第4話 魔法使いでも墓には入る
魔法老人ホームで、一人の老人が亡くなった。九十六歳の大往生であった。ディルクの前には小さな石となった彼が置かれている。ディルクが杖を持ち何やら呟いてそれで墓石を指すと、星雲のような光が周囲を包み込み、墓の周囲が小さな花で満たされた。自分が初めて覚えた、薬の調合以外の魔法であり、祖父が初めて自分に教えてくれた魔法だった。
「もっと色々教わりたかったなあ」
教会のベルが肌を震わせた。その時である。
「失礼」
声をかけたのは、スラっとした長身の青年だった。手足は蜘蛛のように長く、腰をカクンと曲げてディルクに顔の高さを合わせようとしているが、それでも彼の高い鼻先はディルクの頭より高い位置にある。首には黄金のロザリオが揺れていたので、ディルクは慌てて杖を花に向けた。
「ごめんなさい、教会の人ですよね、すぐ片付けます」
杖を振るうと、墓石の周りに咲いていた花はみるみるしぼんでいき、最後には風で崩れてどこかへ飛んでしまった。男は目をぱちくりさせた。
「あれ、枯らせてしまったのかい。せっかく綺麗だったのに」
「え」
「しかし、その墓だけというのは実にunbalanceだね」
男は懐から箸ほどの銀の杖を取り出すと演奏の指揮棒のようにそれを振った。先ほど花が枯れた場所から、新しく花がパッと咲いていく。それにとどまらず、花畑は墓地全体を包み込んだ。閑散としていたのが嘘のようである。
「この方が美しい」
男は指フレームで景色を覗いた後、満足げにうなずいてその場を後にした。
「あの」と声をかけたディルクに対し、男は振り返らず手を振って応えた。
「もし君がハーデぺウスに来ることがあれば、また会う機会もあるだろう。それまでその魔法と心を忘れずに」
「いやあの、僕に用があって声かけたんじゃないんですか?」
「そうだった」
男は長い脚でクルッとターンし、先程より早足でやってきた。
「テンバス先生の墓はどこか、君知ってるかい?」
「テンバス?」
「そう、テンバス先生」
「誰ですかそれ」
「知らないのかい、じゃあええと、どこから話そうかな。まず、二十三年前にバルド帝国で、貴族と魔法使いの子として生を受けたわけだけど」
「テンバス先生が」
「いや、僕が」
「え、その話今必要ですかね? てか長引きますよね多分」
「長引くけど仕方ないだろ、我慢したまえ。歴史というのは神によって紡がれた一本の線。何処を切り取っても辿り着くのは同じところなんだよ」
「何言ってんのこの人、怖っ」
「しかし、確かに君の言うことも理解できる。ここで僕の生立ちから今日に至るまでを語ることも重要だけど、それ以上に恩師の墓を探すのも重要なことだ。ということだろ? まさに僕の親友が言いそうなことだ」
「なんなんだよこの人、怖っ」
「仕方ない、あまり気が進まないがあの魔法を使うか」
男はそういうと、詩のようにゆったりと自分の過去を魔法で語りはじめた。
「かくかくしかじか、これこれこう。よってこうなるキューイーディー」
「なるほど、父親がバルド帝国魔法師団員でしかも母親の実家が貴族だったから、魔法学もお金も何不自由のない少年期を過ごしたものの、数年前帝国が打ち立てた魔法撤廃令によって家は没落し、自分は両親を残して旅に出て、その道中に出会ったのがテンバス先生という老人で大変お世話になったけれど、不幸にも先日亡くなったと連絡があって、葬儀にも参加できなかったからせめて墓参りに、と思ってやって来て、どうにもそれらしい墓が無いので困っていたところ、全身黒づくめの人がいたから教会の人間と思って声をかけた、というわけですね」
「そう」
「前半の話、やっぱり絶対無駄ですよ」
「まあそんなことは良いんだ。で、君知ってるかい? テンバス先生の墓」
ディルクが首を横に振ると、男は肩をがくっと落として、またごそごそと銀の杖を取り出した。男は目を閉じて静かに念じると、杖で宙に十字を描き、杖を地面に突き立てた。それ以来、男は石のように動かなくなった。
「……何やってるんですか」
「話しかけないでくれ。集中力が途切れる。おお神よ……」
すると男の祈りに呼応するように、どこからか風が吹く。そして風に煽られた杖は、何の変哲もなく風向きに沿って倒れた。その先に会ったのは、ディルクの祖父の墓石だった。
「ああ、テンバス先生! お会いしたかったです。こんなに小さくなってしまわれて……」
「あの、これうちのお爺ちゃんの墓です」
「なんと。君はテンバス先生のお孫さんというわけだね」
「いや、うちの爺ちゃんはハンク=グリューネヴァルトです」
「え、意味わかんない。じゃあもう一回。おお神よ……」
今度は別の方角に、杖は倒れた。
「よし、あっちか。ではまた会おう、小さな魔導師君。君には才能があるし、ハーデペウスに来ればきっと出世できるさ」
男はまた長い脚でくるっとターンして、大股でグングン歩いて行った。あっちは鶏小屋だった気もするが、凄い魔法っぽいしもしかすると本当に小さな墓があるかもしれないと思い、何も言わなかった。
そんなことより、彼は我慢してもこみ上げてくる希望と笑いに精一杯だった。今まであった中で一番意味わかんないけど、一番凄い魔法使い。その人に「君には才能がある」と言われたのだ。しばらくその場を飛び跳ねて見たり、円を描きながら走ってみたりして、胸をドキドキ言わせながら家に帰った。
「父さん! 僕にもっと魔法を教えて!」
「教えられるか!」
「あなた、かなりのスピードで突っ込みましたもんね、うふふ」
シュターデンは雑木林に突っ込んでから、全治三ヶ月の重傷を負っていた。
敗戦で魔法文明が衰退したので、歴オタが推しの魔法使いについて語るようです! 備成幸 @bizen-okayama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。敗戦で魔法文明が衰退したので、歴オタが推しの魔法使いについて語るようです!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます