プロローグ

プロローグ

 機械だらけの部屋。部屋の中には、誰もいない。ほんの数分前までは、科学者達がひしめき合っていたのに。今は、彼女だけがいる。専用の実験服を着させられた彼女だけが。彼女の周りには、意味不明な光が点滅している。


 彼女は、その光に絶望する。言葉はもちろん、知っている。だから、悲鳴を上げる事もできた。悲鳴を上げれば……結果はどうあれ、多少の時間稼ぎにはなるだろう。自分の記憶する範囲では、彼女は十四歳になったばかりだった。


 十四歳と言えば、まだまだ遊びたい盛り。町を歩く少女達をみれば、みんな思い思いの青春を送っている。イケメンのアンドロイドとデートしたり、好みのAIと会話したり。その青春は、多様性に満ちていた。そんな中で彼女だけが、取り残されている。


 「殺人」と言う重い罪を犯した者として、政府の実験材料にされている。今の彼女は、モルモットも同然だ。姿形は人間でも、その容姿がどんなに美しくても、彼女に待っているのは死、それも惨たらしい死だけである。


 彼女の腕に注射が打たれる。薬液が血管の中に入る。それで彼女の人生はお仕舞いだ。気づいた時には、全身に薬が回っている。意識がぼうっとする。瞼が重くて開けていられない。


 ああ、私は死ぬんだ。


 過酷な現実が待っている。現実は、彼女に死をもたらした。先程までは動いていた腕も、今ではダランと下がっている。科学者達が集まってくる。彼等は少女の脈を測り、その死が確実であるかを確かめる。


 彼女の死は、100%だった。何度脈を測っても、返って来るのは無音に近い静けさだけ。その静けさが、彼等を激しく怒らせる。また、失敗してしまった。せっかく生きの良い素材を使ったのに。

 

 科学者達は、地団駄を踏む。


「何と言うことだ! これでは、期限までに間に合わんぞ!」


「一体、何処の部分が間違っているんだ?」


 怒号が飛び交う。


 彼等はまた、実験をやり直す。「今度は、絶対に失敗しないぞ!」と。次の検体を運んでくる。少女の遺体は「それ」に合わせて、焼却処分された。



 処分された後の記憶は無い。だから、自分がどうなったのも分からない。水の音で目を覚ます。上半身を起す。それから周りを見渡し、自分が何処にいるのかを確かめる。自分はどうやら、何処かの外国にいるらしい。周りに立つ建物は、ネットの頁で見た西洋風の建物ばかりだった。


 歩いている人も(何となく中世っぽい)、何となく貴族の人っぽいし。彼等の姿から視線を逸らして、町の中をふわりと歩き出す。町の中は、人の姿で溢れている。話している言葉は分からないが、どれも友好的でないのは確かだった。侮蔑の目が自分に注がれる。内心「逃げたい」と思った。


 こんなにも多くの人に見られて。自分はたぶん……いや、絶対に異邦人だろう。周りの人々とは相容れない。ここは、あの世の果てにある場所だ。現世で無残な死を遂げた者が運ばれてくる無法……いや、法律は一応あるようだ。


 周りの人々は侮蔑の視線こそ向けるが、それ以外のモノはまったく向けてこなかった。だから、刃物で切られる事もない。周りの目は気になるが、それでも安心して町の中を進む。

 


 三時間くらい経った時か。流石に空腹を感じてきた。考えてみれば、ここに来てから何も食べていない。水分も汗と共に流れて行く。滝のようにダラダラと。ある通りの角を曲がった時は、喉の渇きが一気に強くなった。通りを歩く一人の男に話し掛ける。


「すいません。水を飲みたいんですが?」


 を聞く前に無視される。どうやら、少女の言葉に驚いたようだ。化け物でも見るような目で、彼女の前から走り出す。待って! 男の背中に叫ぶ。が、その背中は止まらない。一度走り出したそれは、止まる事無く走りつづける。真っ黒な絶望感が襲う。自分は、文字通りの独りボッチなのだ。


 頼る親戚もいなければ、助けてくれる友人もいない。どこもかしこも敵だらけ。その現実に改めて絶望する。「う、ううう」と、嗚咽が漏れる。「助けて」の言葉も届かない。嗚咽だけが虚しく響く。暗い顔で、地面の上に寝そべった。


 もう、どうにでもなってしまえ! そう言いながら自棄になる。「一度死んでいる」とは言え、これは死にも等しい感覚だ。感覚としては生きているのに、気持ちの上では死んでいる。何もかもが宙ぶらりんな状態。その状態に悲観して、思わず「嫌だ」と泣き出す。


 もういや! 誰でも良いから、助けて! 


