禁忌魅惑甘味 タピオカ〜囚われた少女たち〜

志賀福 江乃

第1話



 憎くて堪まらない相手を見つめるような気持ちで私はソレを見つめた。まるで親の敵。長く長く続く長蛇の列。並ぶのは華やかな見た目の女子大生や、スカートが膝より上な女子高校生たち、わくわくした顔でまだかなと見つめるまだ幼さの残る中学生たち。みんな一つのものを得るためにこの列に並んでいる。そしてソレを買い終わった面々は、まずソレを机に置きいろんな角度からスマホのカメラを向けてとる。10分ほど脇目も振らず友達とも一言も話さず、まるで自分だけレアドロップを手に入れてしまったときの隠しておきたいけどスクショはしたいそんな感じの空気、大真面目にかつ、無表情で撮り、いいできになったのか、ソレをくわえて満足そうにズコズコ音を立てながら帰る。

 私はこの光景を初めて見たとき、集団ヒステリーでも起こっているのかと思った。そして、今彼女たちが持っているソレが目の前にどんと威圧感たっぷりに置かれている。こちらを見つめる無数の瞳のような色をしたソレ。かえるの卵のような丸い物体が、甘ったるい匂いの液体に沈んでいる。今やSNSの王様。女子高生にとってのもはや制服。奥様たちにとってはたばこ。時には某テーマパークのアトラクションより並び、一昔前の某生キャラメルばりに入手困難になる。

 私は、屈するものか。貴様程度の魅了にはかからないぞ。私の舌は高級なんだ。絶対に負けられない戦いがここにある。

 そう、ソレの名は……














 なぜ、私がタピオカを飲むことになったかというと、数日前を遡る……。


「ねーねー、マリーちゃん、タピオカ飲み行こ」

 ついに来たかこの誘い……! 私は動揺を顔に出さぬよう、必死にポーカーフェイスでタピオカねぇ、と友達に返した。マリーというのは私の渾名。本名、一ノ瀬茉莉。超お嬢様で、振る舞いも常に丁寧に、を意識していたらマリーアントワネットと掛けられ、マリーちゃん、という渾名が定着した。そんなことはどうでもいい。まずはタピオカだ。そう、タピオカ。私は、タピオカの存在を知っていた。SNSで超流行っている、アレだ。黒くて丸くてつぶつぶしたアレだ。ずっと昔からあるくせに、僕新顔ですきゅるるん、的にアピールして、女子高生を中心に女性たちのハートを射止めている。てめぇ、私達の親の年代からいたくせに、何今更、はやってんだよ、ネカマする親父か。

 ネットで流行り始めた頃、まぁ、流行り始めだし、機会があったら飲んでみるか、くらいには思っていた。しかし、タピオカは私が思ったよりも流行りに流行りまくり、2時間待ちだとか、どんどん値段が高騰していくにもかかわらず、一度火がついたら止まらないぜ俺は! なんて勢いでSNSという小さな箱庭で燃え上がった。そう、そして、それはSNSからどんどん侵食し、私の周りの友達もタピタピ鳴き声を上げるようになった。SNSが私達の全てと言っても過言ではないこの時代。SNSから幸福も恐怖も何もかもが始まるのだ。周りが盛り上がれば盛り上がるほど私の心は、どんどん冷めていった。そう、私の心はチベットスナギツネ。タピオカ屋さんの前にできている長蛇の列を見るたびに、ふっ、と鼻で笑う、意地悪いやつがいたらそれは私です。

 別にタピオカが嫌いなわけではないのだ。好きなものを時間をかけても追い求める皆の姿は健気で可愛いし、幸せならそれでいいと思う。だが、私は生憎、流行りまくりのものに対して素直にのっかれるようなタイプの人間ではないもので、どうせタピオカだろ、なんて気持ちで飲むのを避けていた。本当にタピオカが嫌いな訳でも好きな人を馬鹿にしているわけじゃないんです。タピリスト、タピ教の人たちごめんなさい。

 昔から皆が持っているものと同じものを持つのが嫌だった。私は私自身で認められたかった。私だけの何かを求めている。そんな私が、流行ものにハマることはなく、流行の先を目指すことはあっても、私自身を貫くために、模索する毎日。そんな私が素直にタピオカを飲むと思う? くだらない人間なので自尊心が邪魔して、飲んだら負けな気がするんだよ。この気持ち、誰かわかるかな。わかんないか。

 まぁでも、友達に声をかけられたら行こう。そう思っていたのだ。そしたら、今日、本日、只今、声をかけられてのである。声をかけてきた子は流行大好きお嬢様だから、もうすでに何回も行っているだろう。だが、以前私が飲んだことない、と伝えたとき、彼女は新しい獲物を見つけたかのような顔でこんど一緒に行こ、と誘ってくれたのだ。そしてその今度が今日だった。心の準備ができてないぜぇ。


「マリーちゃーん、行ける?」

「……はっ、ごめんなさい、タピオカ、ですよね。今日は午後何も予定がないですし、是非ご一緒させてくださいな」

「マリーちゃんって、たまにどっか思考が飛ぶよね」

「あら、そうかしら。聞き慣れないものだから少し考えてしまったの」

「楽しみにしててね! めっちゃ美味しいから」


 そして、来る放課後。私は、心臓をバックバックさせているのを悟られないように、超完璧ポーカーフェイスを保ちつつ、その日の授業をおえ、友達のもとへ向かった。今日何かあるの、と違う子に何度も聞かれたが、私のポーカーフェイスは完璧だから、なんでもないわ、と返すとクラスメイト達はふふ、と笑って納得してくれた。そう私は鉄仮面の女……、鉄壁のアルカイックスマイルは誰にも見破れない……。


「お待たせしましたわ」

「お、それじゃあ行こうか! 楽しみだね!」

「……そうですわね」


 楽しみにしている友達には申し訳ないが、私はそうでもないの。だって、タピオカでしょう? 昔からあるのに、今更人気になったあのタピオカ。全く、みんなおこちゃまよね。決して心拍数あがったりなんかしてないわ。何故かこちらを見てニヨニヨと笑っている友達に何かしら? と何でもない顔をして尋ねると、マリーちゃん最高に可愛い、と言われた。唐突な告白に理解できず、え、ありがとう……? と曖昧な返事をすることしかできなかった。



 そして冒頭へ戻る。私の目の前にどん、と置かれたタピオカドリンクなるもの。私のおすすめよ、と差し出されたそれに思わず、ゴクリとつばを飲んだ。まずはくんくん、と匂いを嗅いだ。とんでもなく甘い匂いがする……。甘さに思わず武者震い。太いストローに口をつけ、ずっ、と吸ってみた。

 刹那、口の中に怒涛の甘さが広がった。圧倒的砂糖の暴力、はっきりと主張する茶葉、なめらかな舌触り、そして、飛び込んできた数々の丸い物体。もちもちもち、つるつるつる、もっきゅもっきゅもっきゅ。なんだこれ楽しい。口の中が玉入れのかご。いーち、にー、とカウントが聞こえてきそう。ぐにゅぐにゅしたそれを口の中で潰すたびに黒糖の甘さが優しく舌を撫でた。

 ひぇ、こんなの即落ち2コマじゃん……。美味しいよぉ、甘いよぉ。流石豚骨ラーメン一杯分のカロリー。こうして某千尋の親は豚になったのだ……。くそ、やられた想像以上だ……! また二口目を無言で吸い始めた。途中で友達がこちらにカメラを向けていることに気づいたが、私は、ファンサなどしてやらないぞ、という心意気で無視した。




「うぇえええ、甘いよぉ、もう無理……」

「あっはは、マリーちゃん、もうギブアップ?」


 二口目、三口目までは美味しかった。だが、だが! 飲んでいくに連れ、口の中の主導権は確実にあいつらに、持っていかれ、私の舌はブレイクアウト……。胸がもう恋愛したかのようにいっぱい。そうか、こうやってみんなはタピオカと恋に落ちるんですね。タピオカとの逃避行。飲みきらねばというドキドキ感が吊橋効果にでもなるんですか。というか飲んでて気づいたのだけれど、私はそもそもミルクティーがそんなに好きではないし、甘いものは苦手だ。やはり、私達は、出会うべきではなかった……。


