20年ものの古酒の瓶で脳天ぶん殴ってやったよという話

桑原賢五郎丸

20年ものの古酒の瓶でぶん殴ってやったよという雑な比喩

「友情とは、酒のようなものである。

 長く経てばまろやかになって価値が上がる。

 けどたいがい瓶に入ってるので、落とすと割れちゃう」


 というニーチェの有名な言葉がある。賢明なカクヨムユーザーの皆様であればご存知だとは思うが、嘘である。今おれが考えたものだ。


 20年来の友人がいる。いや、いた。1週間前までいた。20歳頃に知り合ったので25年の付き合いだった。神田や神保町、森下あたりを飲んだり吸ったりしながら歩き回った仲だった。

 いずれも過去形なので、亡くなったと思われるかもしれない。が、どっこいそいつはバリバリに生きているのである。


 約2週間前、奴から電話があった。普段、電話のやりとりはしない。なぜかというと、内容が全くないからである。酒を飲んでいても有意義な話をしたことがなかった。女の話か女性の話か女の子の話かキャバクラの噂かカプセルホテルの話しかしなかった。お天道さまに申し訳なさを感じるほど、おれとそいつは頭が悪いのだ。けどまあ、気が合うということはそういうことなのだろうと思う。

 だから、電話があった時は共通の知人の不幸か、そいつが何かをやらかしていきなり実刑まるかじりになったかのどっちだと思い、緊張して声を待ったのである。


「最近どう?」


 という軽い一声が聴こえたので、


「それを聞いてどうすんだ」


 とおれは応えた。


「忙しい?」

「忙しい」


 細かい事情を言うのはめんどくせえのだが、今おれはどこにも属さず、在宅で仕事をしている。いわゆるフリーのデザイナーというやつで、POPとかページ物とか動画を土下座しながらこしらえさせて頂いて、日々のお米代にしているのである。下卑た笑いを浮かべるが、どなた様がおれのお客様になられるのかわからねえのでごぜえますぞなもし。

 いつも家にいるので、多分、宅配業者の人たちは、おれのことを無職だと思っているはずだ。


 去年までサラリーマンだった三流デザイナーがなぜ会社を辞めたかというと、やはり去年脳梗塞で倒れた父の介護の為である。この労苦だけで一万字くらいはゲラゲラ笑いながら書けるが、今の問題はそこではない。


 忙しいと応えたおれの返事にかぶせるように、奴はめんどうなことを言ってきた。


「このままじゃいけないと思って、セミナーとかに顔出すんだけど」


 でた、セミナー。


「ビジネスのチャンスもあるので、話できないか」


 でた、ビジネスチャンス。

 経験上、こういうことを言うやつは100%の確率でねずみ講の虜になっている。経験上といっても勧誘を受けたのは人生で三度目だが、3打数3安打なら愛する赤ヘル軍団のスタメンを張れるし、デビューした新馬が3戦3勝ならダービーの本命に挙げられるような数字である。何の話だふざけるな。


「ショートステイが今週末にあるので、出られるが」


 おれはそう応じた。ショートステイとは父の介護施設お泊り日のことである。一日中の食事と排泄、むやみやたらと多い洗濯物、食事の準備と各食前の血糖値測定&インシュリン注射といった厄介事から解放されるので、その日はできれば酒瓶片手に部屋にこもっていたいのであるが、相手は20年来の親友。悪い予感がしようとも、会って話を聞かないわけにはいかない。

 なので、久々に神田で飲もうということで電話は終わった。


 日曜日の神田が、死の町になることを忘れていた。ビジネス街なので、昭和の正月もかくや、というほど誰もいなくなるのである、すばっすばっすばっ素晴らしいサンデイには人がいない。当然居酒屋も軒並み閉まっており、夜の繁華街は幾分、平日よりも暗い。しかしチェーン店は営業していたので、入店。

 おれはプリン体が怖いのでハイボール、奴は糖尿が怖いのでウーロンハイで乾杯。もう、文字面からして漂う、いや臭ってくるバリッバリの負け組臭。一杯目を飲み終える前に、奴はカバンからプリントを広げた。一見して気づく。


「やっぱりねずみ講か」

「今はそう言わないんだよ」

「呼び方はどうでもいい。内容を尋ねている。もしそれが、誰かに何かを売りつけてガンバローというものであれば、おれは今すぐに帰る。お前とも会わない。気をつけて話したほうがいい」


 用意していた台詞を一気に言ったおれは、店員を呼んだ。一杯のみでお勘定を済ます、嫌な客の前頭筆頭である。


「違う違う、ちがうんだよ! 勘違いしてる!」

「何がどう違うのか、店員が来る前に説明できるか。できないか」

「できない。色々と違うんだよ」

「では、おれはお前から何かを仕入れて複数人に売るのか、どうか」

「……」

「黙るということは、そう受け取る。残念だよ」


 先程も言ったように、おれは頭が悪い。自分で言うのも何だが、なかなかに悪い。なので、高度な議論はできない。手前が書いたものを読んでくださっている神様のような方たちも「ああ、この臭いデブはバカなんだな」と内心感じておられるはずだ。

 そのかわり、切り詰めるのである。「それは先祖や子孫からみてグッドなものなのか、グッドではないのか」という一点のみに。中間は捨てる。

 手前、その割には大麻の煙吸ってゲラゲラ笑ってるようなもん書きくさりがやってとお叱りを受けるかもしれないが、あれはあくまでキャラを彩る為の装置! その装置はタイムマシンやワープホールと同じく、完全なフィクション大魔王なのである。


 黙りこくった奴を見下ろし、おれは店の外へ出た。残念だという言葉は本心だったし、この年齢になって友達が減るというのは本当にしんどい。ましてや25年つきあった奴ですよ。


 だからここしばらく精神的にきつくてですね。世間も暗いニュースばかりですし。お笑い事務所のはまあ、どうでもいいんですが。

 ツイッターで宣伝をやろうと思っても、愚痴ばっかりになっちゃいそうなので、やらないのです。怒りが湧いてくるのでダメなのです。もしかしたら必死こいて10万文字目指してる「念仏代わりにレコードを」にも若干……そこそこ……一口分……露骨に……影響してしまったかもしれません。


 なぜこんなものをサイトにアップしたのかと問われたら、黙っているのがしんどいからですわガハハ。ネタにもなったし。「自分の為だけに書きました」って言うならアップしなければ良いだけの話しだけど、それでも読み返したら、少し面白かったからアップこきくさりました。まだあまり時間は経っていないけど、心の傷が塞がりかけてるのを感じたから、というのもあります。そのうち読み返して、自分で笑えたらいいな。


 以上、御目通しくださった方の【心の中】で「このバカは足りてないのか」「キモいから笑うな」「ついに基地きちがいへ隔離されたか」と、お褒めの言葉を頂ければ何よりうれしいです。

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