第5話

 入学式から一週間。学校生活も安定してきた頃、宙はアイラと並んで昼食を摂っていた。


「ご馳走様でした」


 先に食べ終えた宙は弁当箱を片付ける。アイラも小さな口で一生懸命追いつこうとしている。


「ゆっくり食べなよ」

「宙と話せる時間が勿体ない。でも、お弁当残したら怒られる」


 葛藤するアイラに宙は苦笑いを浮かべる。一週間で、宙はアイラと昼食を共にすることが習慣になってしまった。

 周囲もそれとなく二人の邪魔をしないように気を遣っている。


「宙、これあげる」

「あ、はいはい」


 そう返事をした宙はアイラの弁当箱からミニトマトを摘む。

 これも、この一週間で決まりとかした流れの一つだ。ミニトマトが嫌いなアイラは毎回宙にミニトマトを託している。


「ご馳走様」


 日本の文化をしっかりと学んでいるアイラは合掌し、弁当への感謝を表す。

 宙が食べ終わってから五分とかからずにアイラも食べ終えた。弁当箱を綺麗に包み鞄にしまうと、アイラは宙の方を向く。


「……何?」


 目をじっと見つめられたアイラに宙はたじろぎながらそう聞いた。


「こうすると、恋が叶うって教えてもらった」

「なんで平気でそんなこと言えるかな……」


 一週間昼食を共にしてきた宙は、アイラのこ類の発言にも慣れてきた。照れることは変わりないが、それでも赤面させられることは少なくなった。


『対象の反応希薄。情報を元にアプローチの方法を思索します』


 イズが頭の中で、宙の攻略ルートを構築している間、アイラは宙との会話を楽しむ。

 女子が苦手な宙だが、アイラのおかげが、最近では他の女子と話すこともできるようになってきた。


「宙君、数学の課題出した?」

「ごめん、まだだ」


 突然話しかけられても無駄に緊張することなく対応する。

 それを見ていたアイラは、嬉しさ半分、ヤキモチ半分で見つめていた。


『対象の心拍数に異常なし。現状で主と接近した時が最も心拍数が上昇しています』


 それを聞いたアイラは少しだけ嬉しくなり、溢れる笑みを隠すように手を顔に持ってくる。


「アイラ、何してるの?」

「なんでもない」


 顔を隠すアイラを疑問に思った宙は聞くがアイラははぐらかす。なんとか表情を引き締めたアイラは再び宙を見つめる。


「そんなに見ないでよ……」

「照れてるの?」

「照れるっていうか、恥ずかしい」

「ふふ、可愛い」

「からかわないでよ!」


 宙は耐えられずに立ち上がり教室を出て行く。


「宙、どこ行くんだ?」

「トイレ!」

「俺もー」


 教室を出て行こうとした宙に山田がついていく。アイラは顔を赤くする宙を満足気に見送った。


『対象の分析完了。最新情報を組み込んだ次の作戦候補を提示します』


 目の前の情報を吟味しながらアイラは次なる作戦を決定した。



 放課後になるとアイラはいつものように宙を見る。この後はお決まりのセリフを言い

 宙と共に下校することになる。

 だが、今日のアイラは違った。


「宙」

「ちょっと待って。このプリント出してくるから」

「いや、今日は一人で帰る」

「……え?」


 アイラはそう言って、鞄を手にとるとさっさと教室を出て行く。

 その後ろ姿を見ていた宙はプリントを片手に、机に手をついて固まっていた。


「なんだ? 振られたのか?」


 山田が面白がりながら聞いてきたことで宙は現実に引き戻された。


「別に、そんなんじゃないし」

「そうか。それならいいけど」


 山田はそれだけ言うと宙の元から離れる。


「アイラに釘さされちまったからなー。宙に近付きすぎるなって、女子だけじゃないのかよ」


 かつてアイラに呼び出された時に、そう念を押して言われた山田は必要以上に宙に近ずくことを禁じられていた。


「何を企んでいるのか」


 山田はアイラが何を考えているのか。分かっているのは、本気で宙に恋をしているということだけだった。

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