「マリーちゃん、最初はあんなに美味しそうに飲んでたのに」

「私、そういえば甘いものは少し苦手で……ミルクティーもそんなに……」

「ありゃりゃ、じゃあ今度はフルーツティーかねぇ」

「また連れてくる気ですか……」

「もちろん」


 またもや彼女はニヨニヨとした笑い方でこちらを見つめる。もう好きにして……と小声でいえば、へぇ、じゃあ好きにさせてもらっちゃお、と私の残りを完食した。へへへ、間接キスだ、なんて言ってのける彼女に少しだけドキリとした。







 それから暫くして、タピオカは更に社会的地位を高めていった。タピオカ業界はタピオカを麻薬の如く求める少女達によって盛り上がり、絶頂期。毎日飲んでいる友達や毎日飲めなくても土日にタピオカ巡りなんて言って5、6本飲む子達もいる。タピリスト、タピ教なんてものも出てきた。なんだそれは、タピオカを極めるとタピ神にでもなるのか。聖杯にタピオカミルクティーを入れて飲むのか? 

 街には数々のタピオカ屋さんができ、お店の真向かいにタピオカ屋さんが並んでいるところを見たときには正気を疑った。いや、それは流石にやりすぎでは。それなのに、どちらにも同じぐらい行列ができていて、若いっていいな、と呟いた。友達には全力で同年代でしょと突っ込まれた。

 一方私は、タピオカがどうしてそんなに流行るのか、気になって仕方がなかった。まずタピオカはキャッサバという芋を、粉にして丸め、着色したものだ。原料は芋なのである。だからあんなにもカロリーが高いのか。

 第一次ブームは1992年。私達まだ生まれてない。真っ白で今よりも歯ごたえがなく小さいタピオカがココナッツミルクに擬態するかのように奥ゆかしく入れられていた。その後ナンテコッタ、パンナコッタなんていう一定の年代の特定層には懐かしさと恥ずかしさが蘇るフレーズを生み出したパンナコッタブームが起き、マカロンやら生キャラメルが流行った。そして、第二次ブームは2008年。まだ小学生。ここらへんは記憶にある。正直同時期に流行っていたマラサダのほうが記憶深い。そして、パフェやらチョコミントやらを通り、今再び第三次タピオカブームである。お前は政権か。

 タピオカランドなんかもできるらしいし、いったいどれだけのおなごを丸々と太らせれば気が済むのか。タピオカの化物が肥に肥えた女子たちを食べるつもりなのか。この世は弱肉強食。決して、焼肉定食ではない。それでも女子達を虜にする絶対魅惑甘味タピオカ。


「マリーちゃん、今日もタピオカいれないの?」

「甘いの苦手ですし、こっちのほうが好きなのです」

「そっかー、あ、一口いる?」

「飲む……一口が美味しいのは本当に認めます……」

「にひひ、わかるその気持ち」


 そんな感じで今日も放課後は平和に過ぎていく。SNSを除くと、今日も投稿はみんなタピオカばかり。


 このとき私は、まだわかっていなかったのです。このあと始まるパンデミックを。



 





 SNSだけでなく、テレビでも多く取り上げられるようになった、タピオカ。多くの人々が求め、需要が跳ね上がった。それゆえ、徐々に供給が追いつかなくなっていき……、やがてタピオカの値段は高騰していった。それでも皆バイトの量を増やし、タピオカを買い求めた。レアドロップを求め周回する人々のように、タピオカを求める少女たちの顔には生気がなく、本当にゾンビのようになっていた。スーパーの冷凍タピオカを巡る争いや、タピオカを手に入れたものへの嫉妬、羨望それらがぐちゃぐちゃになってSNSという小さな箱庭を中心に戦争を巻き起こしていた。

 学校につけば、昨日タピオカを飲んだと投稿していた子にクラスメイトたちが情報を聞き出している。どこの店舗もタピオカが品薄で、取扱いをやめたり、一日限定何個と個数を決めているようだ。タピオカ、タピオカと悲痛な声をあげる姿はどこからどう見ても異常だ。教室中にバンッと音が鳴り響いた。驚いて振り向くとどうやら一人の子が問い詰めていた子がなかなか答えないことにしびれを切らし机を叩いたらしい。


「場所を教えなさいよ!」

「いやよ!」

「なんですって……!?」


 ついには取っ組み合いの喧嘩まで始まった。彼女達は親友同士だったはずだ。つかみ合う少女達にかつての仲睦まじさはどこにもない。本当にタピオカに、麻薬でも入っていたのだろうか。それともタピオカという偽名の何かだったのか。


