第5話 夢から覚めてもまた夢

「なぁによもぉ、焦ったじゃん」


 もしかして陽も同じ夢見たのかな、とか。

 

 なのに、何よ、女装して学校連れ回される夢なんて。


 でも、とにかく訳のわからない夢だった。


 最初は私で、陽にキスされる寸前で目が覚めたと思ったらそれは夢で。

 夢から覚めたら私は陽になってて、今度は私からキスしようとして、でもやっぱりそれも夢で。

 で、今度こそ、って起きたら、また陽が迫ってきて、やっぱり夢で。


 何なのようっ。

 この夢、何重になってんのよ!!


 陽がキスしてくるとか、そんなのあるわけないじゃん! 

 ていうか、何? 私そんな願望でもあるってこと?


 ないよ、ないない。

 陽はないよ、陽は!


 だって、小さい頃からずぅっと一緒にいるんだもん。家族みたいなものだし。あれ、でも、お父さんとお母さんは家族だけど、キスとかするのよね? したのよね? あれ? じゃあ、家族とはキスするもの? ううん、ちょっと混乱してきたぞ。


 ちょっと一旦キスは置いといて。置いといてね、うん。


 陽は私の弟。

 弟じゃないけど、弟。

 本当の家族みたいに思ってるけど、他人なのよね。

 だからいつか彼女が出来たりして、その子がお嫁さんになったりするのよ。うんうん、ありうる話、ありうる話。


 そしたら、私はどう思うのかな?

 小姑目線になるのかな?

 ウチの可愛い弟によくも手を出してくれたわね、って?

 いやいや、さすがに祝福するでしょ。するよね?


 ……出来るかなぁ。


 何だろう、一瞬、ちょっと嫌だなって思っちゃった。陽が私以外の女の子と映画に行ったりするわけでしょ? で、その後ご飯行ったりして、向かいの席に座っちゃったりして。うわうわ、どうしよ。彼女にでれでれしてる陽とか全然想像出来ないんですけど!


 違う違う、陽は私と映画を見ると、絶対あの映画館の隣のカフェに行くの。そこでクリームソーダ飲みながら語るのよ。一方的にね、どこが良かったとか、あの演出は卑怯だとか。だから、もし、映画の後ですぐにご飯行ったとしたら、まだまだよ、あなた。うん、彼女としてまだまだね。


 と、そこにいない『陽の彼女(未来の)』に向かって、ふふん、と鼻を鳴らす。


 それにそれに、私はあなたの知らない陽をたーっくさん知ってるんだから。

 好きな食べ物は唐揚げときんぴらごぼう、アイスはバニラかラムレーズン。むむ、それくらいなら知ってるって? 甘い甘い。私はね、陽の好きなパンツの形も知ってるんだからね! じゃじゃーん、ボクサーパンツ!! 何かね、トランクスはヒラヒラする感じがちょっと嫌なんだって。へー。


 ふっふー、すごいでしょすごいでしょ。

 だってほら、私、お姉ちゃんだもん。

 

 使ってるシャンプーも知ってる、洗顔フォームも知ってる、行きつけの理容店も知ってる。それからそれから。


 ……それから?


 私は何と張り合ってるんだろう。


 私、もしかして、嫌なんじゃない?

 陽が彼女出来たりするの、嫌なんじゃない?

 ずっと私と一緒にいてくれたら良いのにって思ってない?

 

 ずっと姉弟みたいに一緒にいたい。

 だけど、私達は本当の姉弟じゃないから、私がお嫁に行ったり、陽がお嫁さんもらったりして、家族を作ったら、私達はもう離ればなれなんだ。


「それは……嫌かも」


 友達に男の子を紹介されても、正直、心の中で陽と比べてた。陽といる方が楽しいし、気楽だな、とかって。


 あれ、もしかして。


 私、陽のこと、好きなんじゃない?

 弟として、だけじゃなくて。


 うわぁ、ヤバいヤバい。どうしようどうしよう。





「……っていう夢を見たらしいのよぉ」

悠月ゆづきちゃんが? へ~ぇ」


 ショッピングモール内にある映画館の隣にあるカフェである。


 陽の母・涼子と、悠月の母・琴美は、2人がけのテーブルに座って、声を潜めている。2人から少し離れたカウンターでは、陽と悠月が並んで座って、見終わった映画の感想を述べ合っていた。といっても、陽の方が一方的にしゃべるのを、悠月がうんうんと聞いているだけなのだが。

 

「それで? 悠月ちゃんは? そこから陽のこと意識しちゃったりするのかしら?」


 口元を両手で押さえて、涼子はうふふと笑った。そうなることを期待しているといった表情である。


「んもう、それがねぇ……『ま、夢は夢だからね、あはは!』ですって」

「まぁ~。悠月ちゃんらしいわぁ~」

「もうね、そろそろ陽君の方から何か仕掛けないと駄目なんじゃないかしら」

「陽から? 無理無理無理無理。あの子、ああ見えてヘタレだから」

「そうなのよねぇ。一昨日のお泊まり会でも仲良くお腹出して寝てるんだもん。ウチの悠月も色気ないから」

「悠月ちゃんはそこがまた可愛いんだけどねぇ」


 と涼子が言うと、琴美はアイスティーをごくりと飲んで大きなため息をついた。


「でも、もう高2よ? そろそろ色気付くかしら、そろそろかしら、ってあっという間に高2! どうしようかしら、陽君に彼女出来ちゃったら」

「だぁいじょうぶよ」

「大丈夫じゃないわよぅ。悠月のお友達から陽君って結構人気らしいのよ? それに陽君のトコ、共学でしょ?」

 

 琴美は眉根を寄せて「とられちゃう! 優良物件が!」と小声ながらも大袈裟なリアクションをした。

 と、そこで涼子が、うふふ、と笑って自身のスマートフォンを指差す。


「大丈夫よ。そのためにあのラブラブツーショット寝姿を陽のクラスに拡散したんだから」

「涼子ちゃん、さすがだわ……」

「私だって可愛い未来のお嫁さん逃したくないのよ」


 と、右手を出せば、琴音がそれをしっかりと両手で握る。


「頑張りましょうね、私達が!」

「ええ、そうね! 鈍感で奥手な子ども達の分まで!」


 母親同士が固く握手をしていたその頃、は、というと――、



「いや、正直あそこで敵に寝返るとかなくない? で、ラスト15分でヒロインかばって死ぬとかさ、熱すぎでしょマジで! どう思うよ、姉ちゃん!」


 アイスを先にすべて食べてしまったクリームソーダをごくごくと飲みながら熱弁を奮う陽を、悠月はほんの少しはにかみながら見つめていたのだった。

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俺の姉ちゃんは、俺の姉ちゃんではない。3 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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