は動かない。だが、顔は火がついたように赤くなっている。アイラにバレてはいないかと、内心でビクビクしている。


「ダメ」

「そう……」

「人がいるところでは」


区切った言葉にそう続けた宙は、顔を見せることが出来ずにいた。


「ありがとう宙」

「ううん。僕も、アイラのお陰で少しずつ女子と話せるようになってきたから。でもあんまり人前でくっつかれると、恥ずかしいし」

「分かった。今日は一緒に帰ろ?」

「それくらいなら」


アイラの要求を了承した宙。二人は並んで教室へと戻っていった。

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隣のあの子は宇宙人。 明通 蛍雪 @azukimochi

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