「タピオカ……そろそろタピオカがないと私は、可笑しくなりそう……」

「ちょっと、貴方までそんなこと言い出すの」

「本当にもう、タピオカ……タピオカが飲みたい」


 彼女の目は虚ろだ。目の奥は深海のように深く深く先が見えない。そういえば、彼女は最近笑わなくなったし、ニヨニヨとしたこちらをからかうような笑みすら浮かべなくなった。ずっと、ぼーっとしているか、タピオカが飲みたい、と呟いているかだ。私の手を引いて知らない世界に連れ出してくれる、青い鳥のような彼女。そんな彼女の力強く芯のある瞳が大好きだった。それなのに。どうして、そんなに淀んだ沼のような目をしているの。私まで彼女の瞳に吸い込まれそうになった。それに耐え切れず、つい、私の口から出てしまったのだ。


「タピオカぐらいで……そんなに落ち込まなくても」


 そう言うと、彼女は目を見開き、眉を釣り上げ、鬼のような形相で私の肩を掴んだ。


「タピオカぐらいで!? タピオカは私のすべてよ、私達の全てよ! 今やSNSに投稿できたら、何百のいいねがあっという間につくようなものなのに! 馬鹿にしないで!」


 そう言うと、バッと教室を飛び出してしまった。追いかけようと立ち上がると、他のクラスメイト達に、マリーちゃん、空気読めなさすぎ、いい加減にしなよ、と止められ大人しく席についた。私は、何とも言えない気持ちになった。彼女はあんなふうに感情的に怒るような子ではなかった。どうして、どうしてこんなふうになってしまったの。私は酷くあの黒いつぶつぶした物体を恨んだ。人の好き嫌いは自由だ。それを否定してしまった私自身も許せない。けれど、明らかにこのSNSや周りの同年代の子たちに蔓延するこの空気は可笑しい。全員がタピオカ、という存在に固執して、追い求めて。それだけならまだいいが、それをまるで自分が手に入れた称号のようにSNSにあげて自己顕示欲を得ている。そして、この空気に可笑しいと気づく人が私の周りにはどうやらいないようだ。皆、目がぐるぐるぐるぐる焦点が合わず、どこか深い深いところまで落ちている。薄ら寒い感覚が背筋を撫でた。小さな端末を見続け、新しい投稿がないか、ずっとスクロールして更新しつづけている。全員が墓場に徘徊する亡霊のようにフラフラフラフラ、とスマホを見つめている。

 まるでお葬式のような、亡霊たちの宴のような、学校が終わり、帰路につく。電車の中の人達も皆、スマホに夢中だった。虚ろな目をした若い女性が無限にスマホをスクロールしている姿を見て、そっと、サラリーマンの男性が離れた。彼女と一緒にいる男子高校生も日頃からタピオカに囚われているのか、二人でずっとSNSを見つめている。


 ーー皆可笑しくなってしまった。


 タピオカに囚われている人は一心不乱に探し求め、囚われていない人もその人達を止めず、避けていた。殺人事件でも起きたかのような、殺伐とした空気が、電車の中、バスの中、この国に蔓延していた。

 ある日、この異常を唱えたTV番組があった。「異常現象! タピオカに囚われた少女たち」そんな内容の話は、タピオカを否定するような要素があった。すると、その番組放送直後に問い合わせや誹謗中傷が殺到、ついには番組に出演していたコメンテーターに殺害予告を出す輩も現れた。それ以来、タピオカについて否定的な意見はなくなり、皆が皆触らぬ神は祟りなし、という状況になってしまった。生産の追いつかないタピオカの人気は止まらず、一杯2000円近くするようなものまで出てきた。阿呆なのか……そう言いたい。全力で叫びたい。でも、そんなことを言ったらきっと刺される。滅多刺しだ。今もタピ、タピオカはどこ……とゾンビのように歩き続ける女子高生とすれ違った。ぞくっ、と背筋に寒気が通る。本当にこれは、不味いのではないか。タピオカは、もはやアヘンのような存在になってしまった。

 何より、最近気になるのは、タピオカに興味がなかった人まで、タピオカタピオカタピオカ言い始めたことだ。その良い例が、私の母である。重い足取りで扉を開ける。ただいまーと言うと、おかえりと単調な声が帰ってきた。キッチンにそのまま向かうと、母は嬉しそうにミルクティーを飲んでいた。