 周りの人々が驚く。彼女の所に駈け寄ってきた青年(どうやら、彼女を助けようとしたらしい)も、その声に「うわっ!」と驚いた。青年は、彼女に手を差し伸べる。その時に発した言葉は分からない。だが、その温かさは伝わった。

 

 この人は、周りの人とは違う。それに安心して、彼の手を握りしめた。「ありがとう」の言葉が通じたのか分からない。だが、その意味は伝わったようだ。彼の表情を見る限り、彼もまた「いや」と微笑んでいる。その微笑みに熱くなった。気持ちの方もホッとして。


 青年の顔を見る。青年の顔は、美しかった。年齢の方は、彼女よりも上に見える。たぶん、五、六歳ほど上の。彼の顔にしばらく見惚れるが、すぐに「いけない」と思い直す。あ、あの……。に困る青年だったが、穏やかな顔で鞄の中から食料を出す。おそらくは、「それを食え」と言う事らしい。彼から渡されたのは、一人分の水と黒パンの欠片だった。それらを有り難く頂く。

 

 おいしい。

 

 夢中で齧り付く。水もゴクゴクと飲んだ。喉が潤う。腹も満たされる。こんなに幸せな事はない。それを食べ終えた時には、文字通りの幸福になっていた。改めて、目の前の青年に頭を下げる。「ありがとう、ありがとう、ありがとう」の言葉は、もちろん通じない。だが、その気持ちは伝わったようだ。青年の口元が笑う。


「ダリア」


「ふぇ?」と、その言葉に驚く。先程までは、まったく分からなかったのに。今、この瞬間だけは、彼の言葉が自然と分かった。


「俺の名前は、ダリア。アンタの名前は?」


「私の……」


 の続きを言おうとした瞬間、また意識が途切れた。



 最初に聞いたのは「もうしわけありません」、次に聞いたのは「こちらの手違いで異世界に飛ばしてしまいました」だった。その言葉にハッとし、椅子の上から立ち上がる。ここがどこらか分からないが、あの世界でない事は確かだった。


 椅子の上にまた、座り直す。それに合わせて、目の前の女性が「落ち着きましたか?」と言い、彼女に「クスッ」と微笑みかけた。その微笑みに何故かホッとする。「はい」と、返事も良い感じ。「何とか落ち着きました」

 

 女性はまた、彼女に微笑みかける。


「あなたのお名前は、あえて伺いません」


 から女性の口調が少し変わる。かなり真剣に。


「あなたは生前、人を殺しましたね?」


「え? どうして? あなたは、それを?」


「ここは、あの世です」


「あの世?」と驚く彼女だったが、それですべてを理解する。「そうですか」


 女性の顔に視線を戻す。


「全部分かっているんですね? 私が何をしたか?」


「ええ」


 からの沈黙が重い。


「あなたのやったことは、すべて把握しています」


「そう、ですか」


 視界が潤む。


「アレは、正当防衛です」


「存じております。あなたは自分の身を守るために、通り魔の男を殴り殺した。背中に背負っていた鞄を使って。鞄の中には、学校の教科書が入っていた。それで思い切り殴れば、相手を気絶させられるくらい。あなたは『それ』を使って……本当は追っ払うだけだったのに、当たり所が悪くて、通り魔の男を殺してしまった」


 女性の哀れみが見えた。


「過剰防衛、それが貴女の罪状でしたね?」


「……はい。私は警察の人に捕まって、くっ! よく分からない所に連れて行かれました。変な機械がいっぱい置かれた部屋に」


「そこは、新薬の実験場でした。人間に永遠の命をもたらす。貴女は、その実験が失敗して」


「死んだんですね?」


「はい。あなたの住んでいた世界は、かなり特殊な場所ですから。子供と言えでも、犯罪をすれば即死刑になってしまう。あなたは、その刑に処せられたんです。『実験』と言う名の下に」


「うっ……」


 涙が溢れる。


「私は」


「はい?」


「私は、地獄に行くんですか?」


「……いいえ。あなたの行ったのは、どう考えても正当防衛です。自分の命を守るために。貴女には、何の非もありません。すべては、あなたの育った世界が悪いのです。極端な法体制で、人々の生活を縛る。貴女は、その犠牲者でしかありません。ですが」


「え?」


「人を殺したのは、流石に不味かった。貴女は、確かに善人です。自分の命はもちろん、他人の命もしっかり守っている」


「なら? どうして?」


 女性の顔が暗くなる。


「貴女には、何の罪もない。ですが、人殺しはやはり罪なです。たとえ、自分の命を守るためであっても」


「……私は、地獄行きですか?」


 の質問に黙る女性。彼女の沈黙は、しばらく続いた。


「いいえ。貴女には、ある世界に転生して貰います」


「ある世界に転生?」


「はい。そこで一人の少年を救って貰う。異世界で貴女が救われたように」


「……誰を救うんですか?」


「『義郎』と言う少年を。貴女は彼のクラスに来た転校生として、その心を救って頂きます」


「それが許される条件なんですか?」


「はい。彼が選ばれたのは、本当にランダムですが。これも一つの縁だと思って下さい。あなたの事を襲った通り魔も」


「通り魔も?」


「本当に不思議な縁ですね。その義郎君を苦しめた少女、赤塚春子の生まれ変わりなんです」


「え?」と、驚く。「そんな事があるんですか?」


 女性は、その質問に微笑んだ。


「世界はきっと、繋がっている。貴女の行く世界は、貴女が住んでいた世界の過去です」


「私の住んでいた世界の過去」


「はい」


 女性の目を見つめる。


「すいません」


「はい?」


「今のお話ですけど。私がもし、断ったら?」


 女性の顔がまた、暗くなる。


「残念ながら地獄行きです」


「『逃げられない』ってわけですね?」


「はい」


 少女の顔が強ばる。どうやら、相当悩んでいるようだ。「分かりました」とうなずいた時も、その気配が僅かながらに残っている。


「その義郎って人を救います。それで私のやった事が許されるのなら」


 女性の顔が綻ぶ。


「そうですか。それでは、過去の世界に貴女を転生させます」


「お願いします」


 を聞いて、微笑む女性。


 彼女は「行きますよ」と言い、過去の世界に少女を転生させた。

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