第36話 新たな仲間

 アルディオンはリアンとデュオを連れて、村の外れで待っていたジエルとダンと合流した。


「おう。早かったな。」


 ジエルは嬉しそうに目を細めた。ダンは安堵したように息を吐く。

 今朝、村を出る直前にアルディオンが急に村の井戸を出来る限り調べたいと言い出した。その結果を見て、今晩、リアンを説得するから待っていて欲しいと言ったのだった。勝算はある、と。

 リアンの姿を見て、ジエルはニヤリと笑う。


「先生も、すでに旅支度を整えていたという訳か。ちょうど良いじゃねぇか。一人でフラフラするよりも。旅は道連れってな。」


「本当に、この者を連れて行っても大丈夫なのですか?」


 ダンは顔をしかめながら、アルディオンに問うた。アルディオンとデュオは大きく頷く。


「ああ。私達には、リアンの知恵が必要だ。それに武術も心得ているようだし、問題はないだろう。」


「そうそう!暗闇の中で俺の気配を感じ取ったし、弓の腕も確かだぜ!」


「一人で旅してばかりいましたからね。それなりに、護身術は身につけていますよ。」


「そういや、あんた、宰相と旧知の仲なんだろ?ってことは、貴族なんだよな。なんで旅なんかしてるんだ?大人しくしてりゃ、良い暮らしできるんだろ?」


 デュオが首を傾げる。


「そうだ。どこの家の出だ。」


 ダンが静かながらも、リアンに食い気味に聞く。


(貴族だからといって信用出来る訳ではないが、いくらなんでも素性が謎過ぎる。思えば、ルシェル宰相が味方という保証もない。)


「ウィンタール家です。」


「ウィンタール家だと!?」


 ダンは素早く剣を抜く。政治には関わらない”影”でも、各家の繋がりや基本的な情報は知識として抑えている。ウィンタール家は北の大山脈に一番近い都市マウォールを治める大貴族だ。身分でいえば申し分はないのだが、問題は目の前の人物の年齢だ。相手は少なくとも、20代半ばには見える。


「嘘をつくな!今、ウィンタール家には、お前の年頃の男はいない!!殿下、そいつから離れて…」


「私がいつ男だと言いましたか?」


「なに…?」


「このような格好では誤解されるのも無理はありませんが。女の一人旅は危険ですので。ああ、ちなみに、私の本当の名前はリアンナです。」


「女!?」


 と、大きな声を出したのは勿論ダンではなく、デュオである。デュオはリアンを上から下まで見下ろし、胸の辺りで目を留める。


「それにしては、こう…なんっつうか…物足りねぇっていうか…って、うお!?」


 デュオが飛び退ると、その場に短刀が刺さった。もし避けていなければ、当たっていたのは、おそらく金的…。


「ああ、すみません。手が滑りました。」


 この上なく、綺麗に微笑むリアンナ。


「本当に腕は確かなようだな。」


 ジエルは軽く目を見張って、またいつものように、ニカッと笑った。


「殿下はご存知だったのですか?」


「いや、初耳だ。」


「でしたら、お考え直しを。戦場に女を連れて行くなど…。」


「ダン。もう決めた事だ。リアンナの腕なら、その辺の兵士には負けない。私達には彼女の能力が必要だ。」


「私が聞くのもおかしな話ではありますが、本当によろしいのですか?殿下の評判を下げるかもしれませんよ?」


「構わぬ。自分で言うのもなんだが、これ以上私の評判は下がりようがない。それに、能力の前では男女など関係ないだろう。それは、私が身をもって知っている。」


 その言葉に、リアンナは言葉を失った。

 幼い頃から官吏として働くのが夢だった。女では仕官出来ないと知った時、リアンナがどれほど絶望したか。父から縁談を持ち掛けられ、飛び出すように家を出て各地で賢者の真似事をしてきたが、それでもどこか物足りなく感じていた。このまま人生をゆっくりと終えていくものだと思っていたのだが。


(この王子は、一体…?)


「そんじゃ、急ごうぜ!追手が来ても困るしよ!」


 デュオが元気よく宣言したのを聞いて、リアンナは我に返った。


「追手なら心配しなくても良いでしょう。」


「そうなのか?」


 リアンナはアルディオンに向かって頷く。


「ええ。そもそも、相手は殿下がウェルストに行くよう仕向けています。殺害を目的にしているのであれば、戦場の混乱に乗じて決行するのが一番です。その前に、殿下が王宮で不穏な動きをしたとあれば、そこで捕まえた方がてっとり早い。適当に罪をでっち上げて処刑してしまえば良い。相手はそう思って、王都までなら追ってきたでしょうが、ここまで来てしまえば最初の作戦に戻した事でしょう。」


「なるほど。」


「問題はウェルストに着いてからです。殿下が、この世に生き残るには、戦場で死なない事だけではいけません。そこで実績を残して英雄になる必要があります。それこそが、あなたが生き残るたった一つの道です。」


(英雄…。なれるだろうか、この私に…。)


 アルディオンがそう思った瞬間、頭の中で懐かしい声がした。


(知らないわよ!)


 思わず、アルディオンは吹き出しそうになるのを堪えた。


(そうだな。そんなの誰にも分からない。でも、私は…)


 アルディオンは、リアンナ、ダン、ジエル、デュオを順に見回す。


「なってみせる。」


 アルディオンの表情に誰もが息を呑んだ。月光に照らされたその顔は、あまりにも美しく、そして静かな強さを感じたのだ。


「行こう。」


 アルディオンが自身の馬に近寄る。そういえば、とアルディオンがリアンナに声をかけた。


「リアンナには馬がないな。私と一緒に乗るか。」


「なっ!殿下に、そのような窮屈な思いをさせる訳にはいきません!」


「だったら、旦那と一緒の馬だな。俺とデュオは身体がでけぇし。」


「うっ…。まぁ、仕方ないな。」


 ジエルは、そんなダンの様子を見てニヤニヤした。


(最近の旦那は、アルの事になると以前と比べて表情をよく出すようになったな。たまに、空回りしてる感じがおもしれぇ。まぁ、あの王子には、力になってやりてぇって思わせる何かがあるけどな。思わず俺も…)


 そこでふと視線を感じる。


「どうした?先生。」


「その眼帯…目の傷は、この旅でのものですか?」


「いや、これは昔、ヘマしちまってな。」


「そうですか。」


 それだけ言うと、リアンナはダンの馬に跨った。続いて、ダンが馬に乗ろうとして、ふと、ジエルを振り返った。


「そういえば、お前も北の村の出身だったな?ウィンタール家とは縁があるじゃないか。」


「縁ってほどでも、ねぇよ。なんだ、旦那。遠回しに小柄だって言われた事を気にしてんのか?」


「お前がデカすぎるんだ!私は平均だ!」


 ジエルは、ポリポリと頬をかいてから馬に乗った。

 全員が馬に乗ったのを見て、アルディオンは、ここにはいない仲間を想った。


(あちらは、大丈夫だろうか?いや、信じよう。今は離れていてもお互い、やるべき事をやるだけだ。)


「ウェルストまで一気に行くぞ!」


 そう言うと、アルディオンは馬を駆け出した。

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エスタリス王国物語 須田 洸夜 @Koya-nz

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