「お母さん……?」

「ねぇ見て、茉莉。私タピオカ飲んでるのよ」


 そううっとりとグラスを見つめるその中にはミルクティーが波をうっているだけで、黒いタピオカは見当たらない。透明なタピオカかと思って目を凝らしても、それらしきものは見当たらない。


「お母さん、タピオカは飲み物のことじゃないよ」

「知ってるわよ? 黒いタピオカがきちんと入っているでしょう? ふふふ、アハハハハ」

「そんな……ひっ……!」


 否定しようとして、母の目を見ると、その瞳に光はなく、タピオカの如く、真っ黒だった。つー、と冷や汗が私の頬をつたる。貴方も飲む……? と聞かれ、ぶんぶん、首を降って、自分の部屋へ走る。なに、あの目は。まるで、学校の子たちみたいな……。昨日まではタピオカそんなに流行ってるのね〜……くらいにしか行ってなかったのに。どうして、どうして。したから、タピ、タピオカ、ピ、ピピピピピピ、アハハハハ! と声が聞こえる。怪談話に出てくるこの世のものでない化物が、母の形をして、自分の目の前に現れたような気さえした。嫌だ、嫌だ、こんなの、お母さんじゃない。あんな冷たい声をしない。強くて優しい深いアメジストのような色彩の瞳はどこに行ってしまったの。怖い、怖い。はらり、と涙が頬を伝った。いったい、何が起きてるの。嗚咽を殺して、泣き続けた。やがて、腫れぼったい目のせいで眠くなってきて、そのまま眠りについた。母の、笑い声が耳にこびりついて離れない。




 翌朝目が覚めた私は母に会いたくなくて、母が起きてくる前に支度を済ませ家を飛び出した。家を飛び出すと、髪を無造作に垂らした女とぶつかった。タピ、タピ、と不気味な声でスマホを見つめている。八尺様かよ、と突っ込みたいのを、ぐっと押し留めて、ごめんなさい、と謝り、その場から離れようとした、その時。ガシッとその女に手を掴まれた。


「ねぇ、タピオカ、タピオカはどこ? ねぇ、タピオカが飲みたいの、タピオカは、どこ、どこぉ……!? どこなの!? 教えてよ、教えなさいよ!!」


 人間とは思えない力で激しく揺さぶられ、ぐわんぐわんする視界に耐えながら、ちらっとその女を見た。その女は、隣に住む、大人っぽくて優しいお姉さんだった。お姉さんと気づかないほどに、目を血走らせて、今にも殺しそうな勢いでこちらを揺さぶる。なんとか振りほどいて、私は逃げ出した。町中には踊り狂うもの、発狂するもの、震え蹲るもの、笑い出すもの。地獄とはこういうものか、と言えるほど精神的に狂っていた。




 アー、タピ、タピオカ、ターターター、タピ、タピ、アーアー、タ、タ、タ、タピ、タピ、ピ、ピ、ピピピ、ピピピピピピ、ピピピピピピピピピタピピピピピタピピピピピピピピピピピ、タピオカ、タピ、アハハハハ、ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ。





 もはや私も発狂しそうだった。人々はもう、人の言葉を話していない。耳をふさいで走り続けた。町中はスマホを片手に彷徨い歩く少女たちでいっぱいだ。臆病な大人共は、家から出てきてすらいない。私は夢中で走った。やがて走った先に、私が辿り着いたのは、大きな図書館だった。ここなら何か手掛かりがあるかも、と本の森に入り込んだ。



「これだわ……!」


 遂に見つけた解決方法。タピオカを倒すための切り札。それを行うために私はひとまず、ホームセンターで拡声器を買う。それと、細い木の棒と、大きな布も。ふと、スマホを取り出し、SNSを確認する。どうやら、渋谷にタピオカ情報があったらしい。クラスメイトや友達がこぞって渋谷なう〜と表向きは明るい投稿をしている。


