第4話 っていう夢を見たんだ

「……ちょ、夢かよ。焦ったぁ――……」


 何だよ、寝汗も半端ねぇし。

 洗濯だよ洗濯、母ちゃんもう回したかなぁ。


 寝起きなのに何だかどっと疲労感が押し寄せてくる。額からは汗がまだ流れていて、それをTシャツの袖で拭った。これも洗うか。そんで、シャワーだシャワー。


 Tシャツを脱いでシーツに包み、階段を下りる。

 今日もあっつくなるんだろうな。あー、海行きてぇ。岸田に声かけてみっかなぁ。


 家の中はしんと静まり返っている。

 そうか、母ちゃん、今日仕事だったか。夏休みだと曜日感覚狂うなぁ。


「仕方ない、俺が回すか」


 シーツと部屋着を脱いで洗濯機にぶち込む。洗剤を計って入れたらあとはボタンを押すだけ。簡単じゃん。はっはっは、洗濯なんて楽勝楽勝。


 ざっとシャワーを浴びて、とりあえずパンツだけを履き、居間に向かう、と――、


「うおっ」

「うわ、朝から何よ、もう!」


 いた。

 姉ちゃんだ。

 何でこういう時に限ってテレビも何もつけてねぇんだよ。誰もいないと思ったじゃねぇか! あぁ良かった、パンツ新しいので。って、そうじゃねぇか。


「良いだろ。俺ん家なんだし」

「だからって、レディの前で、素っ裸って!」

「パンツ履いてんじゃん!」

「履いてるけども!!」


 何だよ、俺のパンツ姿なんてしょっちゅう見てんじゃん。てか、海とかプールん時と同じ恰好じゃんか。


「きょ、今日はちょっと……恥ずかしいのよ……」

「何だよそれ。ところで、姉ちゃん、飯は?」

「私、陽のお母さんじゃないんだけど?」

「そうじゃねぇって。食って来たのかってこと」

「食べて来たもん。当ったり前でしょ!」

「当たり前かは知らねぇけど。そんじゃアイスでも食う?」

「食べる! アイスは食べる!」

「んじゃ。こっち来いよ。一人で飯食うのも味気ねぇし」


 と、腕をぐい、と掴むと。


「ひえぇ!」

「え? 何?」


 痛かったか? そんなに力入れてねぇんだけど。


「な、なななな何でもないから!!」

「何だよ、挙動不審すぎねぇ?」

「何でもないの! さー、アイスアイスーつと」


 何かおかしい。


 俺が飯を食っている間、姉ちゃんはちびりちびりとアイスを食べていた。まぁぶっちゃけそれは俺のとっておきのやつで、姉ちゃんのはそっちじゃないんだけど、それはこの際どうでも良い。問題は――、


 姉ちゃんが、何やら恐る恐るといった体で俺をチラチラ見てくる、という点だ。何だよ、俺、何かしたっけ?


 姉ちゃんがこんなだと、どんな話題を振れば良いのか迷う。


「そういや今日さ、俺、すっげぇ変な夢見てさ」


 とりあえず、そう言ってみる。いまのところ俺が切り出せるホットな話題なんて、さっき見たおかしな夢の話くらいしかない。

 まぁ、かなりおかしな夢ではあったけど、夢は夢だし。笑ってくれりゃ御の字ってことで。


 そう思って、本当に軽い気持ちでそう切り出したんだけど。


「――んふっ!!?」

「うわぁ! 何だよ姉ちゃん!? アイス吹き出すなよ!」

「げっほ! げっほげっほ!!」

「おい、大丈夫かよ」

「だ、大丈夫、大丈夫……」


 とりあえず麦茶を注いで勧めると、姉ちゃんは小声でありがとうと言って、それをごくりと飲んだ。


「それがね、実は私も今日変な夢を見たの」

「何、姉ちゃんも?」

「うん。あのね、陽が出て来たの」

「マジ? 俺も姉ちゃん出て来たわ」

「ひええ! ほんと? 私何かした?」

「そっちこそ。俺、何か姉ちゃんにしたか?」


 すると、姉ちゃんは、ふるふると震え始めた。麦茶の入ったグラスをつかんだまま。グラスの中で麦茶がちゃぷちゃぷと波打つ。


「よ、陽ったら、私に……! 私にぃぃぃ!!!」

「な、何だよ!」

「あ、あんな恥ずかしいことを……っ!」


 何したんだ、夢の中の俺!!

 で、でも!!


「姉ちゃんだって、俺になぁっ!」

「何よぉ! 私何もしてないもんっ! 夢の中だもん! 無罪っ!」

「だったら俺も無罪だっ!」


 お互いに無罪、無罪と連呼する。よくよく冷静なってみれば、本当にただの夢なのだ。


「む、無罪ふふふふふふふふ」

「何笑ってんだはははははは」

「なぁんかもー、馬鹿みたい」

「ほんとな」


 そうしてけらけらと笑えば、すっと肩の力が抜けた。たかだか夢なのに、あほらし。


「仕方ねぇ、許してやるか」

「――え? 何が?」


 笑いすぎて涙が出て来たらしく、姉ちゃんは目の端をティッシュで押さえている。


「だから、夢の中で俺にしたこと。無理やりそっちの制服着させて校内連れ回すとかさ」

「えー、何それ。よくサイズあったよね」

「そういう問題かよ。その辺は夢だからどうにかなったんだよ。そんでどういうわけかそっちの学校のトイレとウチの学校のトイレのドアが繋がっててさ、危うくクラスの奴らに目撃されるってところで目が覚めたんだ」

「危なかったね、それは。えー、でも見てみたかったかも、陽の女装姿!」

「絶対言うと思ったわ。勘弁してくれよ。それで? そっちは?」


 さぁ、俺は話したからな。

 女装姿が見たいって反応になるとは思ったけど、どう考えたって姉ちゃんの制服は入るわけがないし。


 すると姉ちゃんは、何だかもう真っ赤な顔をして、「よ、陽が……私にね……」ともじもじしている。


 何だよ、俺は何をやらかしたんだ。


「俺が? 姉ちゃんに?」


 顔を近付けて促すと、「ひえぇ!」とまたもおかしな声を上げ、肩を竦める。けれども、ぶんぶんと何度も首を振って、ぱぁん、と両頬を叩いた。俺の。


ってぇっ!? ちょ! 姉ちゃん何すんだよ!?」

「ていうか夢だし!」

「は? 何いきなり」

「うるさい、良いの! それより陽、今日暇でしょ?」

「まぁ、特に予定はねぇけど」


 決めつけんなよ、暇とか。

 あのな、こっちはいつ姉ちゃんに誘われても良いように空けてやってんだよ。


「海行こう、海!」

「海? 姉ちゃん泳げねぇじゃん」

「浮き輪があれば泳げるもん!」

「……その浮き輪、誰が膨らませんの?」

「陽だけど?」

「やっぱりか。まぁ、良いけど」


 今日も暑くなるだろうし、海にはもってこいだ。


 そんで、焼きそばでも食って、家に帰って昼寝して、そんな感じで終わるのだろう。


 何も変わらない夏だ。




 それじゃ準備出来たらまた来るねと言って、姉ちゃんは家に帰った。


 

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