第4話
シチュエーション斬り3
「宙。おはよう」
「あ、おはよう」
宙が学校に向かって歩いていると、後ろからアイラが声をかけた。宙は相変わらず女子に慣れないのか、パーソナルスペースを守っている。
まだ学校から近くない道には二人しかいない。車のボンネットでくつろぐ猫を一瞥した宙は不意に思い出した。
「アイア、課題やった?」
「もちろん」
「そうだよねー……」
『対象の心拍数の上昇を確認。話題から課題をやっていないと推測。対象との距離を縮める良い機会だと推察します』
宙はアイラの目が一瞬光ったような気がした。
「やってないんだ?」
「う、うん」
「私が教えてあげようか?」
「あ、ありがとう。でも山田に見せてもらおうと思ってるから、大丈夫だよ」
山田というのは宙に最初に話しかけてきた男子だ。校門前の騒動で、誰もが宙を見世物のように扱っていた中、山田は臆することなく宙に話しかけた。山田のおかげで宙はクラスで浮かずに済んだのだ。
「そう」
宙はアイラが簡単に引き下がったのを、少し不審に思った。だが、わざわざ自分から話を広げるようなことはしない。
それから学校についた宙は教室で山田を探した。山田の机には荷物があるためトイレにでも行っているのだろうと思った宙は自分の席で時間を潰す。
少ししてから教室の前の入り口からアイラと山田が入ってきた。
「山田、課題やってきた?」
「おっす宙。課題? 俺も写させてほしいくらいだよ」
「山田もやってないの?」
「も、ってことは宙もやってないのか?」
「うん」
宙は困ったと頭を抱える。山田以にまだそこまで仲の良い人間はいない。そもそも入学数日で早速課題をやり忘れる奴、というレッテルを貼られてしまうことになる。
「宙、私が教えてあげる」
「あー、うん。お願いします」
宙は背に腹はかえられぬと覚悟を決めノートを開いた。アイラは宙の机に椅子を寄せ、ピタッと肩をくっつける。
「あ、アイラ。近くない?」
「寄らないとノートが見えないから」
「いやでもほら、近いよ」
困惑する宙は椅子をずらす。しかしこれ以上は課題がやりにくいため逃げられない。結局諦めるしかなく、アイラと肩を寄せ合った状態で課題に取り組む。
「そこはこの公式」
「あー、なるほど」
アイラは教科書を開いて教えていく。決して自分のノートを丸写しはさせない。そうしてしまえば、宙と接する機会が少なくなってしまうからだ。
「宙、明日も課題忘れてきていいよ?」
「ええ、ちゃんとやってくるよ」
「宙、今日一緒にお昼食べよ?」
「いやあ、山田と……」
宙がそう言いかけるとアイラは山田を憎々しげに睨みつけた。山田は背後からの視線に悪寒がした。
「また山田。宙は山田が好きなの?」
「えっと、嫌いじゃないけど、アイラの言う好きとは違うかな」
「私は宙が好き。宙は私が好きじゃない?」
「人としては好きだけど、恋とは違うよ」
「私の好きは恋だよ?」
「……あ、ありがとう」
宙は直球なアイラにたじろぐ。どこまでも譲らないアイラに、宙は罪悪感が生まれる。
「僕は応えられないよ?」
「大丈夫。私が宙を変えるから」
「変えるって、無理だよ。小学生の時から女子が苦手なんだ」
「でも今は大丈夫?」
「大丈夫ではない。止むを得ずって感じ」
「そうなんだ」
アイラはそう呟いてから少しだけ間隔を開けた。
「無理してるならやめる。でも諦めないから」
「ごめん」
宙はアイラに対する答えが見つからずそう言うしかなかった。
『対象の視線が安定していません。声のトーンが下がっています。軽いスキンシップで攻めましょう』
「宙」
「何?」
「好き」
アイラはそう言いながら宙の手を握った。宙は閉じかけたノートの上で重ねられた手に思わず赤面する。
「これくらいなら大丈夫?」
「……だ、大丈夫」
それを聞いたアイラは花のような笑顔を浮かべる。アイラは先日握れなかった宙の手をゲットし嬉しそうに相好を崩す。
「熱心だねえ……」
一人、アイラの策略を知っている山田は、二人の様子を見て呟いた。
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