「渋谷、行きますか」


 タピ……タピ……タピオカ……アハ……タピ……ピピピピピピピピピピとつぶやく人達を掻き分け、渋谷へと向かった。




















 いつから、こんなことになってしまったんだろう。ぼーっと、する思考の中で、ふとそんなことを考えた。楽しかった学校。皆で話題のところに行って、たくさんの話を共有して、ほんの少しSNSで自慢して、いいねして、いいねしてもらって。幸せだった。なのに、いつから、どうして、こんなことに。口からはタピオカはどこ……、タピ、ピ、アーアー、アハハハハ、タピ、ピピピピピ、そんな思ってもないことが常に出ている。視線はずっとスマホの中。噂が錯誤する迷宮の中で真実の情報を探し求め彷徨い歩く。認められたい、羨ましがられたい、そんな思いが激しく折り重なって、皆が求めるタピオカを求め続けていた。あぁ、嫌だ、助けて、もうこんなの嫌なの。心はそう叫ぶのに、体は許してくれない。まだ思考がはっきりしているだけ他の人よりはマシかもしれない。でも、もう限界だ。すべてを捨てたい、とさえ思い始めていた。


 ーー助けて


 誰かの叫びが聞こえる。


 ーーもう疲れた


 誰かの嗚咽が聞こえる。





 刹那、どん、と誰かにぶつかった。艷やかな長い黒髪が、私の顔の前をサラッと通った。振り返ればセーラー服に、拡声器と、白い旗を括り付けたものを持っている、美少女がたっていた。私が待ち焦がれたあの子。まっすぐで、穢の一つない純白な彼女。マリーは一瞬驚いた顔をして、聖女のような笑みでこちらを見つめた。もう大丈夫だよ、という。それに私はひどく安心して、ふかふかのベッドに飛び込んだときのような心地になった。


「ねぇ、第一次タピオカブームって何で終わったか知ってる?」


 マリーは私のことに気がついたようで、こちらにそう問いかけた。私はふるふると首を横に振る。


「目には目を、歯には歯を。タピオカの代わりになるものが流行したのよ。だから、また、それで終わらせてあげる」


 それがそのことに気づいた私の役目だから、そう言うと拡声器を口元に当て、空高く声を出した。全国に、響き渡るように。人々を地獄の池から救い出すかのように。







「タピオカがないなら、ナタデココを食べればいいじゃない!」









 瞬間、パリン、とどこかで何かが破れる音が聞こえた気がした。まるでマリーアントワネットのような発言だが、白旗を掲げる姿は聖女ジャンヌ・ダルクのようだ。ああ、愛おしのマリー。やっぱりあんた最高だわ。最高に馬鹿で単純で素直で優しくて可愛い。今度はしっかり彼女の目を見つめる。彼女はほっと安堵したようにため息をついた。


 口から溢れ続けたタピオカという文字がなくなり、辺りは一度静まる。人々の目には白い四角の光が宿っていた。果たしてそれは彼女の持つ、白旗なのか、はたまた……。









 第一次タピオカブーム。それはどうやって静まったか、皆さんは知っていますか? 今では馴染み深いナタデココが圧倒的歯ごたえでタピオカを制したのです。流行というものは儚く、恐ろしいもので、常に人々の中に蔓延しています。どんなひねくれものが流行に囚われないぞ、と抗い、別のことを始めたとしても、その反抗的なものに人々は惹かれ、今度はそっちが流行り始めるのです。清楚系が流行ったあとにパンク系が流行る……そんなもの。流行に囚われた人々を変えるには別のものを流行させるしかないわけです。SNSはそれを加速させるモーターのようなもの。SNSの本当の恐ろしさはその影響力ではないかと私は思うのです。SNSが今の子たちには全てで、どれだけ流行の先端を行けるか皆自己顕示欲を材料にしたレースをしているわけです。

 皆、そんなに人と同じがいいのですか。人を真似して、周りと同化することはそんなにいいことですか。そう思いつつも、私でさえ、流行というものには抗えないのです。流行に抗って周りに白々しい目で見られることは恐ろしい。周りに取り残されるのは恐ろしい。

 そうそう、タピオカを倒すためにナタデココを掲げたのはいいですが、近い未来、ナタデココがタピオカと同じような存在になり、今度はナタデココを求める人々が現れ……となるかもしれません。流行の無限ループ。恐ろしいものです。


 あまりにも残酷なので筆者はここで筆を置くこととしましょう。そうだな、筆をおいて、ナタデココのはいったソーダでも飲みに行きましょうか。

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